宇宙航空環境医学 Vol. 60, No. 1, 36, 2023
一般演題 3
3. 米国民間宇宙船の医学運用に関わるJAXAフライトサージャンの新しい経験〜第2報〜
速水 聰
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 有人宇宙技術部門 宇宙飛行士健康管理グループ
A new experience for JAXA Flight Surgeon in medical operations of US Commercial Vehicle, 2nd report
Satoshi Hayamizu
Japan Aerospace Exploration Agency (JAXA)
【背景と目的】 2020年12月の野口聡一宇宙飛行士が搭乗したスペースX Crew-1を皮切りとして,約9年ぶりに米国発の民間宇宙船によるISS長期滞在ミッションが開始された。2021年4月には星出彰彦宇宙飛行士がスペースX Crew-2に搭乗し,ISS長期滞在連続ミッションを無事に完了した。本報告はCrew-1ミッションにてバックアップ専任フライトサージャン(以下FS),Crew-2ミッションにて専任FS指名を受けた約1年間のISS医学運用に携わった経験をまとめたものであり,「米国民間宇宙船の医学運用に関わるJAXAフライトサージャンの新しい経験」(宇宙航空環境医学 Vo. 58, No. 1, 38-39, 2021)の続報である。またJAXA FSの経験の蓄積と将来日本での有人宇宙船による医学運用への貢献を想像し,今回は帰還のフェーズに絞り新たな知見や経験に若干の考察を加えて報告する。
【結果と考察】 帰還時の医学運用における大きな変更点は,ソユーズ宇宙船の「着陸」がスペースX宇宙船では「着水」になった点である。それに伴い,以下3つの新たな知見を得た。1。着水時において海面の波や風の程度により宇宙船内でのmotion sicknessの増悪を想定した対策が必須であった。この対策の一環として,飛行前にセントリフュージ(遠心加速器)訓練にて,通常あるいは緊急着水時のプロトコールに海面の揺れも追加したセッションが実施された。FSは予防的投薬の検討や訓練前後の診察を行い対策に万全を期した。2。FSはHelicopter Underwater Egress Training(HUET)認定が要求事項となった。詳細は第1報に譲るが,Crew-1ミッション以降,JAXA専任FS,バックアップ専任FSは全員その訓練を受講し認定を受けている。3。帰還直後からNASAジョンソン宇宙センター(JSC)までの移送時間が大幅に短縮された。ソユーズ宇宙船の医学運用では,NASAやJAXA等の宇宙飛行士はNASA専用機を利用し約1日かけてカザフスタンからJSCまで移送されていた。第1報で報告したDemo-2ミッション以降では,メキシコ湾と大西洋に設定された合計7箇所の着水候補地点の一つからヘリコプターにて陸地まで移送後,NASA専用機でヒューストンまで戻るので,着水後からおおよそ約5時間でJSCに到着する。宇宙飛行士の身体は帰還直後より重力に再適応し始めており刻一刻と劇的に変化する中で,以前よりも比較的早い段階で数多くの医学研究等の被験者をこなす必要性が出てきている。従って専任FSは以前にも増して転倒予防等の安全管理に留意しながら医学支援している。
最後に,米国民間宇宙船の運用開始とともに従来のJAXA FSが未経験であった,宇宙船着水に伴う医学運用の経験をJAXAは積み始めたばかりである。宇宙飛行士の着水(陸)後〜帰還後リハビリ開始までの時間短縮に伴う健康管理上の影響の検証やその対策については,今後も知見を積み上げる必要がある。将来日本での有人宇宙船による医学運用を想定した場合,本報告にある米国民間宇宙船の医学運用における新たな知見は参考になると考えられる。