宇宙航空環境医学 Vol. 60, No. 1, 26, 2023

一般演題 2

1. 本邦エアラインパイロットのメンタルヘルスサポートの取り組み

笠井 あすか

国土交通省 航空局 安全部 安全政策課乗員政策室

Initiatives to Support the Mental Health of Airline Pilots in Japan

Asuka Kasai

Aeromedical Assessment Officer
Japan Civil Aviation Bureau

本邦では,羽田沖事故後の対応策として,1983年に航空運送事業者における乗員の日常健康管理体制の改善及び航空医学研究センターが設立された。2016年(2019年一部改正)には,本邦航空運送事業者の航空機乗組員の健康管理に関する基準のガイドラインに,「健康相談・カウンセリングの活用,休務から復帰までの過程の周知,ピアサポートができる場の提供についても考慮すること」と示された。
 パイロットは,技量や知識に関する資格だけでなく,身体検査に伴うライセンスの維持管理が必要であるが,特殊な勤務環境下で多くのストレッサーに晒され,メンタルヘルスとしては過酷な勤務環境にある。さらに,コロナ禍での雇用環境の変化等は,航空関係者全員のストレスが増加した。それを受けて国際民間航空機関 (ICAO) から,航空における精神的健康を促進,維持,サポートするためのガイダンスが作成され,さらなるパイロットのメンタルヘルスサポートの充実が求められている。
 2015年のジャーマンウィングス事故を契機に,多くの航空会社が,パイロットピアサポートプログラム(以下PPSPとする)設立し活動を開始した。欧州航空安全機関(EASA)は欧州内航空会社に対し設置を義務付けている。PPSPとは,傾聴のカウンセリング手法等を学んだパイロット(ピア)が,秘匿環境下で悩みを聞くことで,メンタルの不調やその兆候を早期に発見すると共に未然防止するためのプログラムである。通常ピアで対応が困難な場合は,パイロットの運航環境や航空身体検査などの仕組みを熟知したMHP(Mental Health Professional)が,医療支援が必要かの判断,乗員健康管理医との連携,ピアの教育,ピアの心の支えを担う。このプログラムは,会社や組合から独立して運用されている。
 2021年度の国土交通大臣航空身体検査証明審査会案件の精神科領域を分析した。その結果,うつ病と適応障害約で約6割を占め,体調不良を自覚してから相談・専門医療機関受診まで1〜6か月間を要した事案が多い傾向にあった。パイロットは,メンタルヘルス疾患を自己申告することで,ライセンスに影響すると恐れ,相談に抵抗がある。ドイツのPPSPより,パイロット全体の5%は精神的な健康状態について何らかの支援を必要とする可能性が高く,その約70?80%の人たちは,さらなる支援を必要とせずに,PPSPの中で問題を十分に解決することができるとの報告がある。PPSPは重要な相談の入り口であり効果的である。本邦の航空身体検査制度では,メンタルヘルス問題を抱えていたとしても,完解後に復帰の道を提供している。また,パイロット自身にも精神疾患の早期発見と介入が重要という意識を持ってもらう事も重要である。
 本邦でも,PPSPが各航空会社や日本乗員組合連絡会議(ALPA JAPAN)にて,乗員を中心に始まり,2020年ATECワーキンググループでの検討や2022年意見交換会等を開催し,限られたリソースを航空会社の枠を超えて共有し,本邦航空会社に広がりつつある。これらを通じて,抵抗なく悩みを話せる風土,環境を構築し心理的安全性が担保された組織は,運航の安全とパイロットの健康を促進すると考える。