宇宙航空環境医学 Vol. 61, No. 1, 21, 2024

一般演題 2

3.　近赤外線分光法（NIRS）による脳酸素飽和度と性差およびヘマトクリット値との関係

倉住　拓弥1,2,3，Harrison Lee3， Rong Zhang3,4,5

1 平成横浜病院麻酔科
2 平成医療福祉グループ総合研究所
3 Institute for Exercise and Environmental Medicine （IEEM）,Texas Health Presbyterian Hospital Dallas
4 Department of Neurology, University of Texas Southwestern Medical Center
5 Department of Internal Medicine, University of Texas Southwestern Medical Center

Association of Hematocrit and sex difference with cerebral tissue oxygenation

Takuya Kurazumi1,2,3, Harrison Lee3, Rong Zhang3,4,5

1Department of Anesthesiology, Heisei Yokohama Hospital
2Heisei Medical Welfare Group Research Institute
3Institute for Exercise and Environmental Medicine, Texas Health Presbyterian Hospital Dallas, USA
4Department of Neurology, University of Texas Southwestern Medical Center, USA
5Department of Internal Medicine, University of Texas Southwestern Medical Center, USA

現在，宇宙医学の課題として視力障害（SANS）や，嘔気・頭痛など中枢神経症状が挙げられており，これら対する医学的対策は，今後の長期宇宙探査においても必要性が高い。近赤外線分光法（NIRS:Near Infra-Red Spectoroscopy）は，中枢神経である脳の局所血流を非侵襲的かつ簡易的に測定できるため，臨床現場において幅広く普及し，研究デバイスとして信頼性も高い。このような非侵襲的な測定装置は，今後ウェアラブルデバイス化も含め宇宙医学への応用に適していることが期待され，国際宇宙ステーションにおける宇宙医学研究でも実用化され始めている。
　NIRSは，測定部位や空間分解能の観点から，相対的変化の測定が主であり，測定値（絶対値）には制限があることが議論されてきた。近年，手術前の患者を対象とした研究で，NIRSによる脳の局所酸素飽和度の測定値（絶対値）は血液ヘモグロビン濃度及び性差（男性＞女性）が関与することが報告された。しかし，この研究の対象者は高血圧，脂質異常症の罹患率がそれぞれ過半数を上回っており，健康成人におけるそれらの関与は明らかでない。そこで，IEEMで実施された「加齢・認知機能・脳循環の研究」に参加した健康成人（年齢55〜77歳）のデータを用いて，NIRSによる組織酸素飽和度（TOI:Tissue Oxygenation Index），経頭蓋ドプラ血流計（TCD:Transcranial Doppler）による脳血流速度とヘマトクリット値（Hct）および性差との関連性を検討し，Hct及び性差がTOIに関与するという仮説立て検証した。
　男性25人，女性39人のデータを解析した。Hctは女性に比べて男性で高値であった（男性43.3±3.3, 女性40.2±2.9, %, P<0.001）。TOIは女性に比べて男性で高値を示した（男性69±6, 女性65±7, %, P=0.009）。TOIとHctの間に有意な相関関係は認めなかった。脳血流速度は男性に比べて女性で有意に高値を示した（男性47±14, 女性54±13, cm/s, P=0.028）。脳血流速度はHctと負の相関関係を認めた（r=−0.288, P=0.021）。経皮的酸素飽和度，呼気二酸化炭素濃度は男女で差を認めなかった。
　HctおよびTOIとも女性に比べて男性が高値であったが，TOIとHctの間に関連性は認められなかった。また，脳血流速度は女性で高値であり，TOIは男性で高値であることが観察されたことから，脳血流測定において性差の影響がマクロ循環（TCD）と微小循環（NIRS）で異なることが示唆された。NIRSによるTOIの測定値（絶対値）は，男性で高値を示す傾向が認められた。NIRSの宇宙医学への応用の際にも留意が望ましい。