宇宙航空環境医学 Vol. 53, No. 3, 45-61, 2016

総説

虚血性脳血管障害の航空医学適性評価及び判定法に関する提案　〜予後を中心に〜

�燗c　邦夫¹，五味　秀穂²，立花　正一¹

¹防衛医科大学校防衛医学研究センター異常環境衛生研究部門
²航空医学研究センター

Proposal of Evaluating and Assessing the Aeromedical Fitness of Pilots with Ischemic Cerebrovascular Disorder with Regard to Prognosis

Kunio Takada¹, Hideho Gomi², Shoichi Tachibana¹

¹Division of Environmental Medicine, National Defense Medical College Research Institute
²Japan Aeromedical Research Center

ABSTRACT
　Ischemic cerebrovascular disorder is a cause of serious accidents during flight operation;therefore, aeromedical fitness （hereinafter called “fitness”） of pilots with ischemic cerebrovascular disorder should be evaluated by proper decision. Herein, referring the latest standards for evaluating fitness in each country and medical knowledge, we propose a new evaluating method.
　Young adults （approximately 45 years old or younger） without neurological involvement may have fitness if all of the following items are satisfied and there is no risk factors or migraine with aura during the observation period （e.g., symptomatic lacunar infarction within 5 years;cortex invasion, 3 years;patent foramen ovale, 1 year）:1） no atherothrombotic stroke, cardiogenic embolism, or unknown origin;2） National Institutes of Health Stroke Scale score of 3 or less;3） no first-degree family history;4） no coagulation abnormalities;5） no pathogenesis regarding recurrence;and 6） no massive or multiple lesions.
　Older adults do not have fitness if they have atherothrombotic stroke or cardiogenic embolism, and have been evaluated for the possibility of detached plaque in the event of an asymptomatic ischemic vascular lesion. Individuals who have an asymptomatic lacunar infarction, white matter lesion, or etat crible are eligible for flight, if there is no risk factor.

（Received:13 July, 2015　Accepted:18 March, 2016）

Key words:cerebral infarction, transient ischemic attack, stroke, aviation medicine, waiver

I.　緒言

脳梗塞，一過性脳虚血発作（transient ischemic attack:TIA）等の虚血性脳血管障害（ischemic cerebrovascular disorder:ICVD）は航空業務における機能喪失（incapacitation:航空業務中に操縦業務が行えなくなること），運動機能障害又は認知機能低下の可能性があり，これらは重大事故を招く可能性があるため，適切な診断により，航空医学適性（以下「適性」という）を判断しなければならない。「適性」とは，航空業務を実施するために必要な心身の状態が，飛行のあらゆる状況下で安全に飛行するために必要な条件を満たしており，航空医学証明の有効期間中その状態が維持されていると想定される場合を指す^20）。

わが国の民間航空において，ICVDの場合は航空身体検査マニュアルに記載されている身体検査基準に基づき，不適合として航空業務を行うことが出来ない^20）。ここにおける「不適合」とは，規則で定められた身体検査基準を満たさない場合を指す。不適合とされても，航空業務を希望する者は，所要の精密検査を行い，必要に応じて治療を行い，症状等が安定していることが確認されてから，ウェーバー（Waiver）審査を申請することができる。ウェーバー審査とは，不適合とされた者に対して，その者の経験及び能力を考慮して，審査の結果，その不適合事項が航空安全を脅かされないと判定される場合に限り，身体検査基準に適合するとみなすことができる制度であり^20），ここでは，合格の場合を「適性を有する」，不合格の場合を「適性を欠く」と表記する。加えて，身体検査基準に適合するか判定困難な例に対しても，ウェーバー審査を申請し，評価及び判定を受けることもできる^20）。同様な制度は自衛隊にも存在する^18,21）。海外も同様に，不適合事案をウェーバー審査にて救済するシステムが存在する^2,26,41）。つまり，適性に関して詳細な検討を行う場合は，原則ウェーバー審査を行うことになる。

米空軍は，比較的詳細なウェーバー審査の評価法に関するガイドを公表している^2）。そこには，知見に基づいて，ウェーバー審査が受けられる条件，経過観察期間及びウェーバー審査に必要な検査等が比較的詳細に記載されており，定期的な更新も行っている。このことから，米空軍ではウェーバー審査に関してかなり成熟していることが窺える。わが国の国土交通省航空局（以下「航空局」という）及び自衛隊を調べてみると，無症候性脳血管障害に限り，航空局で詳細な画像診断基準が示されている^20）。無症候性脳血管障害の中でも，無症候性脳梗塞の詳細な評価法が示されている^28）。しかしながら，米空軍のガイドや航空局の規定には判定法に関する記載は乏しい。わが国は，独自の適性に関する知見の解析/検討を行うことは可能と考えらえるが，多くの人員を当てることは困難である。このような状況下，操縦士と密に接している航空会社の産業医，指定航空身体検査医及び自衛隊医官等の協力，各分野の臨床専門家からの助言及び専門的知識等の提供などを受けられれば，益と害のバランスなどを考量して，申請者と判定者の意思決定を支援するために最適と考えられる推奨を提示するガイドラインを作成することは可能と考えられる。

ここでは，国内外の臨床医学的知見及び航空医学的知見の検索を行い，ICVDと診断された申請者（操縦士）の適性評価及び判定法を検討したいと考えるが，基本的に「ICVDの予後」を中心に記載し，判定時における神経学的評価（脳波及び認知機能を含む）は別の機会に検討したいと考えている。加えて，ICVD以外の基礎疾患（例えば，虚血性心疾患）が適性に大きな影響を及ぼす場合は，別途検討が必要である。

II.　臨床医学的知見

ICVDの診断及び治療に関しては，主として「脳卒中治療ガイドライン2015」^32）又は「脳ドックガイドライン2014」^30）（これらを合わせて「ガイドライン」という）を参照し，その中から航空医学的に重要な事項を検討し記載した。その他，航空医学的に必要な事項の報告等も加えた。

A.　はじめに

現在わが国では，ICVDの分類をNational Institute of Neurological Disorders and StrokeのCVD第3版（NINDS-CVDIII）又はTrial of Org 10172 in Acute Stroke Treatment分類（TOAST分類）に基づく施設が多い^9）。NINDS-CVDIIIには，発症機序，臨床病型，部位別徴候の3つの分類が記載され，TOAST分類は，臨床に即した分類となっている^9）。これらの臨床的な分類はほぼ同様であるが，ここでは発症機序を含めて議論していくことから，主としてNINDS-CVDIIIに基づいた分類で議論していきたいと思う。NINDS-CVDIIIによると脳梗塞の発症機序は以下の3通りに分類されるが^9），脳梗塞以外のICVDの病態（頭蓋内外脳動脈閉塞/狭窄，頸動脈狭窄/閉塞）も以下に分類は可能と考えられる。

1.　血栓性:動脈の粥状硬化の進展により内腔が狭窄し，さらに血栓が形成されて血管閉塞に至るもの

2.　塞栓性:心房細動等による心臓内血栓，頸部又は脳内の主幹動脈の壁在血栓が剥離し，血管閉塞に至るもの

3.　血行力学性:脳動脈狭窄により梗塞又は虚血発作が生じるもの

Table 1（虚血性脳血管障害の発症機序）には，今回検討する脳梗塞の臨床分類又は疾患を示し，主となる病態，症候の有無，病態の変化について記した。この表にはTIAは記されていないが，NINDS-CVDIIIによると「24時間以内に消失する脳虚血による一過性の局所神経症状で，画像上の梗塞巣の有無は問わない」と定義されるものであるが，最近の画像診断の進歩で，梗塞巣がありながら症状が消失する例の取扱いが問題となり，現在は症候性脳梗塞と合わせて，急性脳血管症候群と呼ぶ研究者もいる^40）。同時に，脳ドックの普及等における無症候性ICVDの発見例が増えている。

ICVDで機能喪失を招く要因として，「脳卒中（症候性ICVD）」に加え，「てんかん」が挙げられ，ここでは脳卒中の発症/再発及びてんかんの発症の予後を中心に検討していく。

B.　脳梗塞の臨床分類及び疾患の特徴

1.　アテローム血栓性脳梗塞

頭蓋内外の主幹動脈の粥状硬化による狭窄性病変を原因とする脳梗塞である。狭窄病変の好発部位は頸動脈分岐部近傍や内頸動脈サイフォン部から中大脳動脈近位部，椎骨動脈と脳底動脈の合流部近傍，脳底動脈遠位部から後大脳動脈近位部などが挙げられ，これらは，分岐部や屈曲部のような層流が乱れるところに形成されやすいことに起因する。この狭窄性病変は病理的にはプラークと呼ばれる内膜肥厚性病変であり，そこには血栓が形成されることがあり，その血栓が末梢へ遊離することによって脳梗塞が発症する。このことから，脳梗塞の病態は主として血栓性であるが，塞栓性又は血行力学性機序による脳梗塞も起こりうる^39）。

2.　心原性脳塞栓症

心臓由来又は心臓を経由する塞栓子の存在が証明され，他の原因が存在しないものとされ，原因としては，心房粗細動，最近の心筋梗塞，心不全，弁疾患，感染性/非細菌性心内膜炎，又は奇異性脳塞栓症（心房中隔欠損，卵円孔開存）が挙げられる。また，脳梗塞の中で他の病型に比べて梗塞範囲が大きいことも特徴である^43）。

3.　ラクナ梗塞/大脳白質病変/拡大血管周囲腔

高齢者にしばしば観察される無症候性の脳画像所見は，ラクナ梗塞，大脳白質病変，拡大血管周囲腔，微小出血，皮質を含む梗塞があるが，ラクナ梗塞，大脳白質病変，微小出血は，脳小血管病を反映するものとされる^34）。脳小血管病には，主として穿通枝（前大脳動脈，中大脳動脈又は後大脳動脈の脳内主幹動脈から分岐した動脈）に動脈硬化性に血管壊死を起こすもの（I型: 広義のラクナ梗塞），主として大脳皮質にアミロイドの沈着が起こるもの（II型:アミロイドアンギオパチー），アミロイドアンギオパチーと区別されるFabry病等，先天性のもの（III型），自己免疫疾患によるもの（IV型），その他（V〜VI型）があり，I型とII型が共進展するものがある^16,38）。

広義のラクナ梗塞は，大脳深部白質や灰白質（基底核，視床），小脳及び脳幹に生じる穿通枝領域の小梗塞であり，単一の小動脈の閉塞によるものである。臨床的には症状の有無は問わず，画像所見上3 mm以上15 mm以下の小病変を示すものを指す。画像所見上「ラクナ」と呼ばれる病変は，梗塞，陳旧性微小出血，拡大血管周囲腔も含まれるため，本来の「ラクナ梗塞」の病態を評価することが困難である^37）。病態としては，小さな病変（概ね5 mm以下）の場合は高血圧を原因とした脂肪硝子変性とされ，一般的に直径40-200 μmの穿通枝に起こるとされる（狭義のラクナ梗塞）。一方，比較的大きな病変（概ね5 mm以上）の場合は穿通枝のアテローム性動脈硬化が原因であるとされる（分枝アテローム病:広義のラクナ梗塞に含まれる）^4,10）。穿通枝の中でもレンズ核線条体動脈には解剖学的なvariationがあり，また何本かの穿通枝が共通幹をつくることがある。これらの穿通枝にはアテローム血栓性脳梗塞の機序により大きな病変を示す場合があり，臨床的には放線冠に多く見られる^10）。その他，多血症等による凝固亢進状態などによる塞栓性等の他の機序も含まれている可能性もある^37）。

無症候性脳梗塞は，わが国の60代では約20%に認められるとされ^31），そのほとんどはラクナ梗塞であるが，稀に境界域（分水嶺）脳梗塞（脳内主幹動脈の灌流域の境界に認められる脳梗塞）及び皮質を含む梗塞の場合もある。境界域脳梗塞を認める場合は，脳主幹動脈等の閉塞又は高度狭窄が考えられることから^34），境界域脳梗塞は血栓性又は塞栓性と病態が同じである。

大脳白質病変は，脳小血管病又は慢性脳虚血に起因するとされ，その組織学的変化の程度は様々である。脳室周囲病変（Periventricular Hyper-intensity:PVH）の中でも，いわゆるPeriventricular cap又はrimは，髄鞘の希薄化や細胞間隙の拡大を主体とした変化であり，病的意義がないとされる。深部皮質下白質病変（Deep and Subcortical White Matter Hyperintensity:DSWMH）は，髄鞘の希薄化又は拡大血管周囲腔を主体とされ，高度になった場合は，不全脱髄，軸索変性，拡大血管周囲腔，微小梗塞が混在すると言われている。加齢を除くと，高血圧が最大の危険因子とされており^34），経過とともに進行する場合が多く，改善することは通常ない^31）。

拡大血管周囲腔は加齢と共に増加し，特に高血圧症例に多いことが知られており，好発部位は基底核下部，大脳白質，島皮質下，中脳，海馬である。多くの症例では病的意義は少ないとされるが，多発性で高度なものは，脳小血管病に関連が示唆されている。基底核などに見られる拡大血管周囲腔が無数に集まっている状態は「etat criblé」と呼ばれる^34）。

ガイドラインによると，無症候性脳梗塞/大脳白質病変（特に高度な病変）は，症候性脳梗塞及び認知機能障害の危険因子であり，どちらも脳卒中危険因子（高血圧，糖尿病，脂質異常症，心房細動，血液凝固異常，喫煙，飲酒，肥満（BMI），睡眠時無呼吸症候群，メタボリックシンドローム，慢性腎臓病，等）のコントロールが重要としている^32）。特に高血圧の治療が重要で，血圧のモーニングサージが無症候性脳梗塞と関連するとの報告がある^44）。

4.　無症候性虚血性血管病変

ここでは，無症候性頭蓋内外脳動脈閉塞/狭窄，無症候性頸動脈狭窄/閉塞については検討を行う。病態は，アテローム血栓性脳梗塞と同様の粥状硬化によるものである。

C.　予後予測に必要な臨床評価

1.　画像診断^12）

操縦士が，明らかな神経学的異常が認められた場合はすでに適性を欠くことから，航空医学的に詳細な脳評価を行う場合は，軽微な脳障害か，脳ドック又は頭部外傷等で偶然見つかった病変に限られる。以上のことから，粗大病変を検出するcomputed tomography （CT）は適当でなく，詳細に評価できるmagnetic resonance imaging（MRI）を用いる必要があり，必要に応じて血管造影等の詳細な評価を行うことになるであろう。そして，航空医学的に評価するMRIを撮影する場合は，急性期診断のものではなく，病態が安定し経過観察後に行うべきである。

Table 2には，日本脳ドック学会によるMRI検査の評価に関する記載を示したが，操縦士に対する詳細な評価に適していると考えられる^30）。

2.　適性評価に有用なMRIの撮影法^12,33）

Table 2にも示されているように，軽微な変化の診断には，T1強調画像（T1 weighted Image:T1WI），T2強調画像（T2 weighted image:T2WI），水抑制画像（fluid attenuated inversion recovery:FLAIR），T2^＊強調画像（T2^＊ weighted image:T2^＊WI）を撮影することが推奨され，必要に応じ，脳血管の評価にMR angiography（MRA）等も加えるべきであろう。

1）　T1WI

T1WIでは水は黒く低信号で描出され（脳室は黒色），CTとよく似た画像を呈し，大脳皮質と白質などの解剖学的な構造が捉えやすいという特徴がある。

2）　T2WI

T2WIでは水は白く高信号で描出され（脳室は白色），多くの病巣が高信号で描出されるため，病変の抽出に有用とされている。

3）　FLAIR

FLAIRは，基本的には水の信号を抑制したT2WIであり，脳室と隣接した病巣が明瞭に描出される。ラクナ梗塞等の微小脳梗塞の慢性期の脳梗塞部位（白色に描出される）確認に有用である。

4）　T2^＊WI

T2^＊WIは出血性病変の検出力が極めて高く（黒色に描出される），過去に発症した出血巣の確認や無症候性微小出血の検出に優れている。さらに，磁化率強調画像（susceptibility weighted image:SWI）はT2^＊WIよりも鋭敏であるとされる。

5）　MRA

脳動脈瘤/解離，脳動脈閉塞性変化及びプラークの形状の診断に有用とされる。

6）　Black blood法

基本は血流を無信号に，脂質を含んだプラークを高信号に描出する撮像法。MRIによる頸動脈プラークの質的評価ができる。

3.　National Institutes of Health Stroke Scale （NIHSS）

脳卒中の重症度を判定する尺度としてNIHSSが広く使われている（Table 3）^7）。評価するに当たり以下の注意点に留意する必要がある。

1）　リスト順に施行する。

2）　各検査項目施行直後に結果を記載し，評価の変更はしてはならない。

3）　評価は医師が推測してはならない。

4）　指示されている部位以外では患者を誘導してはならない。

5）　いずれかの項目が実施されなかった場合は，その理由を記載する。

6）　各項目の点数を合計すると42点であるが，最重症は失調が評価できないため最重症40点となる。

4.　頸部超音波検査（carotid ultrasonography:CUS）

CUSは頸部総頚動脈，内頚動脈，外頸動脈及び椎骨動脈を非侵襲的かつ簡便に評価が可能である。内中膜複合体厚（intima-media thickness:IMT）が1.1 mmを超える場合をプラークと定義している^13）。

5.　その他

脳卒中危険因子の評価が必要であり，治療できるものがあれば，まず治療を優先すべきである。加えて，航空業務に支障がある神経症状，てんかん（脳波異常），認知機能障害が認められた場合は適性を欠くことになるが，これらの評価に関しては別の機会に述べる。

D.　若年成人のICVDの予後

1.　若年成人のICVD

脳卒中の研究における「若年成人（young adults）」は，18歳から45歳又は18歳から50歳の操縦士に非常に合致した年齢で検討されており，日本人の脳梗塞では，男性で4.6%，女性で3.0%を占めるとされる^25）。原因としては，Table 4（若年成人の脳卒中の原因）に示したような，片頭痛，開存した卵円孔を経由したような心原性脳塞栓症，血管炎等の自己免疫疾患，プロテインC欠損等の先天性凝固異常が挙げられ，動脈硬化性機序によるものは少ない^11）。

2.　再発等

Pezziniらは，イタリアにおいて18〜45歳（平均年齢36.8歳）の1,867名の虚血性脳卒中の患者を平均40ヶ月追跡調査した。TOAST分類による再発リスクは，nonatherosclerotic vasculopathies（その他の原因によるもの）が低く，その他は高い再発率を示した（Fig. 1）。ただし，small-vessel disease（ラクナ梗塞）は5年以降再発が認められていない。その解析の結果，1） 抗血小板薬又は降圧薬の中止，2） 抗リン脂質抗体陽性，3） 前兆のある片頭痛，4） 一親等以内の家族歴，5） 高血圧，糖尿病，喫煙，高コレステロール血症のいずれかを認める，の5項目が危険因子とされ，全てが認められない場合は，年間再発率が概ね1%以下となると報告している。考察の中で，前兆のある片頭痛がある若年成人には脳梗塞が多いとした研究が紹介され，この結果と一致しているとしている^35）。なお，前兆のある片頭痛は，可逆性脳血管収縮症候群と呼ばれ，可逆性の脳血管の収縮によって引き起こされる^14）。

Fig. 1. Cumulative risk of composite outcome event, stratified by stroke subtype （i.e., modified Trial of Org 10172 in Acute Stroke Treatment ［TOAST］ criteria）.  There is no recurrence in patients with small-vessel disease （i.e., lacunar infarction, based on the National Institute of Neurological Disorders and Stroke classification） since 5 years after the onset （citation from Pezzini A, et al.:Circulation, 129, 1668-1676, 2014）.

Aarnioらは，発症後30日以上生存した若年成人970名（平均年齢44歳）を平均10.2年追跡調査し，1） 加齢，2） 喫煙，3） I型糖尿病，4） 過飲酒，5） 多発又は大きな病巣，6） NIHSS点数，7） 大血管の動脈硬化，の7項目が死亡率に影響を及ぼす危険因子であると報告している^1）。

3.　てんかん発作

Arntzらは，脳卒中（TIA，脳梗塞，頭蓋内出血）後の若年成人697名（平均年齢40.5歳）のてんかん発作に関する長期予後（追跡期間平均9.1年）について検討を行ったところ，頭蓋内出血及びNIHSS高得点が発症のリスクであることを示した。未発症群のNIHSSは平均3（1〜8）点であり，発症群は平均8.5（2〜14）であった。脳梗塞群の14.4%にけいれんの発症が認められたが，概ね3年までに新規に発症し，その後は少数に留まり，TIA群は発作自体が少数であった（Fig. 2）。なお，ラクナ梗塞では発作は認められなかった^3）。

Fig. 2. Average annual risk of epilepsy, stratified by ischemic stroke （IS）, intracerebral hemorrhage （ICH）, and transient ischemic attack （TIA） in young adult.  The average annual risk of epilepsy does not increase precipitously since 3 years after the onset of IS （citation from Arntz R, et al.:PLoS One, 8, e55498, 2013）.

Lamyらは，原因不明の虚血性脳卒中後の若年成人581名（平均年齢42.5歳）に対し平均37.8ヶ月経過観察を行った。1） 発症後7日以内のけいれん，2） 皮質病変，3） 粗大病変の，3項目が危険因子であった。けいれんの新規発症率は，これらの危険因子の有無に関わらず，3年目以降は上昇しなかった^24）。

4.　卵円孔開存

Bartzらの報告では，卵円孔開存により脳梗塞を起こした45名の患者に対し5.3ヶ月を経過観察行ったところ，1名のみが再発を起こした（年間発症率1%）^5）。また，Egredらの報告では，185名を19ヶ月の経過観察を行ったところ，再発は認められなかった（年間発症率0%）^8）。

Wahlらは，卵円孔開存で虚血性脳卒中を起こした患者で，卵円孔閉鎖術群（150名）と通常治療群（158名）に分け，平均9年の経過観察を行った。TIAの再発は閉鎖群で低下が認められた（5%対14%）^42）。

卵円孔開存の有病率は剖検例で26%にも達するが，卵円孔開存における奇異性脳塞栓症の発症頻度が著しく高いわけではないので，卵円孔開存に対する脳梗塞の一次予防は行われていないとされる。再発予防に卵円孔開存を外科的に閉鎖する手術や経皮的カテーテル卵円孔閉鎖術が開発されている。卵円孔開存を有する脳梗塞症例で深部静脈血栓症がある場合は，抗凝固療法（INR 2.0〜3.0）の適応と考えられ，深部静脈血栓症がない場合は抗血小板療法（アスピリン325 mg/日）でも抗凝固療法と同等の再発予防効果があるとされている^32）。

E.　中高年のICVDの予後

ここの議論における「中高年」とは，概ね45歳以上を指す。

1.　症候性ICVD

Zhangらは，863名の軽症（入院時NIHSSスコア3以下）の非心原性虚血性脳卒中を認めた中国人患者（平均年齢61歳）を1年間の経過観察を行ったところ，6.1%に再発が認められたと報告している^45）。

2.　無症候性ラクナ梗塞/大脳白質病変

Asdaghiらは，症候性ラクナ梗塞患者の梗塞の形状及び容量（0.5 ml, 0.5-1.0 ml, 1.0 ml以上で分類）を，危険因子に関する数学的な調整後の身体機能（発症時と3ヶ月）との関連について検討を行った。その結果，梗塞の形状は身体機能に影響を与えなかったが，容量が大きくなるに従って身体機能に影響を与えた。また，3.4年の追跡をしたが，梗塞の形状又は容量は再発に影響を与えなかった^4）。

Bernickらは，明らかな脳卒中の既往がない65歳以上の米国の高齢者をMRIで追跡した大規模コホート（平均追跡期間4年）で，脳卒中発症のリスクの検討を行った（Cardiovascular Health Study）。その結果，無症候性脳梗塞群における脳卒中の年間発症率は1.87%と，非脳梗塞群の0.95%よりも有意に高値であることを示した。なお，単発ラクナ梗塞の年間発症率は1.63%であったが，多発ラクナ梗塞は2.37%となっている。無症候性脳梗塞群における脳卒中発症した例は，1）収縮期血圧，2）拡張期血圧，3）総頸動脈IMT，4）内頸動脈IMT，5）心房細動（心房細動の有無で比較），の5項目で非発症例よりも有意に高値を示した。なお無症候性脳梗塞群における，収縮期血圧＜121 mmHgの脳卒中の年間発症率は1.04%，拡張期血圧＜64 mmHgは0.99%，総頚動脈厚＜0.92 mmは1.58%，総頚動脈厚＜0.99 mmは1.46%，心房細動なしは1.77%となっている^6）。

Kobayashiらは，ラクナ梗塞及びDSWMH（3 mm以上の大脳白質病変）を巣状病変と定義し，画像的に異常を示さない933名の男女（平均年齢57.5歳）に対し追跡調査を行った。その解析の結果，ラクナ梗塞では，1） 高血圧，2） 糖尿病，3） アルコール摂取（58 g/日以上）， 4） Keith-Wagener分類I群以上の網膜動脈硬化（眼底所見が軽微であって細動脈の狭小化と硬化を軽度認めるより悪い病態），5）加齢，の5項目が，DSWMHでは，1）高血圧，2）年齢，の2項目が，高度PVH（境界不明瞭な融合傾向を示す大脳白質病変）では，1）年齢，2）高血圧，3） Keith-Wagener分類I群以上の網膜動脈硬化，の3項目が，有意かつ独立した発症危険因子であった。脳卒中の年間発症率は，ラクナ梗塞で2.79%，DSWMHで1.50%，巣状病変がない例（高度PVHも含む）で0.21%であった。なお，脳卒中を認めた19例に関しては，5名は出血性で，そのうち，3名が高血圧性被殻出血であり，1名が側頭後頭葉の出血（アミロイドアンギオパチーの関与が疑われた），1名が前交通動脈瘤によるものであった。残りの14名は虚血性脳卒中であり，1名は内頸動脈の閉塞が認められ，3名は高血圧があり，そのうち2名は糖尿病があったと報告している^17）。

現在，無症候性ラクナ梗塞を対象とした介入研究の報告がないため，脳卒中危険因子の治療が，どれだけの脳卒中予防効果をもたらすかに関しては不明である。一方で，日本人を対象とした観察研究で，カルシウム拮抗薬による降圧治療によって無症候性脳梗塞の発症の増加率が抑えられたという報告がある^44）。

3.　無症候性虚血性血管病変

無症候性虚血性血管病変の予後についてはエビデンスが乏しい^15）。

無症候性頸動脈狭窄に関し，閉塞率50%以上の無症候性頸動脈狭窄を対象としたOxford Vascular Study（OXVASC試験，2010年）では，内科的治療が過去の頸動脈内膜剥離術と比べ良好な結果を示しており，内科的治療が最良の治療であるという意見が多い。ただし，同試験で，脳卒中の年間発症率は8.32%となっている^27）。Naylorらは，頸動脈狭窄症患者の脳卒中危険因子について過去の報告をまとめたところ，無症候性脳梗塞，狭窄の進展，低輝度プラーク，不整プラーク等を脳卒中危険因子として挙げている（Table 5:頸動脈狭窄症患者の脳卒中の危険因子）^29）。

無症候性中大脳動脈狭窄は脳卒中のリスクとなりにくいことが報告されている^22,36）。Kremerらは，無症候性中大脳動脈狭窄を持つ平均年齢67歳の50名の患者（狭窄率50%未満38名，50%以上12名）に対し平均815日追跡調査を行ったが，同側の脳卒中を認めなかったと報告している^22）。

III.　航空医学的知見

航空医学領域におけるICVDの評価及び判定で有用なものは，一般的には，民間航空医学マニュアル（Manual of Civil Aviation Medicine:民間航空の医学評価に関する標準的なマニュアル，主として欧州の航空当局の担当者が作成），航空身体検査医ガイド（Guide for Aviation Medical Examiners:米国における航空身体検査マニュアル），米空軍ウェーバーガイド（Air Force Waiver Guide:米空軍におけるウェーバー審査申請のためのマニュアル），米海軍ウェーバーガイド（U. S. Navy Aeromedical Reference and Waiver Guide:米海軍における航空身体検査の方法及びウェーバー審査申請のためのマニュアル）等のマニュアル，Rayman’s Clinical Aviation Medicine等の教科書，ウェーバー審査結果，論文等である。これらを検索した結果から，評価及び判定法作成に有効な記述を以下に述べる。なお，国内の規則も検討に必要であるため，ここで述べる。

A.　民間航空医学マニュアル^26）

虚血性脳卒中は適性を欠く（10.3.6の項）。

再発リスクが年間1%を超える場合には適性を欠く。判明した原因に対し適正に治療が行われた若年者の場合（例えば，卵円孔開存で閉鎖された例）は，1年間の経過観察後に適性を認めてもよい。動脈解離の場合，再発が1年なく，再発リスクが年間1%以下の場合は適性を認めてもよい。脳小血管病に関連しているラクナ梗塞は1年後に適性を認めてもよく，アテローム血栓性の脳卒中は2年後に認めてもよい。症状がある場合は，適性を認めることは適切でないだろう（10.3.7の項）。

B.　米空軍ウェーバーガイド^2）

原因が何であれ，脳梗塞/TIAは不適合である。通常，ウェーバー審査は，治療可能な原因が特定され，治療されない限りは考慮されない。治療可能な原因には，カテーテルによる医原性脳卒中，後遺障害のない頸動脈の外傷が含まれる。脳梗塞/TIAはてんかん発作を招くが，ウェーバー審査には，脳梗塞で3年，TIAで2年の経過観察が必要である（Transient Ischemic Attack （TIA） and Strokeの章）。

C.　米海軍ウェーバーガイド^41）

TIAは恒久的に適性を欠く（10.12 Transient Ischemic Attack （TIA）の項）。

D.　1%ルール

仮に機能喪失により航空業務が出来なくなっても，マルチクルー業務（複数操縦士による操縦業務）であれば操縦を交代できる。「1%ルール」とは，以下に示す検討結果から，ある病態の1年間の機能喪失の確率が1%以下であれば，マルチクルー業務条件で適性を有すると判定できるルールである。現在，1%ルールに基づいた適性判定を行うことが，航空医学上のリスク評価の基本的な考え方となっている。

過去の事故の検討から致死的な事故は10⁷時間に1回の割合で起こるとされている。その内1/10が人的要因で，さらにその1/10が機能喪失による。つまり10⁹時間に1回の頻度で機能喪失を起こすこととなる。飛行時間のうち特に危険な期間は，離陸と着陸の間で，それらは全飛行時間の10%のみである。この危険な時間において操縦中の操縦士に機能喪失が起こったとしても，過去の検討から他の操縦士が100回のうち99回までは安全に操縦を交代できるとされる。よって，10⁹時間の1/1,000，10⁶時間に1回以上の頻度の機能喪失は起こすべきではないこととなる。1年間は8,760時間であるが，10,000（10⁴）時間として考えると，1年間の機能喪失の確率が1%以下であれば，確率論上許容できることになる^26）。

なお，これはマルチクルー業務で言えることであるので，単座機種や自衛隊の高G機種には当てはまらず，無制限（マルチクルー業務等の付帯条件なしの航空業務）の適性を認める場合は，健常者と同等の機能喪失の確率と考えられる時であろう。

ただし，この考え方は，わが国でも世界でも規定化されたものではなく，あくまでも適性判定の目安として利用されている。

E.　航空局及び航空自衛隊の知見

航空局では，「脳梗塞，脳出血，クモ膜下出血，脳動脈瘤等の脳・脊髄血管障害又はこれらの既往歴のあるもの」は不適合である。航空自衛隊では，「中枢神経系の炎症，循環障害，中毒，代謝障害，腫瘍，皮質形成不全又は変性疾患（航空業務に支障がないと認められるものを除く。）」は不適合である。なお，検査甲（操縦士候補者に対する適性判定）は上記疾患の既往歴又は中枢神経系の手術の既往歴がある場合は，現在症状がなく，危険因子がない場合でも不適合となっている^18,21）。

現在，ICVDの発症又は疑いがない限り，航空局又は航空自衛隊の通常の航空身体検査時にMRI等の詳細な脳評価を行うべき規定はない。ただし，航空局の規定には，発症又は疑われない場合でも，航空運送事業に使用される航空機を操縦する者に，60歳及び65歳時にMRI検査を実施する可能性がある^19）。また，MRI又はCTを撮影した場合のICVDの診断基準は示されている^20）。無症候性脳梗塞と診断された場合の初回評価（初めてのウェーバー審査を申請する場合）の方法については，Table 6（航空局における無症候性脳梗塞に関する評価法）のように，頭部MRI，危険因子に関する評価，認知機能の評価を実施する規定となっている^28）。

IV.　知見に基づいた適性の考え方

A.　検討事項

1%ルールに基づくと，以下のすべてを満たす場合にのみ適性を有すると判定できる。

1.　適性判定時の神経学的評価（脳波及び認知機能も含む）で，航空業務に支障がないと判断されること。

2.　機能喪失を起こすような脳卒中の発症/再発又はてんかんの等の発症率が年間1%以下と見込まれること。

1.に関しては，別の機会に検討し，ここでは2.に関して検討を行う。

B.　ICVDの適性評価法

Table 6に示した航空局における無症候性脳梗塞に関する評価法^28）は，脳卒中危険因子の評価をほぼ網羅している。しかしながら，航空局の評価法は動脈硬化に関する評価のみで，若年成人のICVDに関する評価法が示されていない。Table 4に示したような若年成人のICVDを網羅するためには，片頭痛，先天性疾患及び自己免疫疾患に関する評価（凝固機能を含む）を追記すべきであろう。

適性評価に関する診断基準に関して，ラクナ梗塞及び無症候性脳梗塞は，人間ドック学会の診断基準（Table 2）をそのまま適用できる。大脳白質病変は，Kobayashiらの報告17）から軽度の病態（日本脳ドック学会による分類による脳室周囲病変又は深部皮質下白質病変grade 1以下）は脳卒中のリスクはなく，3 mm以上の病変をDSWMHと定義していたことから，PVHもDSWMHもgrade 2以上が概ねKobayashiらが示した「巣状病変」と解釈できる。拡大血管周囲腔は脳卒中危険因子ではないが，多発性で高度な拡大血管周囲腔（以下「重度拡大血管周囲腔」という）は，脳小血管病との関連が示唆されていることから，適性評価の対象とすべきであろう。通常，拡大血管周囲腔は3 mm以上のものは稀であることから，診断の過誤を防ぐ意味も含めて，3 mm以上又は多発性の所見が認められた場合は，ウェーバー審査等の詳細な評価の対象とすべきである。つまり，「ラクナ」と呼ばれる所見（3 mmを超えるような大脳深部白質や灰白質（基底核，視床），小脳及び脳幹に生じる穿通枝領域の病変）を認めた場合が該当する。

以上の議論を踏まえ，Table 7（虚血性脳血管障害の予後に関する適性評価法案（神経学的評価を除く））を示した。これは，航空医学的な診断基準，適性判定の対象とする病態，適性判定に必要な評価法から構成されている。

C.　若年成人のICVD

Table 4に示すように，若年成人（概ね45歳以下を指す）のICVDに閉める動脈硬化性ICVDは比較的少ない。

再発の危険因子として，Pezziniら^35）及びAarnioら^1）の報告から，脳卒中危険因子（高血圧，糖尿病，脂質異常症，喫煙），服薬の中止，過飲酒，前兆のある片頭痛，NIHSS高得点，一親等以内の家族歴，抗リン脂質抗体症候群が挙げられる。

Pezziniらは，Fig. 1のように若年成人の脳卒中のTOAST分類別の再発予後を示した^35）が，large-artery atherosclerosis（アテローム血栓性脳梗塞）又はcardioembolism（心原性脳塞栓症）は再発率が高いことが示されており，適性を欠くと判定すべきであろう。ただし，心原性脳塞栓症には様々な原因が混在していることから，再発が低いと考えられる病態に限り適性を検討することができる。Small-vessel disease（ラクナ梗塞）は5年経過後再発が認められていないのが特徴であることから，再発の危険因子が認められない場合は5年間の経過観察後に適性を認めることはできる。

ICVD発症後の操縦士を業務復帰させるリスクとしては，再発リスクの他にてんかん発作が挙げられる。Arntzら^3）及びLamyら^24）の報告から，NIHSSが平均3以下又はラクナ梗塞の場合はてんかん発作を起こしくいと考えられる。一方，けいれんの既往歴，皮質病変及び粗大病変を認めた場合，てんかん発作のリスクが高いと考えられる。Arntzら^3）の報告を参照とすると，重症例も含めたICVDは3年頃からけいれんの新規発症は低下を示す。なお，軽症とされるTIAの場合は発症率自体が低い（Fig. 2）。Lamyら^24）は，新規発症率は，上記した危険因子の有無に関わらず，3年目以降は上昇しなかったと報告されている。以上の報告から，適性を検討するような軽症例のてんかんの発症は，3年の経過観察中に発症を認めなければ，その後の新規発症を認めにくいと考えられる。しかしながら，発症後10年程度はてんかん発症の散発例（Fig. 2）を認めることから，発症後10年間はマルチクルー業務に限定する方がよいであろう。

心原性脳塞栓症の原因に卵円孔開存によるものがあるが，Bartzら^5）及びEgredら^8）の報告によると，卵円孔開存で脳梗塞を起こした後に再発を起こす例は，年間発症率0-1%なので，深部静脈血栓症又は先天性凝固機能異常等，塞栓子が形成されやすい病態を認めない場合に限り，マルチクルー業務に限り許可してよいであろう。なお，経過観察期間は，民間航空医学マニュアルに基づいて治療終了後1年とすることが適当と考えられる。なお，卵円孔閉鎖術が行われた場合は，無制限の適性を認めることも可能である。なお，塞栓子が形成されやすい病態（先天性凝固機能異常等）の場合は，Pezziniらの報告^35）で高い再発率を示すことから適性は認められない。

以上の検討から，民間航空医学マニュアルの考え方も取り入れ，判定時に神経学的に航空業務に支障がないと判断された若年成人（概ね45歳未満）の症候性ICVDの適性判定案をTable 8に示した。

D.　中高年のICVD

中高年のICVDとは，ここでは主として加齢性（動脈硬化又は心房細動等）の機序によるICVDと定義され，若年成人と異なる点は，多くの病態で今後改善が見込めないことである。

加齢性の機序によるICVDは，アテローム血栓性脳梗塞，心原性脳塞栓症（特に心房細動），ラクナ梗塞，大脳白質病変，重度拡大血管周囲腔，無症候性虚血性血管病変が該当する。この中でも，アテローム血栓性脳梗塞又は心原性脳塞栓症は，通常，症候性又は重篤な病態であることから，前項と同様，適性を欠く病態であることから，検討から外す。同様に，Zhangらの報告^45）から，軽微なICVDであっても，症候性のものは年間再発率6.1%となっており，病態が軽快することはないことから，TIAを含めて適性を欠くと判定すべきである。

つまり，中高年のICVDで適性が認められる可能性があるものは，原則，無症候性ラクナ梗塞，大脳白質病変，重度拡大血管周囲腔又は無症候性虚血性血管病変（これらを以下「無症候性ICVD」という）に限られることになる。

無症候性ICVDの適性判定には，以下のような二つの問題点が存在する。

1）　無症候性ICVDに適性を認めない場合，検査でたまたま見つかった申請者と全く検査をしていない申請者との間に不公平が生じ，本人の健康のために本来受けるべき検査を受けない恐れがある。

2）　症候性であったとしても，無症候性と偽って報告している可能性があるため，自己申告以外でも評価ができる方法を確立すべきである。

1.　無症候性ラクナ梗塞/大脳白質病変/重度拡大血管周囲腔

無症候性ICVDの中でも，ラクナ梗塞で概ね5 mm以下の病変である脂肪硝子変性による病態以外の分枝アテローム病は，血栓性又は塞栓性と病態は同じと考えられ，幸運にもsilent regionに発症し，症状が認められなかっただけに過ぎない（又は無症候と偽っている）と解釈できる。このことから，概ね5 mm以上の分枝アテローム病も症候性ICVDと同様に適性を欠くとすべきと考えられる。ただし，Asdaghiらの報告^4）によれば，分枝アテローム病も含むラクナ梗塞は，発症3ヶ月後の身体機能に影響を与えるが，再発には影響を与えないことから，1） 概ね10 mm（容量1 ml程度）までの無症候と考えられる大きさ，2） 脂肪硝子変性か分枝アテローム病か不明な病巣，3）身体症状及び画像上病巣に継時的変化が認められない，4）厳密な脳卒中危険因子管理が行われている，以上の場合に限り，できれば3ヶ月程度の経過観察を行い，適性を考慮してもよいと考える。

Bernickらの報告^6）から，MRI画像上脳梗塞を認めない米国の高齢者（65歳以上）の脳卒中の年間発症率は0.95%，単発ラクナ梗塞を認めると1.63%，多発ラクナ梗塞を認めると2.37%という結果となっている。Kobayashiらの報告^17）では，脳卒中の年間発症率は，ラクナ梗塞で2.79%，DSWMHで1.50%，その他で0.21%という結果が示されている。このように，画像上異常を認めない高齢者でも脳卒中の年間発症率は1%程度あり，画像上異常を認めた場合は1%以上になる可能性がある。無症候性ラクナ梗塞を対象とした介入研究の報告がないため，脳卒中危険因子管理がどの程度の年間発症率の低下を示すかは不明であるが，Bernickらの報告^6）から，脳卒中危険因子（高血圧，総頸動脈及び内頚動脈のプラーク形成，心房細動）を一切認めない例の年間発症率は低下すると考えられ，Kobayashiらの報告^17）を詳細に検討すると，定期的な画像評価又は厳密な危険因子管理によって脳卒中の発症を予防できた例が多数いると考えられることから，これらを厳密に行えば1%ルールに抵触しない年間発症率を維持できる可能性がある。加えて，上記した二つの問題点（不公平，偽申告）を考慮する必要があり，現在航空局で無症候性ラクナ梗塞例に適性を考慮している実績があることから，軽微と考えられる無症候性ラクナ梗塞及び大脳白質病変に，定期的な画像評価，厳密な危険因子管理及びマルチクルー業務限定を条件に，適性を認めることができるだろう。

重度拡大血管周囲腔に関しては，脳卒中危険因子を認めず，経時変化が認められない場合は，適性を有する（ケースクローズ）としてよいであろう。

2.　無症候性虚血性血管病変

この病態に関しては，原則，心臓，胸部大動脈，頸動脈及び椎骨動脈より末梢の動脈の粥状硬化部位から塞栓子の離脱等の可能性の有無を評価すればよいと考えられる。OXVASC試験^27）に基づき，重度な病変に関しても内科的治療が最良であるという見解^32）があることから，適性評価の対象となる軽微な病態は内科的治療が最適であることは間違いないであろう。内科的治療を行い，脳卒中危険因子を管理できたところで，塞栓子の離脱の可能性を評価するために，MRA，black blood法，脳血管造影等を利用した頸動脈等の評価をする必要があるだろう。

OXVASC試験^27）によれば，閉塞率50%以上の無症候性頸動脈狭窄の脳卒中の年間発症率は8.32%であるため適性を欠く。Table 5に示した頸動脈狭窄症患者の脳卒中の危険因子を有する例も適性を欠く。一方，中大脳動脈単独の狭窄（50%以下）の場合は比較的低リスクと考えられる。これらの脳卒中の発症因子を総合的に判断し，適性判定を行うべきであろう。

3.　適性判定案

以上の議論を踏まえて，Table 9に神経学的に航空業務に支障がないと判断された中高年（概ね45歳以上）の無症候性ラクナ梗塞/大脳白質病変/重度拡大血管周囲腔/無症候性虚血性血管病変の適性判定案を示した。

V.　本論文の限界

今回，検索できた範囲の知見に基づいたICVDに関する航空医学適性評価及び判定法の検討を行った。しかしながら，今回の検討では，使用した根拠となる報告はすべてを網羅したものではなく，比較的小規模な報告を利用しているに過ぎない。従って，これが最終的な案とは言い難い。これからは，更に議論を重ね，新たな知見を取り入れ，よりよいものを作り上げる必要がある。

ICVDの病態は多岐にわたり，本来であれば，ここでは検討されていない脳動脈解離，大動脈解離，脳静脈洞血栓症，もやもや病，繊維筋性形成異常症も検討すべきである。紙面の都合及びエビデンスの少なさから，ここでは検討から除外した。ただし，基本的な考え方としては，加齢性の要因による有症候性のものは，今後も再発の恐れがあることから原則適性を認めず，無症候性で，脳卒中の発症率を上げる危険因子すべてがコントロールできた場合に限り，適性を認めるという方針にすべきである。

VI.　終わりに

健常とされる高齢者（65歳以上）でも，欧米人のデータからは，1%程度の脳卒中の年間発症率を認めていることである。たまたま見つかった無症候性ICVDは，検査を実施していない健常者にも潜在する可能性があるため，本来であれば高齢操縦士すべてに対して，危険因子管理を実施することが航空安全上適切と考えられる。

わが国の航空局又は自衛隊に，議論を重ねた上で適性評価及び判定法を設定することにより，以下のような効果が期待できる。

1）　適性評価及び判定法の明確化

2）　判定の公平性の確保と判定者の負担軽減

3）　判定法を事前に理解した上で，必要な検査をタイミングよく行うことにより，申請手続きを簡略化し，検査費用や申請者の心身の負担を軽減できる

加えて当該論文は，わが国の鉄道等の職業運転士の評価及び判定にも転用は可能と考えられ，航空に限らない交通等の安全に寄与できるとも考えている。

なお，本内容は2016年1月時点での見解について記載した。今後の知見及び医学の進歩にて内容の再検討を進めるべきと考えられる。

VII.　謝辞

本検討にあたり，放射線学に関する貴重な御助言を賜りました中森貴俊助教（防衛医科大学校防衛医学研究センター異常環境衛生研究部門）に謹んで御礼申し上げます。

文　　　献

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