宇宙航空環境医学 Vol. 62, No. 1, 27 2025

一般演題II

2. パイロット(航空機操縦士)に対するストレスコーピング調査及び事例検討から得た知見

高橋 吏良1,3,中川 史人2

1筑波大学附属病院
2Peach Aviation株式会社
3カウンセリングルームEmisicologia

Findings from a survey of pilots’ stress coping and case studies

Rira Takahashi1,3, Fumito Nakagawa2

1University of Tsukuba Hospital
2Peach Aviation Limited
3Counseling Room Emisicologia

航空業務に携わるスタッフは飛行安全の観点から心身の健康が重要視されている。特に,パイロットの心身の健康管理は多くの乗員乗客の安全に影響することからも極めて重要で必要性が高い。発表者は,自衛隊の訓練中に墜落して一人生き残ったヘリコプターの機長や民間航空会社で精神不調による休職から職場復帰を目指すパイロットの臨床に携わり,実際に航空身体検査に合格して職場復帰に結びついた事例も複数経験している。また,一般的に精神不調者に対する調査は報告があるが,精神的健康度の高い対象への調査報告はあまり見られない。本研究では航空会社勤務の発表者がメンタル的にタフだと思われているパイロットに対するストレスコーピング調査も行ったので,これらから得た知見を述べる。
 まず,事例から得た知見を述べる。特徴は,① 目標が明確,② 精神的不調≠能力不足,③ 事前教育や対処スキル獲得が有効,である。① 目標が明確について,職場復帰を目指すパイロットの共通点は,モチベーションが非常に高いことである。「次の航空身体検査に合格して,パイロットとしての業務に復帰する」という明確な目標がある。また,精神不調を来さないためのストレスコーピング能力やレジリエンスの獲得,過酷な環境にも耐えうるメンタル面の強さを得たいという意欲が高く,目標が明確である。次に,② 精神的不調≠能力不足について,事例にかかわる中で,精神不調は能力に比例していないことを経験している。「真面目」「我慢強い」「弱音を吐かない」という特徴が多く,甘え,サボり,なまけ等の怠慢な態度とは異なるものである。その点は一般的な精神不調者とも一致している。最後に,③ 事前教育や対処スキルの獲得が有効ということである。パイロットは,「学習能力が高い」「メンタルヘルスに関する知識やスキルの習得も早い」という共通点がみられ,回復した者からは「精神不調前よりタフに,強くなった実感がある」「同じ状況でも自分をマネジメントできる自信や自己効力感が高まった」「知識やスキルをもっと早くに知っておけばよかった」との感想も聞かれた。一方で「弱音を吐くとパイロットとしていられなくなる不安から言えなかった」という「パイロットならではの文化」による影響も見られた。「心身の健康が前提」で不調を言い出しにくい文化は,自衛官,警察官,消防隊員等の“強さ”を求められる職業に従事する者にも見られる特徴でもあり,今後のサポート課題である。
 続いて,“メンタル的にタフ(精神的健康度が高い)”と思われているパイロット16名を対象に,ストレスコーピングに関するヒアリング調査及びオンラインによる無記名自己記入式質問紙調査を行い,現状把握や精神不調の予防について検討した。結果,飛行中,飛行前の不安や緊張内容は,イレギュラー発生時や人間関係,技量の問題等で,対処法は,冷静に判断して解決方法を計画する,親しい人に感情表出する,気分転換,限界を受容して諦める,距離を置く,時間が解決するのを待つ等が抽出された。
 また,パイロットの飛行訓練中に完璧主義と意欲の高さから精神不調を来したものの,その後,精神科通院とカウンセリングにより寛解に至った事例についても提示し,コーピングとの関連を考察した。