宇宙航空環境医学 Vol. 61, No. 1, 45, 2024
学生演題 2
B2-5. 測定肢位の違いが運動負荷試験の測定結果に与える影響
~異なる重力環境における運動負荷試験シミュレーションの試み~
橋本 笙,岡村 青空 ,新谷 璃々菜,福嶋 幸那,花房 京佑,門馬 博
杏林大学保健学部理学療法学科
The Impact of Differences in Position on Cardiopulmonary Exercise Test Results~Simulation in Different Gravity Environments~
Sho Hashimoto, Sora Okamura, Ririna Shinya, Yukina Fukushima, Kyosuke Hanafusa, Hiroshi Momma
Department of Physical Therapy, Faculty of Health Sciences, Kyorin University
有人宇宙開発において大きな課題の一つに微小重力,または低重力環境への適応が挙げられる。現在,宇宙飛行士による国際宇宙ステーション(以下,ISS)での長期滞在ミッションにおいてはISSに搭載されているトレッドミル(T2),自転車エルゴメーター(CEVIS:Cycle Ergometer with Vibration Isolation and Stabilization System)を用いた有酸素運動,ARED(Advanced Resistive Exercise Device)を用いたレジスタンストレーニングを通じて微小重力環境での体力維持,改善を図り,地球帰還後の重力再適応に備えている。また,ISS滞在中にはCEVISを用いた運動負荷試験も行われており,宇宙飛行士の全身持久力が定期的に評価されている。一方で地球上と異なる微小重力環境は運動そのもの,あるいは運動による身体への生理的反応に影響することが考えられ,前述の運動負荷試験の評価結果にも重力環境の相違が影響すると考えられる。
そこで今回,我々は先行研究(Diaz-Artiles, 2019)で用いられた重力環境シミュレーションのベッド傾斜条件を参考に,ISS(0°: 背臥位),月面(9.5°),火星(22°),地球(90°:座位)の4条件において,同一の運動負荷プロトコルによる運動負荷試験を実施し,測定肢位の相違が運動負荷試験の評価結果への影響を検討することとした。
対象は健常男性7名。運動負荷プロトコルはウォーミングアップ(20 W)5分間の後,20 W/minでのランプ負荷,ケーデンスは全て50 rpmとし,予測最大心拍数(220-年齢),自覚的運動強度(>18),ケーデンス(<45)を終了指標とした。運動負荷試験中は経時的に血圧,心拍数(HR),自覚的運動強度を計測し,また呼気ガス分析機(Innocor: Cosmed inc.)を用いて酸素摂取量(VO2),二酸化炭素排出量(VCO2),分時換気量(VE),呼吸数(RR)などの指標を測定した。疲労の影響を考慮し,運動負荷試験は4条件を全て異なる日に行い,実施順序はランダムとした。
測定の結果,ISSを想定した0°(背臥位)は他の条件に比較して運動負荷試験が早期に終了した。いずれも自覚的運動強度(特に下肢疲労)およびケーデンス維持困難による終了であり,ペダル駆動に下肢重量を用いることが難しく下肢の筋群の疲労が影響したと考えられる。一方でHRやVEには条件間で若干の差を認めたものの,全身持久力の指標として用いられる最大酸素摂取量(VO2max)に条件間での差は認められなかった。
今回の結果から,運動負荷試験における姿勢条件の違いは心拍数や分時換気量といった生理学的指標に影響はするものの,最大酸素摂取量(VO2max)の測定という観点ではその影響は軽微であり,地上と異なる重力環境下であっても最大酸素摂取量(VO2max)の比較は可能であることが示唆された。