宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 99, 2012

企画シンポジウム II

「外部環境に対する生体適応·不適応」

3. 宇宙飛行による骨量減少,筋萎縮,および体内リズムへの影響と対策

大島 博

宇宙航空研究開発機構 宇宙医学生物学研究室

Effects of space flight on bone loss, muscle atrophy and biological rhythm during space flight

Hiroshi Ohshima

Space Biomedical Research office, Japan Aerospace Exploration Agency

宇宙飛行士の活動する宇宙空間は,微小重力,90分毎の地球周回,宇宙放射線,閉鎖空間といった過酷な作業環境であり,骨量減少,筋萎縮,体内リズムの乱れなど様々な影響が生じる。有人宇宙飛行を成功させるためには,心身への医学的リスクを軽減させ,宇宙飛行士のパフォーマンスを最大限発揮させる宇宙医学研究が必要となる。無重力環境では骨への荷重刺激がなくなるため,骨吸収亢進と骨形成抑制が生じ,骨量は骨粗鬆症の約10倍の速さで減少する。大腿骨近位部の骨量は,6か月間の宇宙滞在で約10%減少し,帰還後回復には約3〜4年かかる。カルシウムの出納(摂取量−排出量)は,飛行前はゼロであるが,飛行中は−250 mgとなり,尿路結石のリスクも高まる。宇宙飛行の骨量減少と尿路結石のリスクに対して,骨粗鬆症治療薬として10年前から使用され,骨量増加と骨折発生率低下のエビデンスがある薬剤(ビスフォスフォネート剤)を予防薬に毎週服用し,骨量減少と尿路結石のリスクが軽減できるかどうかJAXAとNASAの共同研究として実施している。その結果,カルシウムやビタミンD等をきちんと摂取し,骨と筋肉を刺激する運動を行い,必要最な薬剤を活用すれば,宇宙飛行の骨量減少と尿路結石のリスクは軽減できることが仮説どおりに確かめられた。宇宙飛行では姿勢保持に関係する体幹筋や下腿三頭筋などの抗重力筋が,手の動作となる随意筋よりも萎縮する。短期宇宙飛行では下腿三頭筋の筋横断面積の減少率は約1%/日(寝たきりの約2倍)で,回復には数週間を要す。長期宇宙飛行では,週に6日間運動を行っているが,筋量·筋力·最大酸素摂取能は,これまで約10〜20%(最大30%)減少し,回復には数か月間を要した。宇宙飛行士の心肺機能と筋力を維持させるために,有酸素運動(トレッドミルと自転車エルゴメータ)と筋力トレーニング(改良型抵抗運動機器)を中心に,約2時間の飛行中の運動トレーニングを処方している。リハビリテーションは,飛行前体力への復帰,心身の疲労回復を図るために,宇宙から帰還後45日間,毎日2時間最優先事項として計画して,飛行前の体力への回復と,社会生活への復帰を図る。日中の効率改善には,乱れがちな体内リズムを規則正しく維持することが大切である。昼動き,夜休むという概日リズムは内在的な体内時計に支配され,光,温度,食事など外界からの刺激によって影響を受ける。ヒトの体内時計は約25時間周期であるが,朝太陽の光を浴びると脳の視交叉上核の時計中枢がリセットされ1日24時間周期となる。90分毎に地球を周回するISSでは,体内リズムの乱れに伴う不眠や作業効率の低下が生じるリスクがある。そこでJAXAは,ホルター心電計を用いて,宇宙飛行士の心臓自律神経活動に与える影響を調べた。その結果,24時間の体内リズムを保つためには,規則正しい食事や運動の生活習慣,朝晩の照度調節,ストレスと上手につきあう技術を身につけることなどが大切であることが判明した。