宇宙航空環境医学 Vol. 60, No. 1, 37, 2023

一般演題 3

4. コロナ禍の振り返りから宇宙時代の危機管理のあり方を考える

柴田 伊冊

千葉科学大学 教授 

A Review of Crisis Management Applying to COVID in the Space Age

Isaku Shibata

Chiba Institute of Technology

【問題の所在と目的】 宇宙では閉鎖された空間で,選抜された人間のみが活動している。それでも,やがて宇宙にも地球での混沌とした様相が反映されることになる。社会の合理性や厚生の実現とは相容れない企業間競争や国家による覇権争いが拡大するからある。それ故に,コロナ禍に現れた国際社会の欠点を振り返ることが重要であり,それが医療を含め,宇宙での「あるべき危機管理」の摸索に繋がる。
 【考察】 危機管理の基本が,現象を把握し,対処・抑制を経て,効果的な予防の設定に至るものであるとすれば,その過程で生じた「歪」が,なぜ「課題」とされたのかを考察する必要がある。
 コロナ禍に対する危機管理の推移は,次のとおりである。最重要は,ウイルス変異の捕捉とワクチンの開発になる(河岡2021.10)。それでもコロナと共存が可能な時期では,適切な情報提供の下に,個人が責任を分担するに至る。(シュリダール2021.10)。ワクチンのみでは,短期間に感染を抑制できないからである。また,ゼロ・コロナという状況は存在せず,結局,個別の効果的対処が大切になるからでもある(小林,宮坂ほか2021.6)。そうした指針の下に,英国は2021年春までに1.7兆円をワクチン開発に投入し,その後,コロナの規制緩和に移行した。
 日本の対応は,民間の中小の病院が多い環境で進行した(ファウチ2021.10)。そこでは医療崩壊阻止が重点とされ,自宅の病院化も射程に置かれた(ザルカ2021.10)。医療と両輪となる経済対策では,国の長期債務が諸外国との比較で巨額になった(約973兆円)(矢野2021.11)。この間,検査の拒否や休業要請での法的不備が指摘されるとともに,中央と地方との関係の見直しにまで議論が波及した。対処にはピンポイントも必要だったからである(橋本2020.10)。その結果,マクロの視点では,感染者数の増減を見ながらの経済活動の調整が焦点になった(橋本2020.10)。そして医療関係者の努力が高く評価されながら,国民の衛生観念が高く,かつ,従順であったこともこの調整を助けた(磯田2020.5,7)。同時に,医療体制に機動性がないことも指摘された(森田2021.2)。こうした日本での今後の備えの強化では,想定に応じた「備え」を柔軟な形で捉え,平時から社会に潜在させる必要がある。それを日本で実現するには,1)被害者・患者の立場からも見る感性があるか,2)全体を俯瞰する視野の広さがあるか,3)過去の事例から学ぶ姿勢があるか,4)他の見解に耳を傾ける謙虚さがあるか,が要件になる(柳田2020.7)。
 事実の把握に軸足をおいたとき,ここまでの推移は,上記のように整理することができる。
 【提言】次世代への教訓として残すべきこと:急速な感染拡大には,予め,日常社会への人的な流動性の埋め込みや施設の転用の可能性の現実化が必要になる。そして宇宙空間まで射程に広げたときは,国際法に現れた海洋における深海底開発のレジーム策定や,世界規模の温暖化抑制のための後発国への援助制度の創設などのように,国を超え,偏見や貧困を解消し,国単位の争いを過去のものにするための「ひとつの地球」の実現への努力が,全ての危機管理の共通基盤として考えられなければならない。そうした合理性と厚生のあり方が宇宙時代に適合するのであり,宇宙時代の黎明にはその構築が相応しい。