宇宙航空環境医学 Vol. 51, No. 2, 23-30, 2014

総説

わが国の民間航空の航空身体検査証明制度及び操縦士の健康管理体制の実際

髙田 邦夫1,2,五味 秀穂3,田村 忠司4,桒田 成雄2,5,宮川 芳宏2,藤田 真敬1,5,立花 正一1

1防衛医科大学校防衛医学研究センター異常環境衛生研究部門
2国土交通省航空局
3航空医学研究センター
4全日本空輸乗員健康管理センター
5航空自衛隊航空医学実験隊

Practical Aviation Medical Examination and Health Management System of Civil Aviation in Japan

Kunio Takada1,2, Hideho Gomi3, Tadashi Tamura4, Naruo Kuwada2,5, Yoshihiro Miyagawa2, Masanori Fujita1,5, Shoichi Tachibana1

1Division of Environmental Medicine, National Defense Medical Collage Research Institute
2Civil Aviation Bureau, Ministry of Land, Infrastructure, Transport and Tourism
3Japan Aeromedical Research Center
4Flight Crew Medical Administration Office, All Nippon Airways
5Japan Air Self-Defense Force Aeromedical Laboratory

ABSTRACT
 Aviation safety is established based on proper aviation medical certification, health management of the pilot, and waiver judgment. Herein, we analyzed the cooperative framework and aviation safety overseen by the Japan Aeromedical Research Center, the institution that authorizes aviation medical examinations, and the All Nippon Airways Flight Crew Medical Administration Office, the institution that implements the health management system for pilots in Japan. These two institutions have four main features. First, they manage the centralization of health management information. Second, they perform medical examinations with the help of specialists and specialized laboratory technicians. Third, they employ full-time physicians experienced in aeromedicine. Finally, they implement systems for the prevention of human error. These systems and practices of these aeromedical services are necessary for Japan’s civil aviation sector to achieve aviation safety.

(Received:10 July, 2014 Accepted:11 September, 2014)

Key words:aviation medical examination, health management system, waiver, civil aviation, Japan Aeromedical Research Center, All Nippon Airways

I. はじめに
わが国で自衛隊機を除く航空機の操縦等を行う場合には,航空法に規定される技能証明(操縦技能が基準を満たしているという証明)に加え,航空身体検査指定機関(航空身体検査の実施許可を与えられた医療機関,以下「指定機関」という)で航空身体検査を受検し,指定航空身体検査医(航空身体検査の判定許可を与えられた医師,以下「指定医」という)又は国土交通大臣によって航空身体検査基準(航空業務を実施するために必要な心身の状態を規定した基準)に適合すると認められる状態(適合状態)であることを証明する航空身体検査証明が必要となる(航空法第67条)3。その理由としては,国土交通省航空局長通達「航空身体検査マニュアル(航空身体検査の実施法及び判定基準等を記した通達)」に記載されているように,飛行中の急性機能喪失等を起こすリスクを排除し,飛行安全を確保するためである7。しかしながら,航空身体検査はあくまでも断面的検査であり,航空身体検査時における適合状態を確認しているに過ぎない。なお,航空身体検査証明には有効期間(事業用の場合は6ヶ月又は1年)があり,航空業務を継続するためには,定期的に航空身体検査を受検する必要がある。
航空法第70条で「航空機乗組員は,酒精飲料又は麻酔剤その他の薬品の影響により航空機の正常な運航ができないおそれがある間は,その航空業務を行つてはならない」,航空法第71条で「航空機乗組員は,身体検査基準に適合しなくなったときは,航空身体検査証明の有効期間中であっても航空業務を行ってはならない」と規定されている3。航空身体検査は定期的に行われ,適合状態の確認を行っているが,航空身体検査証明の有効期間内であっても,薬物等の内服,疾病又は負傷等により不適合状態になりうることから,操縦士に対しては,適合状態の確認及び飛行中の急性機能喪失を起こすリスクを排除するために,日常の健康管理を行う必要がある。
一方,身体検査基準に適合しない者のうち,その者の経験及び能力を考慮して,航空機に乗り組んでその運航を行うのに支障を生じないと国土交通大臣が認めるものは,適合するものとみなす制度(航空法施行規則第61条の2関係,いわゆる「国土交通大臣の判定」)4があり,国土交通省航空局(以下「航空局」という)で審査を行っている。正確な審査を行うには,的確な検査及び診断を行ない,正確な記述の審査資料の作成が求められる。加えて,国土交通大臣の判定による合格者は通常の適合者に比べ,より綿密な健康管理が必要となり,不合格者に対しても,合格するためには健康管理及び適切な検査指示等も必要である。
つまり,規則上で謳われている,航空身体検査証明,操縦士の健康管理,及び国土交通大臣の判定の資料作成及びその操縦士の健康管理等は,実際に適切な形で機能してこそ,航空安全が保たれるものである。
ここでは,わが国の民間航空の指定機関である財団法人航空医学研究センター(以下「研究センター」という)及び全日本空輸所属の航空機操縦士の健康管理を行う全日本空輸乗員健康管理センターの実際の業務内容を紹介しながら,上記に関係した航空安全について検討したいと思う。

II. わが国の民間航空における航空身体検査証明制度および操縦士の健康管理体制の整備
1982年2月,日本航空350便が羽田空港へ進入中,精神的変調を来していた機長(35歳)が,異常操作を行った結果,海面に墜落し,搭乗者173人が死傷する事故が発生した。この事故をきっかけに,わが国の民間航空における航空身体検査および操縦士の健康管理体制が大幅に見直されることになった。
当該事故が発生するまでは,航空運送事業者の健康管理部門に所属する医師が,指定医を兼務することが可能であり,厳正な航空身体検査が実施されていないことが見過ごされていたと考えられる。当該事故に対する航空審議会答申に基づき,1984年に「航空機乗組員の健康管理についての改善方策について」の通達(下記は大手航空会社宛て)が出されたが,そこには,
① 公正かつ厳正な航空身体検査証明を行うため,航空身体検査証明の実施を航空運送事業者から分離する必要があるので,航空運送事業者の健康管理部門に所属している医師が指定医を兼ねることがないよう措置すること。
② 乗員の日常の健康管理を自社で行う航空運送事業者は,自社の健康管理部門と航空身体検査を担当する指定機関及び指定医との間に密接な連携を確保するため,乗員の航空身体検査証明を特定の指定医療機関及び指定医に委ねるよう措置すること。
③ 職務権限及び身分の明確な常勤医を置き必要に応じて専門医の支援を受けられる体制を整備すること。
という内容が記載されている5
これを踏まえ,1984年に航空会社から独立した機関として,研究センターが設立された。研究センターは,その設立にあたって関係者から出捐(しゅつえん)を受けた基本財産のほか,賛助会費等によって航空会社の操縦士の航空身体検査を実施するとともに航空医学に関する調査研究活動を行っている。
研究センターが設立された当時は,指定本邦航空運送事業者(航空法第72条第5項の事業の用に供する航空機に機長として乗り組む者に対する必要な知識及び能力の認定を行うことができる事業者のこと3)は,全日本空輸,日本航空及び東亜国内航空(2006年に現日本航空と経営統合)等少数しかなく,日本航空の全ての操縦士及び全日本空輸の東京乗員健康管理センター所属の操縦士が研究センターで航空身体検査を受検していたため,航空身体検査数の相当数(2000年度で39.0%)が研究センターで行われていた。この航空身体検査例の情報及び技術の蓄積等により,現在も高度な検査技術を誇っている。研究センター設立当時は,航空身体検査証明制度及び操縦士の健康管理体制を総括する航空局の乗員課航空従事者養成・医学適性管理室(現,運航安全課乗員政策室)は室長以下2名の事務職スタッフに航空自衛隊併任技官2名の小規模な体制であったため,研究センターの調査研究成果等は,航空医学に係る適切な政策を推し進めるための補佐的役割として,わが国の民間航空医学の発展に寄与してきた。
数々の経営統合を経て「大手航空会社」と呼ばれる事業者は,現在,日本航空及び全日本空輸だけとなり,上に示した大手航空会社宛ての通達に該当させなければならない健康管理体制を有する者は当該二社だけとなった。今回は,全日本空輸を例に大手航空会社の健康管理体制を紹介する。全日本空輸は,1979年に東京と大阪に「乗員健康管理センター(以下,「健康管理センター」という)」を設立し,それぞれで操縦士の健康管理を行っていたが,2013年に,東京に健康管理センターが統合された。当初は,東京では研究センター,大阪では大阪大学付属病院にて航空身体検査を行っていたが,統合により,現在は,すべての操縦士が研究センターで行っており,互いの連携が図られている。
Fig. 1には,研究センター及び健康管理センターを参考とした航空身体検査証明及び操縦士の健康管理の協力関係の概念図を示した。以下は,その概念図を参考にしながら実際に行われている業務及びその連携を紹介していきたい。

Fig. 1. Conceptual diagram of the cooperation of health management of pilots and aviation medical certification


III. 航空身体検査証明の実際(研究センターの例)
研究センターは,2章で示した通り航空身体検査及び調査研究活動等を行なっている。なお,民間航空に関連した調査研究活動を行っている指定機関は当該センターのみである。
 (1) 航空身体検査概要
現在,研究センターは,全日本空輸の他,数々の航空会社の操縦士の航空身体検査を実施している。当該センターには,指定医の他,精神科専門医,眼科専門医,耳鼻咽喉科専門医,視能訓練士及び看護師等が在籍しており,それぞれの専門領域の検査を行っている。加齢付加検査(60歳以上の航空会社操縦士に行われる付加的検査)6に関しては,必要に応じて外部の医療機関に検査委託(頭部MRI検査等)をして判定している。
外国人操縦士は日本語での応答ができず,日本語で書かれている航空身体検査申請書(以下,「申請書」という)は理解できない。そのため外国人には英語で記載された申請書を用意している。加えて,英語ができる指定医及びスタッフが在籍しているので,外国人に対し対応が可能である。
なお,公式な航空身体検査ではないが,航空会社への就職希望者等に航空身体検査と同等の検査を行い,結果を本人に通知する業務も行っている。
 (2) 航空身体検査の実際の流れ
受検者は最初に下記 ① を実施した後に,下記 ②~⑥ の検査項目を適時受検して,すべての検査結果が揃ったところで指定医が下記 ⑧ の総合判定を行う。なお,下記⑦の脳波は必要に応じて実施される。加えて,労働安全衛生規則第45条(特定業務従事者の健康診断)の規定8により,6ヶ月以内毎に1回,定期健康診断と同じ項目の健康診断を行わなければならないことになっているため,航空会社の操縦士に対する航空身体検査時には定期健康診断も同時に行っている。
なお,航空身体検査証明の有効期間は,原則として60歳未満が1年,60歳以上が6ヶ月であるので,60歳以上の者は毎回身体検査と健康診断を研究センターで検査を行い(ただし,身体検査の判定は研究センター,健康診断の判定は自社),60歳未満の者は身体検査が行われない時は自社で健康診断を行なっている。
① 申請書記入・血圧測定
申請書記入に際し,看護師が前回記載内容と照合等の確認を行い,操縦士の既往歴等の申告漏れが無いようにしている。なお,定期健康診断が同時に行われる場合は,定期健康診断の問診票も記入している。
② 身長・体重・心電図・(血液検査)
航空会社の操縦士の場合,航空身体検査は定期健康診断も兼ねているので,航空身体検査項目にない血液検査も実施している。指定医は必要に応じ,血液検査の結果について,航空会社の産業医等宛てに質問状を出して検査データの情報を得ている。
③ 尿検査
尿検査は航空身体検査及び定期健康診断の両方で使用される。
④ 精神科専門医による面接
規則7において,精神科的な検査は精神科専門医である必要性はないが,より正確を期するために専門医が担当している。最近あったイベント,睡眠状態及び人間関係等に関する質問を行い,雰囲気,表情,口調を確認しながら,精神的な異常の確認を行う。概ね申請者一人に対し10分程度行い,必要に応じて,より詳細な検査も考慮する。
⑤ 耳鼻咽喉科診察・平衡機能検査
最初に防音室にて聴力検査を行う。次に,耳鼻咽喉科的な検査を行う。規則7において,耳鼻咽喉科的な検査は耳鼻咽喉科専門医である必要性はないが,より正確を期するために専門医が担当している。耳鼻咽喉科専門医は,外耳,中耳,鼓膜,鼻腔,口腔(歯牙等も含む),眼振の有無を確認している。
眼振であるが,規則において,最低限行わなければならない検査は,視診による正中と1方向の眼振の有無を確認することとなっているが7,これを行う以外に,Mann test,Romberg test,歩行検査を行っている。過去に異常を認めた者や異常が疑われる者に対しては,フレンツェル眼鏡を用い,頭位眼振,頭位変換眼振,頭振り眼振を実施し,異常が認められた者に対しては,精査として外部医療機関にて電気眼振検査を実施している。なお,電気眼振検査において異常であった者は不適合と判定される。
⑥ 眼科診察等
最初に,視能訓練士が,視力検査(遠見・中距離・近見),非接触型眼圧計による眼圧測定,プリズムカバーテストによる眼位測定,ゴールドマン視野計による視野検査,不同視が認められた者に対しては三杆法による両眼視機能検査を行う。その検査結果を元に,眼科専門医が,ペンライトを使用した眼球運動の確認,そして,前眼部,中間透光体,眼底を確認している。規則上は眼圧が22 mmHg以上でも緑内障でなければ適合7であるが,非接触型眼圧計で22 mmHgであれば,眼科専門医による接触型眼圧計で確認を行い,必要に応じ精査を外部に依頼している。
⑦ 脳波
必要に応じ脳波を実施し,精神科専門医が解析を行っている。なお,プロトコールは航空身体検査マニュアルに記載されている方法7に従うが,睡眠脳波を充分に記録するように配慮している。
⑧ 内科診察・総合判定
指定医による,全身状態の確認,胸部聴診,腹部診察等を行い,加えて,最近(前回更新時以降等)の健康状態について操縦士に質問をする。受診歴等があり,更に情報が必要な場合は,航空会社の産業医等宛てに質問状を出して結果を得るようにしている。
すべての検査結果等を踏まえ,航空身体検査マニュアルに基づく合否判定を行う。基本的には,受検翌日から1週間以内に適合となった者に対しては,航空会社を通じて申請者に航空身体検査証明書を交付する。質問状等にて照会に時間がかかる場合でも,規則(航空法施行規則61条4))において1ヶ月以内の検査結果で判定しなければならないため,必ず1ヶ月以内に判定を行なっている。
 (3) 航空身体検査データのコンピューター管理
航空身体検査で得られたデータはコンピューターに入力されるが,検査データの転記等に関しては二重のチェックを行う。そして,当該コンピューターに一括管理されている。なお,記録されたデータが基準値を満たさないデータがあった場合は赤く表示され,注意喚起をするシステムにもなっている。航空身体検査申請書及び証明書は当該コンピューターで印刷が可能である。
 (4) 国土交通大臣の判定の資料作成
航空身体検査にて不適合の場合には,国土交通大臣の判定に係る審査資料を航空会社等と協力しながら作成し,航空局に提出する。全日本空輸の操縦士の審査資料作成の元となる資料は,健康管理センター(当該センターは診療所でもあるので診療録が存在する)からの資料を,その他の航空会社の操縦士の資料は,産業医及び健康管理部門と連携して資料を得ることにより作成している。
 (5) 調査研究活動等
主として,航空局から受注しているが,自主研究も行っている。
① 国土交通大臣による講習会(指定医等に対する講習会)の実施
指定医等になるには,原則,当該講習会の参加が義務付けられているが,資料作成,講師招へい,会場設置等を実施している。
② 航空身体検査マニュアル等規則改正の検討委員会の設置
規則改正のための検討委員会における,資料作成,委員の調整,議事録作成,会場設置等を実施している。
③ 航空身体検査マニュアル等規則改正に係る調査研究
規則改正のたたき台となる資料の調査研究を行っている。
④ 指定医等に対する情報提供
研究センターのホームページ(http://www.aeromedical.or.jp/)には,指定医等に対する有用な情報が掲載されている。国土交通大臣による講習会等で不十分なところは,当該センターの活用が期待される。

IV. 操縦士の健康管理の実際(健康管理センターの例)
全日本空輸の操縦士の健康管理に関する業務は,フライトオペレーションセンター業務推進部が総括して行なっている。その下にある健康管理センターは,全日本空輸すべての操縦士に係る健康管理・指導業務,内外医療機関との調整業務,航空身体検査証明申請代行業務,航空身体検査・国土交通大臣の判定に係る事務及び調整業務,を行っている。当該センターは,羽田空港第1旅客ターミナルビル内という操縦士の利便性の高い場所に位置し,操縦士担当常勤産業医(以下「常勤産業医」という)及び各専門科の非常勤産業医等が在籍している。当該センターは診療所でもあるので,航空医学に精通した専門科医師を受診することが可能であり,診療内容は診療録(カルテ)に記録される。
 (1) 操縦士の診療
健康管理センターでは,各種検査機器(国土交通大臣の判定で時々指示される,ホルター心電図,トレッドミル検査,心エコー検査等を含む)を有し,航空医学に精通した各専門科(内科,循環器科,眼科,耳鼻咽喉科,精神科等)の診療を受けることができる。各専門科医師は,必要に応じ,操縦士に対する健康相談,国土交通大臣の判定に係る検査等を実施している。なお,操縦士が,救急等でやむを得ず当該センターに受診できず,外部医療機関で受診し,運航に支障があると疑われる場合は,必要に応じて診断書を提出又は常勤産業医による健康状態の確認を行う社内規定となっている。
 (2) 操縦士の定期健康診断
操縦士は,特定業務従事者の健康診断の規定8により,6ヶ月以内毎に1回,定期健康診断と同じ項目の健康診断を行わなければならないことになっている。1年に1回の航空身体検査の操縦士(60歳未満)の場合は,一回は上記で述べた問診票,航空身体検査結果,血液検査結果及び過去の受診歴等を元に,もう一回は航空身体検査を除いた検査を自社で実施し,操縦士の健康状態及び航空身体検査マニュアルに基づく適合状態を判定している。法定項目に加え,胃癌ABC検診等の検査も施行している。つまり,定期健康診断においても,操縦士の適合状態の確認を行っていることになる。
 (3) 操縦士の健康管理
健康管理センターの診療録には当該センターの診療記録の他,航空身体検査のデータ,定期健康診断のデータ,操縦士より提出される診断書及び検査データ等が記録され,すべての操縦士の健康状態を把握するシステムになっている。これらの記録を基に,社内健康管理規定の要管理又は要休養となった者は,定期的な診察又は面接等を実施し,不適合状態の有無の観察を実施している。なお,要管理者等が未受診の場合は,本人宛に連絡が行くシステムにもなっている。
航空業務に影響を及ぼす薬剤に関する相談も随時行っている。
 (4) 運航乗務員定期健康診断判定マニュアル
常勤産業医及び非常勤産業医の統一的な運用マニュアルが作成されている。航空局が定めた規則よりもより細かいルール作りがなされ,マニュアルに沿って要管理等の指示が出されている。
 (5) 常勤産業医の権限
2章の ③ で記載した「職務権限及び身分の明確な常勤医を置く」ことに対応して,
① 操縦士を休務から復帰させるためには,常勤産業医の復帰証明を条件とすること
② 常勤産業医を操縦士の乗務停止に係る委員会のメンバーに入れること
の2点が挙げられる。
 (6) 操縦士情報管理システム(CIS:Crew Information System)
操縦士のスケジュール及びライセンス等の管理は「CIS」によって行われている。ここには,航空身体検査証明の有効期間及び国土交通大臣の判定による同乗者条件(国土交通大臣の判定合格者との互乗を禁じる条件)等も入力することも可能であり,業務に際し,ライセンスの失効及び同乗者条件の間違い等が行われないようなシステムになっている。
 (7) 航空身体検査証明に係る業務
規則上,航空身体検査及び国土交通大臣の判定は操縦士本人が申請するものであるが,操縦士のスケジュール管理,受診状況等を踏まえると,航空会社が申請等の手続きを代行した方がよいので,担当者が研究センター等と調整して行っている。
 (8) 操縦士への教育
操縦士に対しては,訓練期間中及び必要に応じて航空身体検査証明及び健康管理に係る教育を行っている。加えて,随時,社内イントラネット等を通じて健康情報等を配信し,周知を行っている。その他,乗員室にてアルコールチェッカーの貸し出しも行い,酒量の目安をつけさせることも行っている。

V. 国土交通大臣の判定等,協力体制の実際(研究センターと健康管理センターの協力体制の例)
2章で記載したとおり,研究センターと健康管理センターは互いに協力して,以下の流れで業務を行っている。
① 研究センターにて航空身体検査と同時に定期健康診断を行なう(60歳未満の操縦士の場合は原則として2回に1回は自社で行う定期健康診断のみとなる)が,航空身体検査結果について指定医が,定期健康診断の結果について常勤産業医が判定を行なう。必要に応じて,指定医は常勤産業医に質問状を送り,情報の提供を受けて判定を行っている。
② 航空身体検査,定期健康診断,健康管理センター受診,部外病院受診等による操縦士の健康に関する情報は,健康管理センターに報告され,診療録に一括管理される。常勤産業医は,不適合状態が認められた場合(又は疑われる場合)は航空業務停止を指示する。
③ 常勤産業医は,所属する各専門医等と協力し,必要に応じて部外病院を受診させ,不適合となった傷病について治療又は検査を行い,症状等の適切な評価を行う。経過観察期間が必要な傷病については経過観察を行う。
④ 常勤産業医は,症状等が安定したことを確認した後に,航空身体検査が必要であれば(受検より1ヶ月超等),当該操縦士に航空身体検査を受検させ,国土交通大臣の判定に必要な審査資料を指定医と協力して航空局に提出する。航空身体検査が必要なければ前回受検した申請書及び審査資料を指定医と協力して提出する。
⑤ 常勤産業医は,国土交通大臣の判定が合格の場合,前述した運航乗務員定期健康診断判定マニュアル等を参考にして,合格した操縦士を要管理者として,国土交通大臣の判定の際に条件に付された検査及び必要に応じ他の検査を実施し,定期的な管理を行う。その管理下で変化が認められた場合は,② に戻る。国土交通大臣の判定が不合格の場合は,合格となるように当該操縦士の治療等を行う。
⑥ 国土交通大臣の判定による合格者に航空業務を行わせるに際し,同乗者条件が付いた場合は,操縦士情報管理システムに担当者が入力を行い,航空業務条件の履行が適正に行われるようにする。なお,当該システムには証明書の有効期間も入力可能であるため,有効期間の確認も行える。
研究センターは,航空身体検査証明の判定機関であることから,航空身体検査の検査及び判定,定期健康診断の検査及び国土交通大臣の判定に関する資料のみを取り扱う。一方,健康管理センターは,操縦士の日常の健康管理を行なっていることから,操縦士の健康に関する情報をすべて管理した上で,研究センターに必要な情報提供を行うシステムになっている。

VI. 研究センター及び健康管理センターの特長
 (1) 一元的情報管理
情報管理を一元化することにより,情報の収集及び問題の解決等の効率が良くなる。航空医学研究センターは,以前,日本航空を含む大手航空会社の大半の操縦士の航空身体検査を行っていたため,その集積した情報を航空医学の発展に寄与することができた。残念ながら,最近は日本航空が独自の指定機関を利用し,また格安航空会社(LCC:Low Cost Carrier)の増加等のため,研究センターにおける航空身体検査受検比率は低下してしまったが,コンピューターで一元管理は引き続きなされている。健康管理センターは社内すべての操縦士の健康に関する情報管理を行っており,即座に医学的質問等に返答することもできる。一元的情報管理は,航空医学では必要な事項であろう。
 (2) 各専門医・専門検査技師による検査及び診察
医師及び検査技師にはそれぞれの専門性がある。より確実な検査及び診察を行うには,それぞれの専門の医師及び検査技師が行うことが理想である。加えて,国土交通大臣の判定において必要な検査及び資料作成等を実施できることも特長と言える。
 (3) 航空医学を専門としている指定医及び操縦士担当常勤産業医
現在,研究センターでは航空医学を専門としている指定医が判定を行なっている。健康管理センターには操縦士担当常勤産業医が在籍する。指定医及び産業医がそれぞれ航空医学を専従で行うことにより,より確実な知識を持ち,操縦士の立場を理解した対応が可能となる。
 (4) ヒューマンエラー防止策
研究センターでは,申請書記入及び検査結果への申請書の転記において二重のチェックがなされ,かつ基準を満たさない検査値を示した場合は注意喚起を示すシステムになっている。健康管理センターでは,CISによって,同乗者条件及びライセンス有効期限が管理され,注意喚起を示すシステムが導入されている。

VII. 小規模航空会社及び指定機関の協力体制の構築
当然ながら,小規模航空会社及び指定機関においては,今まで示してきたようなシステムで行うことは困難である。しかしながら,管理の徹底及び横のつながりの利用等によって,ある程度克服は可能であると考えられる。
 (1) 一元的情報管理に関して
小規模航空会社は診療所を保有することは困難であるので,非常勤産業医又は担当者が,務めて運航部門又は当該産業医が所属する診療所等に操縦士の医療情報を集中・蓄積させるか,航空会社が指定医に当該指定医が所属する診療所等に操縦士の医療情報を保管しておくように依頼し,航空会社の非常勤産業医又は担当者がいつでもその情報を得られるシステムを構築することが必要と思われる。
 (2) 各専門医・専門検査技師による検査及び診察に関して
非常勤産業医又は指定医が総合病院所属であれば,院内の各専門科に診察を依頼すれば同レベルの対応が可能である。一方,当該医師が診療所開業医等であれば,開業医同士の横のつながり等の対応が望まれる。つまり,非常勤産業医又は指定医になる場合は,各専門科と密接な連携をもつことが望ましい。
 (3) 航空医学を専門とする指定医及び操縦士担当常勤産業医に関して
この点に関しては医師の技量と同様に,経験を積んで頂く他にないが,航空医学の経験者の横のつがなりや,前述した研究センターを活用するのも良いと考えられる。
なお,国土交通大臣の判定を受ける場合には,指定された書式に基づいた審査資料を提出する必要がある2が,この資料作成にはそれぞれの専門的な知識を要する場合が多く,正しく詳細に記載されていなければ適切な審査が行えない。つまり,非常勤産業医又は指定医であれば,各専門科及びお互いの協力体制を確立し,適切な審査資料を作成することも必要な事項である。
 (4) ヒューマンエラー防止策に関して
「人間は間違えるもの」としてシステムを確立することが望ましい1。一つは一人に記入や転記を任せるのではなく,基本的に二重のチェック体制を行う。できれば,コンピューター等で,指定機関であれば,異常値等を示した場合に注意喚起をするシステムを構築する,航空会社であれば,同乗者条件やライセンスの有効期間についてシステムを構築する等がよいと考えられる。

VIII. おわりに
今回,研究センター及び健康管理センターの業務内容を交え,実際のわが国の民間航空の航空身体検査制度及び操縦士の健康管理体制とその協力体制を紹介し,それに基づく小規模航空会社及び指定機関の協力体制の構築について考察した。
規則上で謳われている,航空身体検査証明,操縦士の健康管理,及び国土交通大臣の判定の資料作成及び操縦士の健康管理等は,実際に適切な形で機能してこそ,航空安全が保たれるものであるが,紹介した両機関は機能した形態として参考になるかと思う。多くの小規模航空会社では,組織の規模等により,現実的にはこのような方式を採用することは困難であるが,可能な限り両機関の運用を参考にできればよいと思われる。

文 献

1) Kohn LT, Corrigan JM, Donaldson MS, editors:To Err is Human:Building a Safer Health System. Washington (DC), National Academies Press, 2000.
2) 国土交通大臣の判定を受けるための書類作成要領,国空乗第556号,平成19年3月5日
3) 航空法,法律第231号,昭和27年7月15日(最終改正: 平成23年5月25日,法律第54号)
4) 航空法施行規則,運輸省令第56号,昭和27年7月31日(最終改正:平成25年11月29日,国土交通省令第90号)
5) 航空機乗組員の健康管理についての改善方策について,空乗第172号,昭和59年1月28日
6) 航空身体検査付加検査実施要領,国空乗第92号,平成19年5月28日(最終改正:平成25年11月27日,国空航第686号)
7) 航空身体検査マニュアル,国空乗第531号,平成19年3月2日(最終改正:平成25年11月27日,国空航第684号)
8) 労働安全衛生規則,労働省令第32号,昭和47年9月30日(最終改正:平成25年11月29日,厚生労働省令第125号)


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