宇宙航空環境医学 Vol. 62, No. 1, 19 2025
一般演題I
3. 模擬微小重力による筋芽細胞増殖抑制はメカノセンシティブチャネルを介した細胞外からのCa2+取り込み能低下に起因する
市原 彩夏1,2,榎木 裕紀2,松元 一明2,南沢 享1,3,谷端 淳1
1東京慈恵会医科大学細胞生理学講座宇宙航空医学研究室
2慶應義塾大学薬学部薬効解析学講座
3ビューティー&ウェルネス専門職大学
Simulated Microgravity Inhibits Myoblast Proliferation through Reduced Extracellular Ca2+ Uptake via Impairment of Mechanosensitive Channels
Ayaka Ichihara1,2, Yuki Enoki1, Kazuaki Matsumoto1, Susumu Minamisawa2,3, Jun Tanihata2
1Division of Pharmacodynamics, Keio University Faculty of Pharmacy
2Division of Aerospace Medicine, Department of Cell Physiology, The Jikei University School of Medicine
3Professional University of Beauty & Wellness
【背景】ISSに打ち上げられた筋芽細胞やマウスの実験によって,微小重力の曝露自体が筋芽細胞の分化と代謝に直接影響し,筋萎縮を引き起こすことがわかってきている。しかし,重力が筋の恒常性にどのように関与しているのか,筋芽細胞が重力の変化をどのように感知しているのかは依然不明であり,解明が求められる。これまでに模擬微小重力下で筋芽細胞の増殖が抑制され,TRPC1の発現低下を介した細胞内Ca2+濃度の低下が示唆されたという報告があるが,いまだ細胞増殖期における細胞内Ca2+濃度を直接検討した報告はない。本研究では,メカノセンシティブチャネルに着目し,模擬微小重力下における細胞内Ca2+濃度の変化が筋芽細胞増殖にどのような影響を及ぼすのかを検討した。
【方法】筋芽細胞のセルラインであるC2C12細胞を地上重力下で培養するCON群と重力制御装置Gravite®を用いた模擬微小重力下で培養するSMG群に分け,以下の解析を行った。細胞増殖能評価は,経時的細胞数(24, 48時間)と細胞周期S期マーカーであるBrdUの陽性率(5, 16, 24, 48時間)によって行った。細胞内Ca2+濃度は,Fluo4-AMの蛍光強度を指標として解析した(5, 16, 24, 48時間)。リアルタイムqPCR法を用いたmRNA発現解析では,細胞周期マーカー(Ki67, Cdk4, CyclinD1, CyclinB1)やメカノセンシティブチャネル(TRPC1, TRPM7, Piezo1, Piezo2),細胞内Ca2+動態関連分子として細胞膜上の分子(DHPR, Orai1)と小胞体膜上分子(STIM1, IP3R, SERCA1)について解析した(24, 48時間)。ウェスタンブロッティングによるタンパク質発現解析では,Piezo1の発現変化を確認した(24, 48時間)。さらに,Piezo1活性化剤であるYoda1を添加するレスキュー実験(24時間)と,メカノセンシティブチャネル阻害剤であるGsMTx4を用いた阻害実験(24時間)を行った。
【結果】SMG群における細胞数とBrdU陽性率,および細胞周期マーカーであるKi67のmRNA発現は,模擬微小重力下24時間以降CON群と比較して有意な低下が見られた。さらに,SMG群における細胞内Ca2+濃度は,模擬微小重力下16時間以降有意に低下していた。SMG群の細胞内Ca2+動態に関わる分子のmRNA発現について,メカノセンシティブチャネルとして知られているTRPC1, TRPM7, Piezo1, Piezo2の発現が48時間時点で有意に低下していた。SMG群のPiezo1のタンパク質発現は,有意差は見られなかったものの,48時間で低下傾向が見られた。Piezo1活性化剤であるYoda1を用いたレスキュー実験では,SMG群の細胞内Ca2+濃度が回復し,細胞増殖能の回復が見られた。GsMTx4を用いたメカノセンシティブチャネル阻害実験では,SMG群よりもCON群におけるGsMTx4の細胞増殖抑制効果が大きかった。
【考察】模擬微小重力下では,筋芽細胞増殖が抑制された。この細胞増殖能の抑制には,メカノセンシティブチャネル,特にPiezo1の発現・機能低下に伴う細胞内Ca2+濃度の低下に起因する細胞周期の遅延が関与していることが示唆された。