宇宙航空環境医学 Vol. 61, No. 1, 34, 2024

一般演題 4

6. 月面宇宙生命医学研究所設立計画

森 竜太郎

一般社団法人 Founders Alliance

Lunar Space Health Lab Program

Ryutaro Mori

General Incorporated Association Founders Alliance

宇宙大航海時代は始まった。SpaceXをはじめとする複数の民間スタートアップ企業が,人類と生活物資の宇宙輸送技術開発加速に重要な役割を果たしている。2100年には,月の人口が7億5千万人に達するという推定も存在する。一方で,人類が豊かな生活を宇宙空間上で営む上で,十分な研究が行われていない領域が存在する。宇宙航空環境医学を含む宇宙生命科学だ。その背景には,実験再現性の低さが挙げられる。さらに,生命科学はただでさえ時間を要する研究分野であることに加えて,基礎研究は「経済価値を生みづらい」側面がある。故に,宇宙空間上の研究は,比較的短い期間で研究成果を経済に還元出来る可能性が高い領域に資源が集中してしまっているのだ。今日までは,ISSが,経済価値に直結しない宇宙科学研究の推進に重要な役割を果たしていたが,一回の飛行で輸送出来る実験動物数の限界,非生命学者による実験など,人類の宇宙進出が本格化する中でその費用対効果は決して高いものではない。また,ISSは,2030年に引退することが既に決まっている。このような状況下において,人体の安全を確保しながら宇宙開発を進めることは不可能であり,故に大規模な宇宙生命科学研究を加速度的に推進する研究施設を2030年までに月面に設置することをここに提案する。前述の通り,宇宙生命科学研究,特に基礎研究は経済価値に直結しない一方で,月面宇宙生命科学研究所設立には膨大な時間と費用を要するというジレンマが存在する。この隔たりを埋めることを目的とした初手として,宇宙生命科学研究の有用性を,比較的短い時間と低い費用で示すことを可能とする月面環境模擬装置の開発に着手する。この模擬装置は,重力を含む宇宙環境の様々なパラメーターを再現する。模擬装置を用いて取得した生体データは,世界中の生命科学者に公開し,月面宇宙生命科学研究所の技術的礎とする。しかし,これら段階的計画をもってしても,経済的課題の本質的解決には至らない。この課題を打破するためには,産学官共創を通じて「ムーンショット」に短中期的経済価値をつける取り組みが不可欠であり,現在早期の体制確立に,国内外の著名企業,著名科学者,自治体と共に挑んでいる。これらの研究開発は,いずれ,誰かが着手するであろうが,昨今の国際情勢や一部民間企業による独占的経済構造を鑑みると,公益性なき宇宙開発が進む可能性は否定できない。幸いにも月面及び深宇宙はまだ「Blank Slate」の状態にあり,公益性の高い取り組みを通じて,地球上で長きにわたって確立されてきた,歪みの多い社会経済構造の繰り返しを回避する余地はまだ残されている。本発表は,植民地主義,搾取,不平等,生態系破壊などの負の影響を招いた大航海時代から人類は何を学び,生命学者として今この瞬間に何を実践すべきなのかを問い,議論の起点とすることを目的とする。