宇宙航空環境医学 Vol. 61, No. 1, 30, 2024
一般演題 4
2. マウス骨格筋におけるヒストンバリアントH3.3の加齢変化とその役割
増澤 諒,河野 史倫
松本大学大学院健康科学研究科
Age-related increase in histone variant H3.3 and its role in mouse skeletal muscle
Ryo Masuzawa, Fuminori Kawano
Graduate School of Health Sciences, Matsumoto University
【背景および目的】 有人火星ミッションでは,最長3年間の物資補給不可能な超長期宇宙滞在が想定されている。惑星間ミッションに使用される新世代の宇宙船は,積載量に制限があり船内に搭載可能な運動機器が制限される。さらに,宇宙飛行士はリハビリテーションなどのサポートを受けることなく火星面の部分重力下で船外活動を再開することが要求されるため,運動に依存しない新たなカウンターメジャーの開発は喫緊の課題である。エピジェネティクスは遺伝子構造を変化させることで遺伝子発現を制御する仕組みである。このような遺伝子基盤そのものをリモデリングすることで,骨格筋形態や機能,環境適応力を制御する非運動型カウンターメジャーの可能性を検討している。本研究の目的は,骨格筋におけるヒストンH3.3の加齢変化およびその役割を明らかにすることである。
【方法】 実験1:生後8,32,53,75週齢のC57BL雄マウスから前脛骨筋を摘出し,組織化学解析により筋線維サイズ・タイプ分布ならびに筋核数変化を解析した。ウェスタンブロット解析により前脛骨筋,ヒラメ筋,咬筋のヒストン発現量変化を調べた。8週齢と75週齢でRNA-seqを実施し,加齢に伴い発現変化する遺伝子の発現量ならびに遺伝子領域におけるヒストン分布量を解析した。実験2:骨格筋特異的ACTA1プロモーターの下流にH3.3(または非コード配列stuffer)を有するアデノ随伴ウイルスベクターを若齢C57BL雄マウスに尾静脈注入し,ヒストンH3.3を強制発現させた。2週間毎に運動協調機能を評価しながら32週齢まで飼育し,実験1と同様に解析した。
【結果および考察】 実験1:前脛骨筋は53週齢以降で体重比筋重量が有意に減少した。筋線維サイズや筋核数も同様の変化がみられた。H3.3の相対発現量は,32週齢以降で加齢に伴い有意に増加したが前脛骨筋は53週齢で頭打ちとなった。前脛骨筋におけるH3.3増加はH3K27me3発現量と有意な相関が認められた。加齢性筋萎縮を呈しにくいヒラメ筋,咬筋では75週齢までH3.3発現が増加した。加齢に伴い発現低下する遺伝子は32週齢で遺伝子発現量が底打ちとなったのに対し,発現増加する遺伝子は75週齢まで徐々に発現増加が認められた。これらの遺伝子領域では加齢に伴いH3.3とH3K27me3の分布量が増加し,53週齢で頭打ちになった。実験2:H3.3を強制発現させたマウスでは,体重増加が有意に抑制され,運動協調機能の有意な増加を示した。以上の結果から,加齢に伴い前脛骨筋では転写抑制的な遺伝子構造変化を起こすことが示唆された。しかしながら,H3.3増加そのものは骨格筋機能にポジティブな役割を果たすと考えられる。