宇宙航空環境医学 Vol. 45, No. 3, 75-97, 2008
総 説
宇宙での栄養
松本 暁子
宇宙航空研究開発機構 宇宙飛行士健康管理グループ・宇宙医学生物学研究室
Nutrition in Space
Akiko Matsumoto
Astronaut Medical Operations Group and Space Biomedical Research Office, Japan Aerospace Exploration Agency (JAXA)
ABSTRACT
International Space Station (ISS), currently under construction 400 km above the Earth, is a joint project of 15 nations including Japan. This “laboratory in space” promotes innovation, through international cooperation, such as developing new medicine or materials that require a microgravity environment.
Nutrition affects the integrity of key medical and physiologic systems, such as the cardiovascular system, bone metabolism, neuro-vestibular system, skeletal muscle function and the immune response. Sustained optimal human performance during space exploration depends on optimal nutritional status. Major accomplishments in nutritional sciences for support of manned spaceflight have occurred over the past 40 years. Despite this, long-term effects of spaceflight on metabolism and nutrition in humans remain to be elucidated. Furthermore, many nutrient requirements remain ambiguous in the context of very long space missions, such as Mars Exploration. Development of future space foods requires more research in metabolism and nutrition in space.
Careful consideration of the metabolism and nutritional requirements during long-term space missions would be significant for Japanese astronauts, due to genetic and cultural differences compared to astronauts from Western countries. Nutritional intervention to mitigate medical risks during spaceflight could play an important role in future manned space missions. New discoveries in human metabolism and nutrition during spaceflight as well as on Earth, must lead to updated nutritional requirements for spaceflight.
(Received: 15 May, 2008 Accepted: 2 October, 2008)
Key words: nutrition, spaceflight, nutritional requirements, space food, space exploration
I. はじめに
人類の歴史における長期航海や極地探検ミッションでは,適切な栄養摂取は常に困難であった。こうしたミッションでは食糧供給が不十分で,壊血病(ビタミンC欠乏症)や脚気(ビタミンB1欠乏症)などがクルーに発症したことはよく知られている。16-18世紀の大航海時代には,壊血病は海賊より恐れられたと言われている。Captain Cookは,野菜や果物を積極的に摂取することで,初めて壊血病による死者を出さずに世界周航を成し遂げた。又,ミッション中にクルーが脚気を発症すれば,心肥大や末梢神経炎により下肢が動かなくなり,ミッションは悲惨な結果となった。脚気は日本でも江戸時代から認識されており,又,軍隊でも大きな問題であった。このようなエピソードによって,一つの栄養素の欠乏が,集団の健康及びミッションに重大な悪影響をもたらすことが証明され,栄養の重要性を示した歴史的事件として後世に伝えられることになった。
宇宙探索でも同様であり,飛行士の栄養状態が適切でなければ健康維持は困難となり,ミッション成功は期待できない。宇宙環境下では,人体に様々な医学生理学的変化が生じるが,食事栄養は健康状態に直接的影響を及ぼすことから,宇宙での栄養・食品科学関連の研究を行うにあたっては,宇宙医学生理学分野の基礎知識の理解が必要となる。その際,人間が生活するのは宇宙船内であるという前提から,地上生活と異なる主な問題は微小重力環境,閉鎖環境,宇宙放射線といった点である。このような環境下において,医学的には,循環器系・筋骨格系・神経前庭系・消化器系・代謝栄養系・血液免疫系への影響や,精神心理学的影響,睡眠体内リズムへの影響,味覚や嗅覚変化,放射線被曝,創傷治癒への影響など,様々な問題が生じることが考えられるが,栄養はすべてに関係してくることになる。
一方で,上記にあげた宇宙環境での様々な医学的問題への対策法の一つとして栄養学的介入を考えることもできる。栄養だけで全ての医学的問題を解決することはできないが,栄養摂取が適切でなければ,いくら薬剤・運動処方を行っても効果的ではないのである。
過去の宇宙飛行においても宇宙での栄養・代謝に関する研究が行われ,多様な所見が示されてきたが,特に長期宇宙滞在による栄養・代謝への影響は十分に解明されたわけではなく,地上とは別の問題が生じる可能性は否定できない。しかしながら過去の宇宙飛行での医学所見や各種データの検討及び地上での食事摂取基準をもとに,宇宙での適切な栄養摂取について考えられてきた。
現在の国際宇宙ステーション(International Space Station: 以下ISS)計画では,ISS参加宇宙機関の医学パネル栄養ワーキンググループ(MMOP-NWG)が,栄養や宇宙食に関連する問題について担当している。又,ISS長期滞在時の栄養摂取基準が設定されており,飛行前・中・後に飛行士の栄養状態評価が行われている。しかしながら,このISS栄養摂取基準は,かつて米航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration: 以下NASA) 及びロシア連邦宇宙局(Russian Federal Space Agency: 以下FSA)の2国間で調整した宇宙長期滞在時の栄養摂取基準を転用したものである。一方,過去においては,有人宇宙開発に長い歴史と経験を持つ米国とロシアが中心となってきたが,いずれの国の飛行士も白人を主とした集団であった。ここで考慮したい点は,欧米人と日本人では,体格や代謝の遺伝子レベルでの違いがあるということである。今年度から健診が開始されたメタボリック症候群に関しても,米国と日本では診断基準が異なる。従って,我々(宇宙航空研究開発機構 Japan Aerospace Exploration Agency: 以下JAXA)としては,欧米人の栄養摂取基準量をそのまま日本人にあてはめるのではなく,栄養や代謝に関する人種差なども考慮した上で栄養摂取基準を検討し,宇宙食を開発する必要があると考える。
さらに,NASAをはじめとした他宇宙機関では,ポストISSとして月や火星などの惑星探索ミッションを計画している。現在のISS栄養摂取基準は1年までのミッションを想定したものであるが,惑星探索飛行では,数年かかることを考えれば,栄養摂取基準について改めて考え直す必要が生じ,また宇宙食システムについても改善が必要となり,更に開発していくことになろう。
そこで本論文では,宇宙での栄養に関するこれまでの知見と地上及び宇宙ミッションでの栄養摂取基準の比較検討について概説する。なお,宇宙食については,概要を別論文21) にまとめたので参考にされたい。以下,本論文中では,長期ミッションのうち,現在も進行中のISSでのミッション(約半年-1年間)を「ISSミッション」,NASA等が発表しているポストISSの惑星探索ミッション(数年レベル)については,「惑星ミッション」と表記する。
II. 長期宇宙滞在における医学的問題と栄養の関与
Body Mass Loss
宇宙での栄養に関連し,最も大きな問題の一つは,body mass lossである22)。短期ミッションでも長期ミッションでもbody mass lossはおこり,これまでの宇宙計画中,最もlossの少なかったSpace Shuttleミッションでも飛行前に比べて平均約2% 以上の体重減少が認められている22)。問題となるのは,水分以外のdry weight,すなわち筋肉や脂肪組織の萎縮である。骨量も減少するが,body mass lossへの貢献はさほどない。又,このbody mass lossの内容は,飛行中の時期によって異なる。すなわち,飛行初期には主として水分の動きであり,その後,脂肪や筋肉も萎縮していく。しかしながら,宇宙空間に滞在することにより継続して身体構成要素減少が起こるとなると,特に長期ミッションでは重大な問題になる。地上の臨床医学では,一般に “ダイエット”目的でない5%/月以上の体重減少は,水分以外の身体構成成分の有意な減少と考えられている。
宇宙での体重減少の一つの理由は食事摂取減少である。食事摂取が適当でなく要求基準を満たさないということは,下記に述べる生体に必要な各栄養素の摂取も不十分ということになり,健康上深刻な問題を引き起こす可能性がある。NASAのApollo計画では,宇宙での食事摂取量は基準の70% 程度であり22),これまでのISSデータでは80% 程度の摂取量31) と報告されている。Skylab計画では,各種の代謝実験が行われたため12),飛行士はある意味強制的に要求されたカロリーを摂取した。しかし,それでも飛行士の体重は減少した。ここからわかることは,宇宙での体重減少は,食事摂取減少だけでは説明できないということと,飛行士は要求されれば,食べられるということである。しかし,一般には宇宙では食欲低下傾向が認められている。
宇宙での食欲低下について,その理由はまだ明らかになっていない。まず考えられるのは,宇宙到達後初期の宇宙酔いであるが,その時期を過ぎても食欲が戻らない場合も多く,宇宙では消化管の運動が低下することも原因と考えられている。その他,宇宙食はほとんどが加工食品であり,新鮮食品とは異なる食べ物自体の問題もあって,食欲がわかないということもあろう。また,宇宙では味覚や嗅覚が変わる,と訴える飛行士もあり,微小重力での生理学的変化及びストレスの関与も考えられるが23−24) まだ明らかになっていない点は多い。
宇宙でのbody mass lossは,宇宙空間滞在によって様々な栄養代謝系が変化することを総合的に反映しており,将来の有人宇宙飛行にとって深刻な問題となる。しかしながら,その対策は確立しておらず,今後,長期宇宙ミッションでの栄養代謝に関する研究が必須となろう。
骨量減少
宇宙飛行で骨量減少が起こることはよく知られている36)。骨は,骨形成と骨吸収の過程がバランスを保ちつつ生じることで常にリモデリングが起きているが,宇宙ではこれらのバランスが崩れ,健常な骨量を維持できなくなる。骨からのカルシウム喪失,その結果としておこる骨粗鬆症及びそれに伴う骨折のリスクを考えると,特に惑星ミッションレベルの数年に及ぶ長期宇宙飛行では,骨量減少は最も重大な医学的問題の一つに挙げられる。部位にもよるが,宇宙滞在によって骨量は1ヶ月に0.5-1% 減少するとされており12,36),地上の加齢性変化よりずっと速いスピードで骨量が減少することになる。現在までのISSミッションは最長で約半年の滞在であるが,惑星ミッションでさらに宇宙滞在が長期になった場合,同じ速度で骨量が低下していくか等については明らかではない。しかし,例えば1ヶ月に1% の骨量減少が継続的に続くと仮定すると,3年の火星ミッションであれば,36% の骨量減少がおこる計算になり,骨量減少に対する有効な対策法の確立なしには,火星ミッションは事実上ありえないであろう。
栄養素でいえば,カルシウム,ビタミンK,ビタミンD,蛋白質,ナトリウム,リン等が骨やカルシウム代謝に大きく関係することになる。これまでに,カルシウムやビタミンDの補充及び運動処方だけでは,宇宙での骨量減少を防くことができなかった。従って,栄養学的な観点からは,上記の各種栄養素を中心に他の関連物質も含めたより大きな構図で骨カルシウム代謝を捉え,骨量減少対策をたてる必要があると考えられる。
一方,地上では,bisphosphonates剤や女性ホルモン剤が骨粗鬆症の治療に使用され,骨量減少抑制効果が認められている。従って,宇宙でもこれらの薬剤の効果が期待されるが,薬剤に対する反応性が宇宙と地上で同じであるかどうかは不明であり,今後の検討課題である。更に,惑星間飛行では,人工重力も宇宙での骨量減少の対策法の一つとして考慮されている。骨量減少は,宇宙の微小重力空間における生体の適応過程でもあり,一つの対策方法で問題を全て解決できる可能性は低く,今後は有効性,安全性が認められた薬剤及び各種の栄養学的処方と運動療法を用い,適切な量や組み合わせを模索していくことになると思われる。
尿路結石
宇宙飛行中は尿路結石のリスクが高くなることが知られている37)。具体的には尿中の低クエン酸,低カリウム,高カルシウム,シュウ酸カルシウム塩とブラシュ石の相対過飽和度増加は,尿路結石のリスクを高めるといわれている。微小重力環境下での骨からのカルシウム放出にともなう高カルシウム尿症と高リン尿症は,シュウ酸カルシウム塩,リン酸カルシウム塩などの飽和をもたらす。
一方,地上の臨床医学では,食事成分によっても尿路結石のリスクが高まることが知られている。高ナトリウム食,高動物性蛋白質食,高シュウ酸食によって,カルシウムの排泄増加,クエン酸排泄減少,尿中尿酸増加,尿中シュウ酸カルシウム塩結晶化の阻止活性低下が起こる。
尿路結石は,比較的に頻度の高い疾患であり,発作時には強い痛みを伴うことから,宇宙で発症した際には,緊急性を伴う医学的問題となりうる。宇宙では,体外衝撃波結石破砕術などの有効な治療手段がなく,しかも発作は急性疾患であることから,ミッションを中断,緊急帰還せざるをえなくなるなどのミッション全体への影響も大きい。
従って,宇宙飛行中は,尿路結石リスクを最小限にする必要があり,食事や水分摂取基準に従うことが重要である。仮に,飛行士が地上生活において食事習慣やその他の因子により,尿路結石のリスクをすでに有する場合は,微小重力空間に暴露されることによって生じる骨量減少,高カルシウム尿症,尿中ナトリウム増加,尿量低下などの要素により,結石のリスクがさらに高まる可能性が懸念される。また,宇宙食は,もともとナトリウム含有量が高いので,宇宙滞在中にはナトリウム摂取量がどうしても高くなってしまう27)。宇宙飛行そのものによる尿路結石リスクに加え,高ナトリウム食や高蛋白質食によってさらにリスクが高まるかは明らかにされていない。しかし,食事内容を修正することにより,尿路結石リスクを軽減し,仮に薬剤を使用する場合でも副作用を最低限におさえることが期待される。栄養素でいえば,水分摂取,食事中のカルシウム,ナトリウム,リン,マグネシウム,蛋白質の基準量を守ることが尿路結石予防のために重要であり,適当量のクエン酸摂取も薦められる。
地上では,尿の各種パラメーターをモニターすることで,尿路結石コントロールがされている。同様に,下記に述べる惑星ミッション栄養摂取基準27) では,尿路結石予防を目的として,下記の基準が設けられた。
尿カルシウム <375 mg/day,尿シュウ酸 <62 mg/day, 尿中尿酸 <1,000 mg/day,尿クエン酸 >160 mg/day,尿pH <8。
尿量 >1 L/day,尿Na <300 mEq/day,尿SO4 <45 mmol/day,尿リン <1,400 mg/day,尿Mg >30 mg/day。
相対過飽和度: 尿シュウ酸カルシウム塩 <3,尿ブラシュ石 <3,尿酸ナトリウム塩 <3,ストルビット <750,尿酸 <3。
筋肉萎縮
宇宙飛行によって筋肉萎縮が起こることは,短期及び長期ミッションで認められている12,17,18)。特に,腰部や下肢の抗重力筋で萎縮が強い。筋肉が萎縮するということは,筋肉の容積及び筋力が低下することである。生化学的な観点からは,筋肉の蛋白質が失われるということであり,宇宙では蛋白質代謝が変化することを意味している。
NASAのSkylab長期ミッションで行われた代謝研究によると12),蛋白質喪失は最初の1ヶ月に最も大きかったが,3ヶ月目まで続いた。ロシアの宇宙ステーションMirでの1年間のミッションも,毎日運動を継続したにも関わらず,飛行士の下腿筋肉容積は飛行前より20% 低下した18)。Space Shuttle飛行後の筋生検では,Type II筋線維により強い萎縮が認められた2)。Space Shuttleでの窒素代謝研究では,窒素バランスが負になることが示されている32)。筋肉が萎縮すると,緊急時や帰還後に十分な力が出せないなどの問題が発生する可能性があり,医学運用上の懸念事項としてあげられる。
ここで,筋肉萎縮について考察するにあたり注意すべき点がある。筋肉萎縮という現象が,宇宙での微小重力という新しい環境に適応する過程ということであれば,あるところまで変化した後は,一定状態を維持するはずである。従って,対策としては飛行中の機能維持と帰還後の回復を早めることに焦点をおけばいいのだが,ここで問題を複雑化するのは,宇宙ではエネルギー不足になっているという点である。エネルギー不足状態では,蛋白質代謝自体に変化が及び,真の適応過程は起こりえない。
窒素代謝研究の結果32) から,宇宙飛行による筋肉の蛋白質喪失のメカニズムについては,以下の要素が考えられている。1) 代謝的ストレス反応,2) 宇宙における抗重力筋の活動度低下による萎縮,3) すでに弱くなっている筋肉が過度の運動等により物理的障害を受け組織が崩壊,4) エネルギー不足(食事摂取不良または運動過度により消費エネルギーが摂取エネルギーを超える)による蛋白質分解,などである。すなわち,筋肉を使わないと萎縮するからという理由で運動を過度にした結果,エネルギーバランスが負となり,筋肉蛋白質が崩壊する可能性もある。実際,過去の宇宙飛行では,運動を続けても筋肉萎縮は防げなかった18)。従って,筋肉萎縮の対策としては,飛行中の運動処方の再検討及び栄養学的介在(蛋白質やアミノ酸の必要量検討や補充,さらに筋肉萎縮を予防しうるその他の物質の補充など)が今後の課題である。また,帰還後のリハビリテーションも重要で,運動処方の他,ある種のアミノ酸混合物を補充することで,筋肉蛋白質の回復を促進できないか検討されている。
心血管系イベント
過去の宇宙飛行においては,飛行士に不整脈発生が認められている4)。又,宇宙滞在により心臓が萎縮する所見も報告されているが28),特に長期ミッションにおいて,こうした心臓の構造的変化が心臓の電気生理的安定性にどのような影響を及ぼすか等,まだ明らかになっていない。しかしながら,不整脈は器質的な心疾患がもとにあることを反映する場合も多く,心血管系イベントの発症は,宇宙ミッション中の緊急性の高い問題となる。
又,将来の惑星ミッションでは,宇宙船内の搭載量を最低限にする必要が出てくるであろう。従って,現在のISSのようにAutomated External Defibrillator (AED)等が搭載されるかどうかもわからない。そういった観点からは,今後は,心血管系イベント発生時の対処法よりも,その発症予防が重要視されると思われる。
従って,栄養医学的観点からは,LDLコレステロール値など,いわゆる心血管系イベントのリスクファクターの是正化はもちろんであり,脂肪(コレステロール,中性脂肪),糖,ナトリウムなどの適正摂取が重要である他,栄養学的介入として,マグネシウム,カリウム,ω-3不飽和脂肪酸や抗酸化物質の積極的摂取が考慮される。
免疫低下
短期及び長期の宇宙飛行によって,免疫機能が低下することも報告されている15,19,20)。低下するのは主として細胞性免疫であるが,個人差が大きいこともあり,免疫低下の詳細なメカニズムは明らかになっていない。おそらく,免疫系の変化は,微小重力や宇宙放射線等の宇宙飛行そのものによる直接的要因と宇宙飛行に伴い生理的及び精神的ストレスを生じる様々な間接的要因による影響と推測される。しかしながら,免疫機能の低下は感染症の発症や腫瘍の進展等,特に長期宇宙飛行では大きな問題になりうることから,適切な対策を講じる必要がある。
免疫系の機能を維持するためには,栄養状態が適切であることが重要である。蛋白質合成のためにアミノ酸,エネルギー産生のための炭水化物や脂肪,細胞増殖や蛋白質合成にそれぞれ特殊な役割をはたすビタミンやミネラル類など,免疫系の機能にはどれも欠かせない。例えば,ビタミンE (tocopherol),pyridoxine,riboflavinの欠乏によって,リンパ組織の細胞数減少,細胞性免疫反応の機能的異常が生じることが知られている25)。しかし,過去の宇宙飛行では一般に食事摂取が不十分で,各栄養素も不足している可能性がある。従って,まず食事摂取基準を守ることが重要であろう。
一方,免疫機能強化に栄養学的介入も考慮される。炎症や感染がおこると,組織障害,炎症性メディエーター産生,リンパ球機能抑制が生じる。その際,抗酸化的ビタミン,特にビタミンC (ascorbic acid)やビタミンE (tocopherol) は,組織障害を食い止め,サイトカイン産生増加を防ぎ,抗炎症作用を発揮するために重要である。Glutathioneは,内因性抗酸化物質でリンパ球複製に重要であるが,pyridoxineやriboflavinは,glutathioneの維持に関係する。Pyridoxineはcysteine合成のcofactorとして,riboflavinはglutathione reductaseのcofactorとして働く。ヒトでは,ascorbic acid,tocopherol,pyridoxineを食事性に補充することで,様々な面でリンパ球の機能を向上させることが知られている。
宇宙放射線被曝
宇宙飛行をする限り,宇宙放射線被曝の問題が避けられない。放射線により生体内で生成される活性酸素・フリーラジカルは,生体構成成分と反応し,DNA障害,膜脂質やタンパク質などの酸化的障害等,生体に対して酸化的ストレスとして作用する。特に惑星探査ミッションなどの数年に及ぶ長期ミッションでは,放射線による影響がそれだけ長期にわたって及ぶことになるので,有人飛行の安全確保上の大きな課題である。宇宙船や宇宙服で放射線防護ができればよいが,コストや技術的な問題で完全な防護は困難であろう。
一方,抗酸化剤は,酸化的ダメージから重要な生物学的部位を保護する物質の総称であり,フリーラジカルや他の反応性酸素中間代謝物を除去したり不活性化する。悪性腫瘍や心疾患は,その発症メカニズムに酸化的ダメージの関連が示唆されており,食事性の抗酸化剤摂取の予防効果について各種の研究が行われている。従って,食事から摂取できる抗酸化剤によって,宇宙放射線による生体へのダメージを軽減することも期待される。栄養に関連して,以下のような物質が例としてあげられるであろう。
抗酸化剤酵素: Superoxide dismutase,Glutathione peroxidase (selenium dependent),Glutathione-S-transferase,Glutathione reductase,Catalase
抗酸化剤補酵素: Vitamin A,Vitamin C,Vitamin E,Ubiquinol (還元型coenzyme Q)
その他: ポリフェノール類,ω-3不飽和脂肪酸
創傷治癒
宇宙空間に滞在して作業をする際に,飛行士が何らかの原因で受傷する可能性もある。その程度は軽微なものから重大なものまで様々であろうが,創傷治癒における多くの生化学的過程は,その個人の栄養状態に直接関係している。従って,創傷治癒がおこるためには,生理学的,栄養学的,内分泌学的に適切な状態であることが必要である。栄養素としては,ビタミンC,鉄,亜鉛及びエネルギーが原則として創傷治癒に必要であり,全体の栄養バランスも保たれていることが重要である。
III. 宇宙での栄養摂取基準
地上では,個人や集団における健康の維持増進や疾患の予防を目的として,各国や保健機関が一般の栄養食事摂取基準を定めている。しかしながら,日常生活上,実際にはその通りに摂取できないこともある。例えば,何らかの理由で適切に食事が取れなかった場合や海外旅行等でいつもと違う食事をとることになった場合など,実際に経験することも多いが,短期間であれば,矯正可能で健康状態の悪化までいたることは少ない。しかし,食事栄養摂取が適切でない状態が長期に及ぶと,健康状態への悪影響が予想される。宇宙でも同様で,短期ミッションでは栄養状態はあまり大きな問題にならなくても,長期ミッションでは栄養の過不足が蓄積することになり,望ましい健康状態を維持できなくなる可能性が生じる。さらに,宇宙空間に滞在することによって身体へ様々な医学的影響が生じるため,宇宙での栄養摂取基準には,こうした点も考慮に入れる必要がある。
ISSミッションは,我々JAXAも含め5つの国際機関が参加しているが,これまでは事実上,米国及びロシア人の飛行士がISS飛行士として長期滞在してきたため,現在実施されているISSミッションでの栄養摂取基準(360日以内)は,かつてNASA及びFSAの間で行われたShuttle-Mirミッションでの joint US-Russian 栄養摂取基準を転用したものである。従って,米ロ2国間の同意文書であり,ここにはJAXAからの意見は反映されていない。一方,NASAは,近年,ポストISSとして月・火星ミッション計画を発表し,それに関連して惑星探査レベルの数年にわたる長期宇宙ミッションでの栄養摂取基準を作成した。
地上での栄養または食事摂取基準は,各国が国民向けに発表しているものが主として参照されるが,食生活や代謝栄養機能に関しては,人種的な差もあるため,ある国の基準が必ずしも他国の人々にとっても適当であるとは限らない。特に,欧米と異なる食文化や体質の違いを有する我々日本人としては,米ロが中心となり作成した宇宙での栄養摂取基準が日本人飛行士にとっても適切なものか検討する必要がある。そこで,Table 1に現在のNASA-FSAによるISSミッション(360日以内)栄養摂取基準26),NASAの惑星探査ミッション(以下,惑星ミッションと記す)栄養摂取基準(初版)27),及び地上の一般的な基準として,米国農務省が発表している米国人向け食事摂取基準3,5−11) と日本の厚生労働省による日本人の食事摂取基準(2005年度版)14) を示した。なお,米国及び日本国内の基準に関しては,宇宙飛行士の年齢層(概ね30-70歳)の基準を示し,女性に関しては,非妊婦非授乳婦の基準を示した。以下に,各項目に関する生化学的概要13) と,これまでの宇宙飛行における知見,及び各基準の比較考察を述べる。
Nutrient | ISS (<360 days) mission26) | Exploration misssion27) | U.S. standards3,5−11) | Japanese standards14) | Units | ||
men | women | men | women | ||||
Energy | WHO equation*1 | EER equation*2 | EER equation*2 | 2,400-2,650 | 1,950-2,000 | kcal | |
Protein | 10-15 | 0.8 g/kg/d, <35% (2/3animal, 1/3veg.) | 10-35 | 10-35 | <20 | <20 | % total energy consumed |
Carbohydrates | 50 | 50-55 | 45-65 | 45-65 | 50-70 | 50-70 | % total energy consumed |
Fat | 30-35 | 25-35 | 20-35 | 20-35 | 20-25 | 20-25 | % total energy consumed |
Fluid | 1.0-1.5*3, >2,000*4 | 1.0-1.5*3, >2,000*4 | 3,700*4 | 2,700*4 | (−)*5 | (−)*5 | *3ml/kcal, *4ml/d |
Vitamin A | 1,000 | 700-900 | 900 | 700 | 700-750 | 600 | μg retinal equivalent |
Vitamin D | 10 | 25 | 5-10 | 5-10 | 5 | 5 | μg |
Vitamin E | 20 | 15 | 15 | 15 | 8-9 | 8 | mg α-tocophenol equivalent |
Vitamin K | 80 | 120 (men), 90 (women) | 120 | 90 | 75 | 65 | μg |
Vitamin C | 100 | 90 | 90 | 75 | 100 | 100 | mg |
Vitamin B12 | 2 | 2.4 | 2.4 | 2.4 | 2.4 | 2.4 | μg |
Vitamin B6 | 2 | 1.7 | 1.3-1.7 | 1.3-1.5 | 1.4 | 1.2 | mg |
Thiamin | 1.5 | 1.2(men), 1.1(women) | 1.2 | 1.1 | 1.3-1.4 | 1.0-1.1 | mg |
Riboflavin | 2 | 1.3 | 1.3 | 1.1 | 1.4-1.6 | 1.2 | mg |
Folate | 400 | 400 | 400 | 400 | 240 | 240 | μg |
Niacin | 20 | 16 | 16 | 14 | 14-15 | 11-12 | NE or mg |
Biotin | 100 | 30 | 30 | 30 | 45 | 45 | μg |
Pantothenic acid | 5 | 30 | 5 | 5 | 6 | 5 | mg |
Calcium | 1,000-1,200 | 1,200-2,000 | 1,000-1,200 | 1,000-1,200 | 600 | 600 | mg |
Phosphorus | 1,000-1,200 (<1.5x Ca intake) | 700 (<1.5x Ca intake) | 700 | 700 | 1,050 | 900 | mg |
Magnesium | 350 | 320(women), 420(men), <350 suppl. | 420 | 320 | 350-370 | 280-290 | mg |
Sodium | 1,500-3,500 | 1,500-2,300 | 1,300-1,500 | 1,300-1,500 | <4,000 | <3,200 | mg |
Potassium | 3,500 | 4,700 | 4,700 | 4,700 | 2,000 | 1,600 | mg |
Iron | 10 | 8-10 | 8 | 8-18 | 7.5 | 10.5 | mg |
Copper | 1.5-3.0 | 0.5-9 | 0.9 | 0.9 | 0.8 | 0.7 | mg |
Manganese | 2.0-5.0 | 2.3(men), 1.8(women) | 2.3 | 1.8 | 4.0 | 3.5 | mg |
Fluoride | 4 | 4(men), 3(women) | 4 | 3 | (−)*5 | (−)*5 | mg |
Zinc | 15 | 11 | 11 | 8 | 9 | 7 | mg |
Selenium | 70 | 55-400 | 55 | 55 | 30-35 | 25 | μg |
Iodine | 150 | 150 | 150 | 150 | 150 | 150 | μg |
Chromium | 100-200 | 35 | 30-35 | 20-25 | 35-40 | 30 | μg |
Fiber | 10-25*6 | 10-14 g/1,000 kcal | 30-38*6 | 21-25*6 | 24-26*6 | 19-20*6 | *6g/day |
A. 主要な栄養素
1. 摂取エネルギー
エネルギーは,生命活動を行うために必要であり,食事等から摂取した炭水化物,脂肪,蛋白質がその源となる。炭水化物は1 gあたり4 kcal,脂肪は1 gあたり9 kcal,蛋白質は 1 gあたり4 kcalのエネルギーを供給することができる。すぐに必要なエネルギー源は炭水化物で,グリコーゲンとして肝臓や筋肉に蓄えられているが,飢餓状態では12-18時間後に肝臓のグリコーゲンは枯渇する。脂肪組織は,あくまでもエネルギーを貯蔵しておくものである。蛋白質もアミノ酸に分解されてエネルギーを供給できるが,生体の構成成分である蛋白質を分解する “犠牲” を払うことになる。
過去のデータでは,宇宙飛行中の摂取カロリーが基準を満たしていないという問題がある22,31,33)。低カロリー食で過ごした場合は,筋肉など体組織の分解が進み,運動機能や認知機能の低下が予想され,飛行士としての活動に支障をきたす。半飢餓状態では基礎代謝率が3週間程度をすぎると低下することを考慮し,地上では1日1,000 kcalの摂取でおそらく半年は生存が期待できても,軌道上の飛行士はストレスの高い環境で生活するため,地上での結果より短くなるであろうと考えられている27)。また,飢餓状態によるケトーシスが生じると,宇宙船内の環境維持装置がケトン体を除去できないなど,生体内の問題だけでなく他の面でもミッションに悪影響をきたすことになる。
体重減少の理由について,宇宙では微小重力によって地上よりエネルギー消費が低下すると考えられていたが,飛行中の研究33) にて,飛行中のエネルギー消費は地上にいるときよりも増えていたことが報告された。これはおそらく運動量が多かったためと考えられている。従って,飛行中は,体を動かすためには地上にいるときよりエネルギーを消費しないが,その他の代謝反応に費やすエネルギー量(基礎代謝維持やストレス反応)が増えて,結果として地上と同じか増えることになったと考えられている。
過去の長期飛行クルーのデータでは,飛行中に体重減少が大きかった場合,地上に帰還してからのリバウンド(体重増加)も大きかった飛行士が多く見受けられたが,この点については,さらに調査中とのことである27)。軌道上では食事摂取が低下したため,基礎代謝率が低下し,必要摂取量から考えて “半飢餓” 状態になっていた,という仮説がたてられている。いずれにしろ,宇宙でのエネルギー代謝の変化については,まだ短期飛行での研究データしかないので,今後も長期飛行のデータ取得及び飛行中の体重減少と飛行後の変化について検討が必要である。
地上の米国基準では,1日あたりの推定エネルギー必要量(estimated energy expenditure: EER)を,年齢,体重,身長,かつ個人の活動度の因子(activity factor) を考慮にいれた式で計算する。活動度 “active” の場合,activity factor=1.25を使い,EER は下記のように計算される。
男性(19歳以上): EER=622-9.52×Age[y]
+1.25×(15.9×Wt[kg]+539.6×Ht[m])
女性(19歳以上): EER=354-6.91×Age[y]
+1.25×(9.36×Wt[kg]+726×Ht[m])
一方,人種のるつぼである米国に比し,日本人は民族的に近い集団と考えられ,日本の基準では,性別及び年齢区分別に日本人の平均的な身長,体重を基準にして数値を設定し,身体活動レベル(低い,ふつう,高い)に応じて1日あたりの推定エネルギー必要量(EER)が示されている。飛行士の年齢層にあたる30-69歳の基準は,“ふつう” 活動レベルで,男性が2,400-2,650 kcal,女性(非妊婦,非授乳婦)は1,950-2,000 kcal,“高い” 活動レベルでは,男性が2,750-3,050 kcal,女性は2,200-2,300 kcalである。
宇宙飛行の基準に関しては,ISS ミッションでは以下のWHOの方程式38) を用い,活動度 “moderate” で必要摂取エネルギーを計算している。
男性(30-60歳):
calories/day required=1.7×(11.6×Wt[kg]+879)
女性(30-60歳):
calories/day required=1.6×(8.7×Wt[kg]+829)
従って,この式では,個人の体重のみによって基準が設定されることがわかる。尚,船外活動(Extra-vehicular Activity: EVA)を行う場合は,1日あたり500 kcal上乗せが必要とされている。
一方,惑星ミッションでは,上記の米国基準のEERの “active” にあたる係数を用いた式で計算する。従って,個人の年齢,身長,体重の因子が考慮される。又,惑星ミッションでは,飛行前中後に食事摂取内容分析及び体重測定やdual energy X-ray absorptiometry (DXA) を用いての体組織測定を行い,過不足状態について評価することになっている。
ここで,具体的な例を考えてみたい。日本人男性例(40歳,身長170 cm,体重70 kg,活動度ふつう)の場合,1日あたりの推定エネルギー必要量は,
地上: 2,400-2,650 kcal,ISSミッション: 2,875 kcal,惑星ミッション: 2,779 kcal
となる。日本人女性例 (40歳,身長157 cm,体重50 kg,活動度ふつう)の場合は,
地上: 1,950-2,000 kcal,ISSミッション: 2,022 kcal,惑星ミッション: 2,087 kcal
となる。惑星ミッションでは,体重の他に年齢や身長も考慮にいれるので,ISS基準と若干の差が生じるが,摂取エネルギーに関しては,日本人の場合は,宇宙基準はいずれも地上での基準よりやや多めになることがわかる。
2. 蛋白質
生物としての活動を可能にしているのは蛋白質であり,酵素として生体の化学反応を触媒し,遺伝子発現を制御し,ホルモン・輸送体・その他の生体に重要な物質として,また,全ての細胞の構成成分として機能する。蛋白質は,アミノ酸がぺプチド結合した物質である。アミノ酸は,アミノ基とカルボキシル基を有し,自然界には多種存在するが,人間に存在するアミノ酸は20種のみであり,9種の必須アミノ酸と(生体によって生合成できないため,食事によって摂取しなければならないもの)と可欠アミノ酸がある。
蛋白質摂取を適当な量に維持することは非常に重要である。必須アミノ酸は生体に貯蔵されないので,蛋白質が欠乏すると生存できない。飢餓状態で蛋白質の30-40% が失われると,死に至るといわれる。又,蛋白質摂取が不足すると,カルシウム吸収が低下し,骨量低下につながる可能性がある。一方,蛋白質摂取過剰でも,腎臓結石のリスクが高まり,高カルシウム血症になる。蛋白質には種類,すなわち植物性(豆類,穀物など)と動物性(肉,魚,牛乳,卵など)があり,その摂取比率も重要である。動物性と植物性の違いの一つは,動物性は硫黄を多く含むことと考えられ,尿のカルシウム排泄が増加し尿pHが低下する。食事にカリウムを追加すると,尿中のカルシウム及び酸排泄が減る。蛋白質の多い又は動物性蛋白質 : カリウム比が高い食事は,特にすでに骨疾患のリスクがある人には好ましくない影響を及ぼすと考えられている。
宇宙では,筋肉の萎縮がおこり,特に下肢の筋肉で著明である。短期飛行における研究32) では,蛋白質合成は増加したが,分解がそれ以上に増加するため,負バランスになるというものであった。しかし,MIRの長期ミッションでは,蛋白質合成は減少しており34),これは全エネルギー摂取が少ないために蛋白質合成も少なくなったと考察された。現段階では,対策として行われている宇宙飛行中の運動は,筋肉や骨の萎縮を予防するまでにはいたっていない。
米国の地上基準では蛋白質摂取基準(全エネルギー比)は10-35%(1日あたり推奨量: 男性56 g,女性46 g)であり,日本では20% 未満(または1日あたり推奨量: 男性60 g,女性50 g)とされていて,推奨量としては同様であるが目標量(全エネルギー比)上限に大きな差がある。歴史的な背景も含め,欧米の食事は肉食中心であるのに対し,日本の食事内容は炭水化物中心であることの一つの表れであろう。
一方,宇宙での基準は,ISSミッションでは全エネルギー比12-15% であったが,惑星ミッションでは1日あたり0.8 g/kgかつ全エネルギー比35% 未満で,そのうち,2/3が動物性,1/3は植物性源が望ましいとされている。両方の種類の蛋白質を摂取することは,まんべんなく必須アミノ酸が摂取できるようにするためであろう。又,ISSミッションの基準に対し,惑星ミッションでは,宇宙での筋肉萎縮を考慮して上限が引き上げられたものと思われる。又,惑星ミッションでは,飛行前中後に蛋白質,albumin,retinol-binding protein,transthyretin,3-methylhistidine,creatinine等を測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
3. 炭水化物
炭水化物は,生体の主なエネルギー源として重要である。食事からの炭水化物は,糖の数によって分類される。糖1個は単糖類といわれ,代表はグルコースである。糖10個以上は多糖類(ポリサッカライド)といわれ,グリコーゲンやでんぷんがこれにあたる。脳や赤血球ではグルコースしかエネルギー源として利用できない。生体は,炭水化物を貯蔵する際はグリコーゲンとして主として筋肉に貯蔵するが,グリコーゲンは肝臓にも存在し,血糖値を維持する。炭水化物を摂取すると,インスリンが上昇し,骨格筋でグリコーゲン生成が行われる。
炭水化物が不足すると,ケトーシスを生じ,十分にパフォーマンスを実行できなくなる可能性がある。宇宙では,インスリン分泌,インスリン抵抗性などに変化がおこることが知られているが35),特に長期ミッションでは,炭水化物及びインスリン代謝の変化が大きな問題となりうることも考えられる。
地上の基準(全エネルギー比)では,米国では45-65% であり,日本では50-70% と,若干日本の方が多めである。これは米を主食としてきた民族的な背景があろう。
宇宙の基準ではISSミッション,惑星ミッションともに50-55% である。日本人にとっては,若干少なめに感じるかもしれない。又,惑星ミッションでは,飛行前中後に血糖値を測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
4. 脂肪
脂肪は,生体の貯蔵エネルギー源である。食事性脂肪は脂溶性ビタミンの吸収を助け,下記に述べる2つの必須不飽和脂肪酸の供給源でもある。リンを含むリン脂質は,細胞膜の基本構成成分となる。食事性脂肪は,生体では主にトリアシルグリセロールとして,脂肪組織に蓄積する。脂肪は生体に必須な栄養素であるので,脂肪摂取なしで生きていくことはできないが,脂肪摂取過剰もコレステロール高値や動脈硬化性病変を引き起こし,様々な健康問題を生じる。
又,脂肪酸は脂肪の加水分解により生成する酸で,カルボキシル基1個を持つカルボン酸のうち鎖状構造を持つものの総称であり,脂質の主要な構成成分としてグリセロールとエステル結合した形で存在するものが多い。二重結合を持たないものを飽和脂肪酸,一つ持つものを一価不飽和脂肪酸,二つ以上持つものを多価不飽和脂肪酸という。多価不飽和脂肪酸のうち,末端のメチル基の炭素原子から数えて3番目及び6番目の炭素原子に二重結合がはじめて出現するものをそれぞれω-3多価不飽和脂肪酸及びω-6多価不飽和脂肪酸という。これらのうち動物体内では合成されず,食物から摂取しなければならない脂肪酸としてリノール酸及びα-リノレン酸がある。これらを必須脂肪酸と呼び,多くの生理活性物質の原料となる。必須脂肪酸が不足すると発育不全,皮膚の角質化等が起こる。最近では摂取するω-3不飽和脂肪酸とω-6不飽和脂肪酸の比率が重要と考えられている。
ω-3不飽和脂肪酸は,癌予防や心血管系疾患リスク低下などに効果があるといわれており,欧米諸国で特に近年注目されている。その一つであるeicosapentaenoic acid(EPA)は,水産物に含まれる不飽和脂肪酸で,循環器系疾患の予防に有効と考えられているが,癌や敗血症などの際の筋肉萎縮予防や,宇宙での筋肉萎縮予防にも期待されている。
地上での脂肪摂取基準を比較すると,日本では全摂取エネルギー比が20-25% なのに対し,米国では25-35% と上限に大きな違いがある。特に米国では動物性脂肪摂取が高い食生活であることが見受けられるが,脂肪過剰摂取による健康への影響は大きな問題になっている。
宇宙の基準は,ISSミッションでは全摂取エネルギー比30-35%,惑星ミッションでは25-35% となっており,日本人の地上基準からすると,脂肪摂取が多めになりすぎる懸念がある。又,脂肪の種類も重要で,ω-3脂肪酸は積極的に摂取すべきであろうが,特に宇宙医学上の問題に有益な(筋肉萎縮予防など)点がない脂肪の場合には,動脈硬化進展などの観点に注意が必要であろう。例えば,Trans脂肪酸は,米国では市販食品の栄養成分表Nutrition Factsに含有量を表示することになっているが,宇宙での摂取も避けられるべきであろう。
惑星ミッションでは,飛行前中後に血清総コレステロール,コレステロール分画,中性脂肪を測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
5. 水分
水分は,生体の半分以上を占める最大の構成成分であると同時に,体液及び電解質ホメオスタシスを維持するのに不可欠な要素である。水分を摂取し排泄することで,この収支バランスを保つことにより,体の細胞や組織は正常な機能を営んでいる。従って,生命維持に適切な水分摂取が必要であることはいうまでもない。
宇宙空間では,体液の頭方へのシフトが起こることがよく知られているが,これまでの宇宙飛行での研究によって,生体内の水分量としては大きな変化はないが,水分が細胞外から細胞内に移動することが明らかにされてきた。過去の経験上,宇宙飛行中の水分摂取は推奨量より低めになる傾向があるが,尿路結石や脱水を予防するために,十分な量の水分をとることが必要であると考えられる。
米国の地上基準では,適切な水分摂取は1日あたり男性3,700 ml,女性2,700 mlとなっている。日本の基準では水分の項目は設けられていない。
宇宙飛行の基準は,ISSミッション,惑星ミッションともに,1.0-1.5 ml/kcal,最低1日2,000 ml(飲料に加え食品中の水分も含む)に設定されている。惑星ミッションでは,飛行前中後に血液サンプルで蛋白質や電解質を測定し,過不足状態につき評価することが予定されている。
B. 脂溶性ビタミン類
6. Vitamin A
ビタミンAは,視覚,遺伝子発現,生殖機能,胚発達,免疫など,あらゆる生体機能に関与していると考えられている。その中にはretinol,α-carotene,β-carotene,retinyl palmitate等があるが,β-carotene等のカロチノイド類はretinolと同様の活性を有するプロビタミンAである。プロビタミンAは生体内でビタミンAに転換される物質の総称である。Retinolは主として動物性食品に含まれ,プロビタミンAは主として植物性食品に含まれる。なお,これらの成分は,プロビタミンAとしての作用の他に,抗酸化作用,抗発癌作用及び免疫賦活作用が知られている。ビタミンA欠乏により,生殖不能,免疫力の低下,夜盲症,眼球乾燥症,成長停止等が起こる。又,過剰により,中毒症を起こすこともあり,頭痛,吐き気,骨や皮膚の変化等が起こる。
ISS長期ミッション(4-6ヶ月間)後に血清retinol及びretinol-binding proteinの低下が報告された31)。宇宙飛行では酸化的ストレスが増加し,心血管疾患や悪性腫瘍のリスクを高める可能性があることから,飛行中はビタミンAを適切量摂取することが重要であると考えられる。
地上での基準の比較では,米国の方が日本より若干高く,また男性の方が女性より高く設定されている。宇宙での基準は,ISSでは地上基準より少し高めに設定されていたが,惑星ミッションでは米国地上基準と同様である。惑星ミッションでは,飛行前中後にretinol やretinyl palmitate (中毒症のチェック)を測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
7. Vitamin D
ビタミンD(calciferol)は,カルシウムホメオスタシスに最も重要な制御機能を有する。植物性食品に含まれるビタミンD2(ergocalciferol)と動物性食品に含まれるビタミンD3(cholecalciferol)があるが,人体での生理作用は同様で,カルシウムの吸収及び利用,骨の石灰化等に関与し,カルシウムとリンの血中濃度を維持する。皮膚に存在する7-dehydrocholesterolは,日光(紫外線)を浴びることによってビタミンD3 に変換される。ビタミンD3 は,肝臓で25(OH)-Vitamin D3 に代謝されこれが主として血中を循環しているが,次に腎臓で1α, 25(OH)2-Vitamin D3 と 24R, 25(OH)2-Vitamin D3 に変換され,これらが標的臓器に作用する。ビタミンD不足によって小児ではくる病,成人では骨軟化症が起こる。
宇宙飛行により,特に長期のISSミッションでビタミンD値が減少する所見が認められたが,ビタミンDのサプリメントを摂取してもこの減少をとめられなかったという結果が報告された31)。宇宙飛行中は,宇宙船内に滞在するため,地上生活と異なり十分な日光を浴びることができないという環境にある。現状の宇宙食はビタミンD含有量が少なく,かつ紫外線にあたる機会が少ない状態ではビタミンD3 を生合成することができないため,特に惑星ミッションなどの数年にわたる長期宇宙飛行時には大きな問題となる。従って,ビタミンDを適切な値に維持できるようなビタミンD3 製剤の投与が考慮されている。しかし,ビタミンD製剤による尿路結石の副作用の可能性も指摘されていることから,適量を見極める必要があろう。
1998年の米国基準(AI: 目安量)6) ではビタミンD摂取を51歳未満は200 IU(5 μg),51歳以上は400 IUとしたが,2005年の米国の食事ガイドライン3) では,ハイリスクグループ(老人や日光に当たる機会が少ない人)は,ビタミンDをさらに多く(25 μg=1,000 IU)摂取するよう薦めている。一方,日本の基準では15歳以上は200 IUである。米国では,地上でも骨粗鬆症予防に対する意識が強いことが食事基準にもよく表れている。
宇宙飛行中は,ISSミッションでは米国の地上基準上限値であったが,惑星ミッションでは,さらにその2.5倍に設定されている。これは,地上では基準量の約半分が日光暴露によって得られると想定されるものの宇宙ではそれが困難と考えられるからであろう。惑星ミッションでは,飛行前中後に25(OH)-Vitamin D,1α, 25(OH)2-Vitamin Dを測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
8. Vitamin E
ビタミンEは,それぞれα, β, γ, δ-tocopherol類とtocotrienol類の計8種があるが,食品に含まれるビタミンEは,主としてα, β, γ, δ-tocopherolの4種である。生体内に最も多く存在するのは,α-tocopherolである。ビタミンEは,最も重要な脂溶性抗酸化剤であり,脂質の過酸化の阻止,フリーラジカルによる障害を防ぎ細胞壁及び生体膜の機能維持に関与している。ビタミンEの欠乏症はまれではあるが,神経系機能低下,筋無力症,不妊等が起こることが知られている。過剰摂取では,ビタミンK欠乏症に関連したもの以外ではまれである。
4-6ヶ月間のISSミッションでは,α-tocopherolには著変ないが,γ-tocopherolが減少することが報告された31)。宇宙飛行では,放射線の影響などによる酸化ストレスが増大するため,十分なビタミンEが保たれていることが望まれる。
地上の摂取基準では,米国は日本の約2倍である。宇宙の基準は,ISSミッションでは米国の地上基準よりやや高めであったが,惑星ミッションでは米国基準と同じに設定された。惑星ミッションでは,飛行前中後に,血清α-tocopherol及び各種抗酸化マーカーについても測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
9. Vitamin K
ビタミンKには,K1(phylloquinone)とK2(menaquinones)があり,K1 は植物で生成され,緑色野菜などの食品に含まれる。K2 は腸内細菌叢によって生合成されるが,納豆に多く含まれている。ビタミンKは,血液凝固促進に関与するだけでなく,骨の維持にも関係していることがわかってきた。蛋白質のグルタミン酸残基にカルボキシル基を導入する酵素γ-carboxyglutamic acid (Gla) の翻訳後合成の補酵素としてビタミンKは作用する。GlaはビタミンK依存性蛋白(血液凝固関連蛋白: プロトロンビン,第VII因子,IX因子,X因子,Protein C, Protein S,及び骨関連蛋白: osteocalcin, matrix Gla protein, protein S)に存在する。従って,骨への作用に関しては,ビタミンKは骨の基質蛋白であるosteocalcinのカルボキシル化に必要である。ビタミンK1, K2 両者の生理活性はほぼ同等であるが,骨への作用はK2 が強く,骨密度を維持し骨折予防に有効であると考えられている。
ISSミッション後はビタミンK1 が低下したが,尿のGlaは変化がなかった31)。長期宇宙飛行によるビタミンK低下は,骨量減少の観点からも重要な問題と考えられる。
地上の基準では,男性の方が女性より若干高めである。日米の比較では,米国の方が,日本よりやや多めに設定されている。宇宙飛行では,惑星ミッションの基準は米国の地上基準と同様に設定されており,ISS基準より若干高めになった。惑星ミッションでは,飛行前中後に,血液及び尿サンプルでビタミンK1 (phylloquinone)とGla (γ-carboxyglutamic acid) を測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
C. 水溶性ビタミン類
10. Vitamin C
ビタミンC (ascorbic acid) は,生体内の各種の物質代謝,特に酸化還元反応に関与する。炭水化物とアミノ酸代謝にも関与し,コラーゲン生成や保持作用,組織修復にも必要であり,抗酸化剤として作用する。さらに,チロシン代謝と関連したカテコールアミンの生成や脂質代謝にも密接に関与している。
ビタミンC欠乏により,壊血病等が起こる。ビタミンCは熱や光,放射線に弱いことが知られているので,長期保存により放射線の影響をうける宇宙食のビタミンC含有量は減少することが懸念される。ビタミンCは,ステロイドホルモンや神経伝達物質の生合成に関与することから,強い心身ストレスにおかれている人間では多く摂取することを推奨されることもあったが,明確なデータはでていない。しかしながら抗酸化作用を有し,免疫機能を高めると考えられており,かつ入手しやすいので,日常生活上,ビタミンCを補給することも多い。
宇宙では,宇宙放射線の影響によりフリーラジカルが多く発生するため,酸化的ダメージを最小限にする目的で,ビタミンCのような抗酸化剤は期待される。
地上での摂取基準は日本の方が若干多めであるが,ほぼ同様である。宇宙飛行はストレスが多いとの懸念からISSミッションでは地上より少し多めに設定されたが,惑星ミッションでは米国地上基準と同じである。惑星ミッションでは,飛行前中後に血液サンプルで測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
11. Vitamin B12
ビタミンB12 は,cyanocobalamin,methylcobalamin,adenosylcobalamin,hydroxycobalamin等,同様の作用を持つ化合物の総称である。ビタミンB12 は,アミノ酸,奇数鎖脂肪酸,核酸等の代謝に関与する酵素の補酵素として重要な生理作用を有し,神経機能の正常化及びヘモグロビン合成にも関与する。例として,homocysteine からmethionineへの変換,L-methylmalonyl-coenzayme A (CoA) からsuccinyl-CoAへの変換,L-leucineやβ-leucineの異性体化などが挙げられる。代謝的には,葉酸と相互関係があり,ともに,核酸合成や赤血球の成熟化に不可欠である。ビタミンB12 欠乏により,悪性貧血,神経障害等が起こる。過剰投与による中毒症は特に報告されていない。過剰摂取しても胃から分泌される内因子が飽和するため吸収されないためであろう。
宇宙飛行によるビタミンB12 の変化は明らかになっていない。
日米の地上基準は同じであり,宇宙での基準は,惑星ミッションでは地上と同様に設定されている。特にミッション中の測定,評価は予定されていない。
12. Vitamin B6
ビタミンB6 は,pyridoxal,pyridoxine,pyridoxamineの3種類のグループからなり,同様の作用を持つ10種以上の化合物の総称で,アミノ基転移酵素(transaminase),カルボキシル基分解酵素等の補酵素として,アミノ酸及び脂質の代謝,神経伝達物質の生成等に関与する。欠乏により,皮膚炎,動脈硬化性血管障害,食欲不振等が起こることが知られている。ビタミンB6 が欠乏すると,セロトニンやカテコールアミンの合成が低下するので,うつとの関係も示唆されている。
4-6ヶ月間のISSミッション後は,赤血球transaminase活性には変化がなかった31)。ビタミンB6 は筋肉に多く存在するが,ベッドレスト研究1) では,ビタミンB6 値が低下しており,筋肉萎縮による影響と考えられている。
地上での摂取基準は日米ともに同様である。宇宙基準では,ISSミッションでは少し高めであったが,惑星ミッションでは米国地上基準と同様に設定された。惑星ミッションでは,飛行前中後に赤血球transaminase,血漿pyridoxal 5’-phosphate (PLP) 及び尿4-pyridoxic acidを測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
13. Thiamin (Vitamin B1)
Thiamin(ビタミンB1)は,1910年に鈴木梅太郎によって米糠から発見された。天然にはthiamin monophosphate(TMP),thiamin diphosphate or thiamin pyrophosphate(TPP),thiamin triphosphate(TTP)の3種類のリン酸エステルが存在し,これら3種類のビタミンB1 のリン酸エステル体は,摂取するとビタミンB1 となって吸収され,生体内で再びリン酸化される。体内では主にthiamin pyrophosphate (サイアミン2リン酸: TPP)の形で,糖質及び分岐鎖アミノ酸代謝における酵素(transketolase, pyruvate decarboxylase, α-ketoglutarate decarboxylase)の補酵素として働く。Thiamin欠乏により,倦怠感,食欲不振,浮腫などを伴う脚気,Wernicke脳症,Korsakoff症候群等が起こる。必要以上のthiaminは,尿から排出される。
宇宙飛行によるthiaminの変化は明らかになっていない。Thiaminは,熱に弱く放射線や食品加工によって壊れやすいので,数年かかる惑星ミッションの際には,宇宙食中にthiaminが保たれているか確認する必要があろう。
日米の地上の栄養基準に大差はない。宇宙での基準は,ISSミッションでは地上より若干多めであったが,惑星ミッションでは地上と同様に設定された。惑星ミッションでは,飛行前中後に赤血球transketolaseを測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
14. Riboflavin (Vitamin B2)
Riboflavin(ビタミンB2)の生物学的に重要な活性型はflavin mononucleotideとflavin adenine dinucleotide (FAD)である。これらは,フラビン酵素の補酵素の構成成分として,数多くの代謝系の酸化還元反応に関与している。Riboflavin欠乏により,神経症状,貧血,口内炎,眼球炎,脂漏性皮膚炎,成長障害等が起こる。過剰摂取による中毒症は報告されていない。
ISSでの4-6ヶ月のミッションでは,riboflavin値に大きな変化は認められなかった31)。Riboflavinは,熱には比較的安定であるが,光によって分解するので,長期保存の宇宙食中に保たれているか検査する必要があろう。
日米の地上基準はほぼ同じであり,宇宙での基準は,ISSミッションでは地上より若干高めになっていたが,惑星ミッションでは米国地上基準と同様に設定されている。惑星ミッションでは,飛行前中後に赤血球glutathione reductaseを測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
15. Folate
葉酸は体内でtetrahydrofolate (THF) となり,これが補酵素としてpurine, pyrimidine ヌクレオチドの合成に関与する。また,アミノ酸や蛋白質の代謝においてビタミンB12 とともにhomocysteineからmethionineへの生成,serine-glycine転換系等にも関与している。葉酸は細胞分裂に不可欠なので,特に細胞分化の盛んな胎児にとっては重要な栄養成分であり,妊娠中は多めに摂取することが推奨される。葉酸欠乏により,巨赤芽球性貧血,舌炎,二分脊柱を含む精神神経系異常等が起こることが知られている。
4-6ヶ月間のISSミッション後に葉酸値が低下したことが示された31) が,そのメカニズムはわかっていない。食事摂取が適切でなかったり放射線被曝などの理由で,葉酸摂取が不足することになるため,宇宙飛行中は適切な摂取が必要である。
地上の摂取基準の比較では,日本は米国基準の60% である。宇宙では,ISS,惑星ミッションともに米国の地上基準と同様に設定されている。惑星ミッションでは,飛行前中後に血液サンプルで測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
16. Niacin
ナイアシンは,生体中に最も多量に存在するビタミンである。生体内で同じ作用を持つニコチン酸 (nicotinic acid),ニコチン酸アミド (nicotinamide) 等の総称であり,酸化還元酵素の補酵素の構成成分として重要である。補酵素型はnicotinamide adenine dinucleotide (NAD) 及びnicotinamide adenine dinucleotide phosphate (NADP) として,人体の様々な代謝反応に関わっている。ナイアシン欠乏により,皮膚炎,下痢,精神神経障害を伴うペラグラ,成長障害等が起こることが知られている。
宇宙飛行によるナイアシン代謝への影響は明らかにされていないが,放射線の影響で,食品中のナイアシン量が減少する可能性があるため,長期保存された宇宙食中のナイアシン量の変化について検査すべきであろう。
地上での摂取基準は,日本は米国より少し低めであるがほぼ同様であり,両国ともに男性の方がやや女性より高めの値である。宇宙基準では,ISSミッションでは地上より若干高めになっていたが,惑星ミッションでは米国地上基準と同様に設定されている。惑星ミッションでは,飛行前中後に血液及び尿サンプルでNAD/NADP, N1-methylnicotinamide, 2-pyridoneを測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
17. Biotin
ビオチンは様々な生体反応の補因子として必要である。5つのビオチン依存性酵素 (pyruvate carboxylase, acetyl-CoA carboxylase isoforms 1 and 2, propionyl-CoA carboxylase, β-methylcrotonyl-CoA carboxylase) は,炭水化物,脂肪酸,アミノ酸の代謝に関与している。生の卵白の摂取過剰や薬剤の服用によりビオチン欠乏症が生じることがある。欠乏すると,神経症状や皮膚症状がおこり,これはビオチン依存性酵素の機能喪失によるものと考えられる。過剰投与による中毒症は,特に報告されていない。ビオチンは,生体内で腸内細菌によっても合成されるが,ある種の薬剤と競合することが知られている。
宇宙飛行によるビオチンの変化に関してはデータがない。
日米の地上基準では,日本の方が高く米国の1.5倍値に設定されている。ISSミッションでは米国地上基準の3倍以上に設定されていたが,惑星ミッションでは,米国の地上基準と同様である。特にミッション中の測定,評価は予定されていない。
18. Pantothenic acid
パントテン酸は,補酵素であるcoenzyme A (CoA) の前駆体であり,acyl carrier protein (ACP) の構成成分であり,脂質,炭水化物,蛋白質の様々な代謝における酵素反応に広く関与している。パントテン酸は食品中に広く存在するので,欠乏症はまれであるが,皮膚炎,副腎障害,末梢神経障害,抗体産生障害,成長阻害等が起こる。過剰摂取によって,時に下痢などが生じることが知られている。
宇宙飛行によるパントテン酸の変化についてはデータがない。
地上の基準は日米ともに同様である。宇宙での基準は,ISSミッションでは地上基準と同様であるが,惑星ミッションでは特に理由は明らかにされていないが高めに設定されている。特にミッション中の測定,評価は予定されていない。
D. ミネラル類
19. Calcium
カルシウムは,骨の主要ミネラル構成要素の一つであり,約99% は骨歯牙組織に存在している。細胞内には微量しか存在しないが,筋収縮や細胞内伝達,凝固系カスケードなど,生体の重要な蛋白質の機能や代謝反応の制御に関わっている。摂取されたカルシウムのうち,吸収されるのは約10% のみであり,血漿における濃度は一定に保たれている。副甲状腺ホルモン (PTH) は,カルシウム吸収を増加させ,甲状腺のカルシトニンは,骨からのカルシウム放出を低下させる。ビタミンDは,消化管からのカルシウム吸収を促進する。副甲状腺機能低下症,低マグネシウム血症,吸収不良,ビタミンD欠乏などでカルシウム欠乏症が起こる。カルシウム不足により,短期ではテタニー,けいれん,不整脈などが生じ,長期では骨量減少,骨粗鬆症が起こる。成長期にカルシウムが不足すると成長が抑制され,成長後不足すると骨がもろくなる。癌や甲状腺機能亢進,副甲状腺機能亢進では,高カルシウム血症が起こる。カルシウム過剰では腎臓結石や筋力低下,嘔吐,高血圧になるが,1日2,500 mgまでの摂取なら問題ないと考えられている。
宇宙飛行によって骨量が低下することは,特に長期飛行において最も重要な懸念事項である。宇宙飛行中の骨量低下は,1ヶ月に0.5-1% と考えられている。かつてのSkylabでのデータによって,骨ミネラルは必ずしも均一的に失われるのではなく,特に下肢の体を支える骨から骨量が低下することが明らかになった12)。宇宙飛行では,骨からのカルシウムが失われ,尿中のカルシウム排泄が増加する。それによって,飛行中及び飛行後に尿路結石のリスクも増加する。コラーゲン架橋排泄のデータから,骨からのカルシウム喪失が一定の速度で生じると仮定すると,1日あたり約250 mgのカルシウムが失われると考えられている29)。飛行後の回復も一定の速度であると仮定すると,カルシウム回復は1日あたり100 mgとなる30)。従って,約半年のミッションでは,飛行前の骨量に回復するのにその2-3倍の時間がかかることになる。さらに長期のミッションでは,基礎データもないためこのような仮定すら成り立つかわからない。又,火星では微小重力ではなく,0.38 g程度の重力が存在するが,それによって骨量減量が低下するかどうかも不明である。
宇宙飛行中は骨吸収が増加することもわかっている。カルシウム動態についてトレーサーを使った研究30) では骨吸収は約50% 増加した。一方,骨形成は,不変か減少した。以上を差し引きすると,カルシウムバランスは負になる。
ベッドレストは宇宙飛行のアナログとして研究モデルに使われている。骨量減少,カルシウム吸収低下,尿中カルシウム排泄増加,尿路結石リスク増加,血清中のPTH減少,1, 25-Vitamin D低下などが認められている。しかし,コラーゲン架橋の尿中排泄は宇宙飛行ほど増加しておらず29),骨の変化に関しては宇宙飛行と同じではないことを示している。骨代謝の変化は,ある意味で,新しい微小重力環境での生体の適応を反映しているとも考えられる。しかし,骨量が減少すると骨折のリスクが高まり,ミッションに悪影響が及ぶとともに緊急時や帰還後に支障をきたす可能性がある。従って,骨量減少を最小限に食い止める対策法の確立が急務である。
骨を健康な状態に維持するためには,食事からの十分なカルシウム摂取が必要で,食事中の蛋白質やナトリウムもカルシウム代謝に影響するので注意すべきである。骨粗鬆症に使用されるbisphosphonatesの使用にあたっては,体内にビタミンDが十分あることが重要で,治療中もカルシウム代謝マーカーをモニターする必要がある。宇宙での骨量減少に関して,これまでのカルシウムやビタミンDの補給では骨量減少を食い止めることができなかった。従って,食事内容の修正だけで対処できる可能性は低いが,予防効果が少しでも考えられる限り,適切な栄養摂取を遵守することが重要である。
日米の地上摂取基準を比較すると,日本の基準は米国の約半分であるが,実際の摂取量はそれ以下とも言われている。米国では年齢が高い人には摂取量が多く薦められている。宇宙飛行での基準は,ISSミッションでは米国地上基準と同様であったが,惑星ミッションにおいては,上限が引き上げられた。惑星ミッションでは,飛行前中後に,カルシウム,副甲状腺ホルモン,osteocalcin,他カルシウム代謝関連マーカーの測定を行い,過不足状態について評価することが予定されている。
20. Phosphorus
リンは,細胞内陰イオンであり,カルシウムとともに骨の主要構成要素であり,リン脂質の構成成分としても重要である。また,高エネルギーリン酸化合物として生体のエネルギー代謝に深くかかわり,adenosine 5’-triphosphate (ATP) 合成など生体内の多くの酵素,細胞内メッセンジャー,炭水化物の反応に関与している。細胞外のリンの大部分は,骨のハイドロキシアパタイトとして存在している。従って,骨量及び骨質の維持のために適切なリン摂取が必要である。カルシウムとリンの比率が1.5以上ではカルシウム吸収が低下し,骨維持の観点から望ましくない。リンの摂取が不十分であると,骨からのカルシウム放出が増加し,くる病になる他,顆粒球機能低下,心肥大,呼吸不全などが起こる。一方,リン摂取が過剰になると,カルシウムの便中排泄が増加し,カルシウムの吸収を妨げる。
ISSミッション後には,尿のリン濃度は飛行前より45% 低かったというデータが報告されている31)。
日米の地上基準の比較では,日本の方が米国より高めに設定されている。一方,宇宙では,ISSミッションでは地上より高めであったが,惑星ミッションでは米国地上基準と同じ値である。また,いずれの場合も,リン摂取はカルシウム摂取の1.5倍以下という付記がある。惑星ミッションでは,飛行前中後に血液及び尿サンプルで測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
21. Magnesium
マグネシウムは,重要な細胞内陽イオンであり,多くの酵素反応のcofactorとして働き,細胞がエネルギーを蓄積及び消費する際,リン酸塩転移の基質として必須の成分である。又,骨の弾性維持,細胞のカリウム濃度調節,細胞核の形態維持,筋収縮や神経伝達にも関与し,低カルシウム血症,ビタミンD不耐症,副甲状腺ホルモン不耐症の予防にも重要である。小腸で吸収されビタミンDや副甲状腺も関与するが,摂取されたマグネシウムのうち吸収されるのは約40% である。マグネシウム欠乏では,神経筋の興奮性増大,てんかん,心機能障害がおこる。通常の食事で過剰摂取になることは少ないが,カルシウムの吸収低下や消化管症状を起こす。マグネシウムは骨や筋肉に存在することから,骨や筋肉の維持の観点からも適切なマグネシウム状態にすることが重要である。
4-6ヶ月間のISSミッション後では,尿中マグネシウム排出は,飛行前より45% 低下していた31)。
地上での摂取基準は,米国の方が日本より若干高めになっており,両国とも男性の方が女性より高い値である。宇宙での基準は,惑星ミッションでは米国の地上基準と同じであり,ISSミッションではそれよりやや低め(日本の国内基準程度)である。なお,サプリメントによる摂取上限も別途設けられている。惑星ミッションでは,飛行前中後に血液及び尿サンプルで測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
22. Sodium
ナトリウムは,主たる細胞外陽イオンであり,生体の水分布,浸透圧,細胞外液の陽—陰イオンバランスの維持に関与している。又,糖の吸収,神経や筋肉細胞の活動等に関与するとともに,骨の構成要素として骨格の維持に貢献している。ナトリウムが欠乏すると,細胞外液が減少し,組織灌流が低下して,筋力低下,疲労感,中枢神経系症状などが生じる。一方,食事からの塩分摂取過剰によって,高血圧を引き起こすことはよく知られている。食事からのナトリウム摂取はカルシウムホメオスタシスにも影響を及ぼす。ナトリウム摂取が多いと,骨量減少及び尿路結石のリスクが高まる。
地上の基準をみると,米国ではナトリウム量として,日本ではナトリウム推定平均必要量及び食塩目標量として記載されている。米国のナトリウム基準1,300-1,500 mgは食塩量では約3.3-3.8 gとなり,日本の基準の食塩目標量8-10 g以下からすると,かなり少なめである。日本の食事は,いかに塩分が多いかを物語っている。
宇宙食は,ほとんどが加工食品であるためナトリウム含量が多い。ISSのデータでは,食事摂取量は基準値以下であったのにも関わらず,ナトリウム摂取は4.5 gを超えていた31)。しかし,上記に述べたように,過剰なナトリウム摂取は骨や腎機能にとって好ましくない。現状の宇宙食システムではどうしてもナトリウム摂取が多めになることを鑑み,ISS基準では米国での地上基準より高めに幅広く設定された。しかし,惑星ミッションではその幅が縮み上限が引き下げられた。惑星ミッションでは,飛行前中後に血液及び尿サンプルで測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
23. Potassium
カリウムは,細胞内陽イオンとして最も重要であり,酸塩基平衡,エネルギー代謝,血圧,膜輸送,体液分布などの制御に関わっている。神経伝達や心臓機能にも関与しており,カリウムの過不足によって,神経系,筋肉系,心臓機能などに大きな影響が及ぶ。食塩の過剰摂取や老化によりカリウムが失われ,細胞の活性が低下することが知られている。
通常の食事からの摂取では,中毒症はおこりにくいが,腎不全などでは排泄障害のため,高カリウム血症となり,筋力低下や不整脈が起こりうる。
宇宙飛行では,尿中のカリウム排泄が増加しており12),摂取不足や筋肉萎縮によるものと考えられている。
日米の地上での基準では,米国は日本の2倍以上であり,大きな差がある。しかし,この日本の基準は,体内のカリウム平衡を維持するために適正と考えられる値を目安量として示したもので,米国高血圧合同委員会が高血圧の予防のために3,500 mg/日を摂ることが望ましいとしていることを付記し,別途,高血圧の予防を目的としたカリウムの食事摂取基準として3,500 mg/日が望ましいと記載されている。宇宙での基準は,ISSミッションでは3,500 mg/日であったが,惑星ミッションでは,米国地上基準(4,700 mg/日)と同じに設定された。惑星ミッションでは,飛行前中後に血液及び尿サンプルで測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
E. 微量元素
24. Iron
鉄は炭水化物や脂質代謝における酸素輸送や酸化的リン酸化,チトクロームやチトクローム酸化酵素の電子輸送などに関わる。鉄の約70% はヘモグロビンに,5% はミオグロビンに,残りは酵素に又はトランスフェリンに結合して血漿中に存在する。鉄欠乏は世界中で最も多い栄養欠乏症でもあり,鉄欠乏性貧血の他,知能や行動,免疫機能にも悪影響が及ぶ。一方,鉄過剰によるフリーラジカル発生が,心血管系疾患や悪性腫瘍の発症に関連があるともいわれている。
宇宙飛行では,短期,長期ともに赤血球容積が減少するのはよく知られているが,この実態は,血清鉄の低下ではなく,鉄の貯蔵が過剰になっていると考えられている。従って,宇宙放射線への暴露により,鉄が酸化剤として組織障害を引き起こす懸念があり,宇宙では鉄の過剰摂取をさける必要がある。しかし,実際には現在の宇宙食システムでは,鉄含有量が多めになっているという問題が指摘されている。
地上での摂取基準は,日米ともほぼ同様で,閉経前の女性に対しては高めに設定されている。宇宙での基準は,ISS,惑星ミッションともに地上と同様であるが,鉄過剰が酸化的組織障害をおこしうる懸念から上限を超さないようにとの記載がある。惑星ミッションでは,飛行前中後に各種赤血球及び鉄代謝マーカー,C反応性蛋白(CRP)を測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
25. Copper
銅は,アドレナリン等のカテコールアミン代謝酵素の構成要素として重要である。銅が欠乏すると,骨,神経系,免疫系,心臓血管系,脂質代謝系など様々な機能に影響を及ぼしうる。
宇宙での銅代謝の変化のメカニズムについては明らかになっていない。しかし,銅の欠乏は,飛行中の骨量減少を悪化させ,さらに宇宙での貧血にも関与することも考えられる。又,宇宙飛行中の免疫機能の変化に銅が関与している可能性も示唆されている19)。
日米の地上基準はほぼ同様である。宇宙飛行中の基準は,ISSミッションでは地上基準よりやや高めで,惑星ミッションでは上限が引き上げられてかなり幅のある設定になっている。惑星ミッションでは,飛行前中後に血液サンプルで銅及びceruloplasminを測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
26. Manganese
マンガンは,glutamine synthetase,superoxide dismutase,pyruvate carboxylase等の酵素の成分である。また,マグネシウムが関与するさまざまな酵素の反応に,マンガンも作用する。マンガンと鉄の吸収は競合する。マンガンは,肝臓,骨,膵臓,下垂体等に存在し,細胞内では核及びミトコンドリアに存在する。過剰摂取により神経系への中毒(パーキンソニズム)がおこるがまれであり,欠乏症では,吐き気,体重減少,皮膚炎などが生じる。マンガンは,脂質の過酸化に関わっていることから,宇宙飛行による酸化ストレスを予防あるいは最小限にするために,適切な量のマンガン摂取が必要と考えられる。
日米の地上基準は,日本の基準の方が若干高めになっており,両国ともに男性の方が女性より高い値である。宇宙の基準では,ISSミッションは地上よりやや高めであったが,惑星ミッションでは米国地上基準と同様に設定されている。特にミッション中の測定,評価は予定されていない。
27. Fluoride
フッ素はほとんどが骨に存在し,欠乏すると,虫歯が増えたり,骨組織の構築を保てなくなるが,欠乏症は明らかでない。虫歯予防のために,米国では通常,水道の飲料水に添加されている。宇宙では骨量減少がおこるため,骨アパタイトを維持するために適切な量のフッ素摂取が望まれる。
日本の厚生労働省による食事摂取基準では,フッ素の項目はない。宇宙飛行中の基準は,ISS,惑星ミッションともに米国の地上基準と同じに設定されている。特にミッション中の測定,評価は予定されていない。
28. Zinc
亜鉛は,炭水化物,脂肪,蛋白質及び核酸の合成や分解などに関与する酵素をはじめ,多くの酵素の構成成分として,細胞増殖や細胞膜の安定化,免疫機能など様々な生体機能に関与している。また,血糖調節ホルモンであるインスリンの構成成分等としても重要である。亜鉛は,骨格筋や骨に多く存在し,細胞内では核内に認められる。生体内の貯蔵量が少ないため,欠乏症が起こりうる。欠乏により小児では成長障害,皮膚炎が起こるが,成人でも皮膚,粘膜の創傷治癒の遅延や,血球,肝臓等の再生不良や味覚及び嗅覚障害が起こり,免疫蛋白の合成能が低下する。食品中の様々な物質と結合し,吸収が減少しうる。
ベッドレスト研究では,骨の脱灰化により骨からの亜鉛放出が認められたが16),宇宙飛行ではこの現象に関しての詳細はまだ明らかになっていない。
地上での摂取基準は米国の方が日本より若干高めに設定されており,男性の方が女性より高い値である。宇宙飛行中の基準は,ISSミッションでは地上より高めであったが,惑星ミッションでは米国地上基準と同様である。惑星ミッションでは,飛行前中後に血液及び尿サンプルで測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
29. Selenium
セレンはglutathione peroxidaseの構成成分である。この酵素は,ほぼ全ての細胞及び体液中に存在し,組織の過酸化物を解毒化することで抗酸化剤及びフリーラジカルスカベンジャーとして働く。この抗酸化作用により,セレンと癌や心疾患との関連について示唆されているが,一律な結果はでていない。ヒトでのセレン欠乏は,中国の風土病として知られたKeshan diseaseで,心筋症をきたす。さらに,関節や骨端軟骨に障害をきたすKashin-Beck diseaseもセレン欠乏と考えられている。
宇宙飛行によるセレンの変化については明らかになっていないが,ISSミッション後では,セレン値は飛行前より10% 程度低くなっていたと報告された31)。宇宙飛行中の酸化的ストレスに対し,セレンが防御効果があるかどうか,今後の検討課題である。
地上基準の日米の比較では,米国は日本の2倍近い量である。宇宙の基準は,ISSミッションでは米国基準よりさらに少し高めであったが,惑星ミッションでは,地上基準以上でかなり幅広い範囲が設定されている。抗酸化作用を有するセレンの効果を期待していると思われる。惑星ミッションでは,飛行前中後に血液及び尿サンプルで測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
30. Iodine
ヨウ素は,甲状腺ホルモン生成に必要である。ヨウ素欠乏症では甲状腺腫や小児のクレチン症が起こり,過剰症も甲状腺腫や様々な症状を引き起こす。
宇宙飛行では,ヨウ素が水の殺菌剤として軌道上で使用されているが,過剰症を起こすほどの量ではないと考えられている。
地上摂取基準は米国,日本とも同量であり,宇宙飛行の基準でも地上と同じ値で設定された。惑星ミッションでは,飛行前中後に血清中甲状腺ホルモン,甲状腺刺激ホルモン及び尿中ヨウ素を測定し,過不足状態について評価することが予定されている。
31. Chromium
クロムは,グルコース代謝制御に重要である。インスリンのcofactorとして,インスリンの細胞膜への結合を促進すると考えられる。クロムは,中性脂肪濃度の制御にも関係している。クロム欠乏症では高インスリン血症を引き起こし,インスリン抵抗性が生じる。
宇宙飛行によるクロムの変化についてはまだ明らかになっていない。宇宙飛行やベッドレストでもインスリン抵抗性が引き起こされるが,クロムとの関連性は明らかでない。
地上での摂取基準は日本の方が米国よりやや高めだが大差はない。両国ともに男性の方が女性より高い値である。なお,宇宙での基準は,ISSミッションでは地上より約3-6倍も高く設定されていたが,惑星ミッションでの摂取基準は地上とほぼ同様の値になっている。特にミッション中の測定,評価は予定されていない。
F. その他
32. Fiber
食物繊維は,ヒトの消化酵素で消化されない食品中の難消化性成分の総体との考えのもとに分類されている。水溶性食物繊維と不溶性食物繊維では生理作用に違いがあるといわれている。食物繊維は,消化管機能や腸の蠕動運動の促進,栄養素の吸収を緩慢にしたりコレステロールを低下させる等,様々な生理作用が知られており,今後の研究の発展によりさらにその有用性が広がる可能性もある。疫学的にも食物繊維の多い食事をとることで心血管系疾患の発生率低下が認められている。
宇宙では,消化管の動きが遅くなることから便秘を予防するためにも食物繊維を適切に摂取することが薦められる。宇宙放射線による癌化の問題に対し,食物繊維摂取が予防的な効果があるかは今後の課題である。
地上での日米基準はほぼ同様である。過去の宇宙計画では,宇宙での排泄の問題から低残渣宇宙食であったが,現在では食物繊維の生理作用を考慮し,宇宙での摂取基準も地上と同様に設定されたものと考えられる。
G. まとめ
以上をまとめると,地上での日米の基準に関しては,特に脂質,ビタミンE,ビタミンK,葉酸,ビオチン,カルシウム,リン,ナトリウム,カリウム,マンガンなどに違いが認められる。これは,各国の食生活や体質的要素,疾患素因を反映しているものと考えられる。又,宇宙での栄養摂取基準については,微小重力空間での医学生理学的影響を考慮し,ISSミッション用は若干の修飾があるが,現時点での惑星ミッション用基準は,カルシウム,ビタミンDなど,特に長期ミッションで栄養学的意義が強調されるもの以外は,概ね米国の地上基準に準じていることがわかる。また,惑星ミッションでは,各宇宙食及びクルーのメニューにおいて,上記にあげた全ての項目について分析を行い,基準を満たすか確認することになっている。
今回示した惑星ミッションでの栄養基準は,米国政府による月・火星ミッション計画の発表を受けて,惑星ミッション用の栄養基準を定めるため,NASAの栄養専門部門が,外部専門家を招き,これまでの知見をもとにレビューを行って設定したものであるが,あくまで初版であり,不完全な部分も見受けられる。惑星ミッションは人類がまだ経験したことがないものであり,基礎データもない。従って,数年にわたる惑星ミッションによって人体がどのような医学的影響をうけ,どのような栄養基準が望ましいかは,現時点ではあくまで推測することしかできない。しかし,少なくとも約半年までのISSミッションでのデータが今後さらに明らかになるにつれ参考にすべき所見が増えることが予想され,更に臨床栄養医学における新しい知見とともに,宇宙での栄養摂取基準は随時改定されていくものと思われる。
IV. 宇宙での栄養に関する今後の課題
船外活動 (EVA) 時の栄養摂取
現在のISS栄養摂取基準では,EVA中のエネルギー消費量(〜200 kcal/hour)を考慮し,EVAを行う日は500 kcal余分に摂取することが基準に設けられている。又,EVA中は180-240 ml/hourの水分が失われると考えられ,現在の宇宙服には720 mlまたは960 mlの水分用バッグがついている。今後,さらに容量が大きく,かつ水以外の飲料が飲めるよう,ディスポーザブルバッグの開発が望まれている。
今後,月や火星ミッションを計画する場合には,EVA時の栄養摂取についてもさらに検討する必要が生じる。現在進行中のISS建設では,飛行士は1回8時間程度のEVAを行っているが,惑星探索ミッションになると,Apollo計画と同様に惑星の表面を移動しての船外活動時間がさらに長くなることが予想される。Apollo計画では,月面作業中に水分及びフルーツバー(165 kcal)摂取が可能となったが,フルーツバーは食べにくくその後使用されなくなった。従って,将来の有人宇宙計画では,宇宙服を着用した状態での栄養(水分,固形物)摂取に関し,EVA用宇宙食の開発及びその摂取方法の検討と,それに適した宇宙服の設計開発が必要になるであろう。
また,EVAによる減圧症予防のため,その前にprebreath protocolを実施するが,その際の高酸素濃度による酸化的障害も懸念されており,栄養学的対策も候補として挙げられている。
サプリメント
最近は,健康の保持増進を目的に,国内でも様々な栄養素のサプリメントを摂取する傾向が認められるが,健康はあくまでバランスの取れた食事から得られるものであり,サプリメントだけで適切な栄養摂取はできないことを認識する必要がある。食事中の栄養素とサプリメントの栄養素は,体内での吸収や代謝が異なる可能性があり,また食品中には,特に現在の栄養基準にあげられていないが体内にとって重要な物質が含まれていたり,それらが他の栄養素との相互作用をもって生理機能を発揮する可能性もある。又,宇宙飛行は飛行士にとって様々なストレスの多い環境であり,特に長期ミッションでは,いろいろな食品を “食べる” ことによっておいしいと感じる心理学的効果も大きい。これは,錠剤やカプセル等のサプリメント摂取だけでは得られないものである。
NASAも,宇宙ミッション中はあくまで食事(宇宙食)から栄養素を摂取すべきであるとしている27)。その理由は,前述したように,飛行士は宇宙での食事摂取が減少する傾向があり,エネルギー摂取量が足りていないので,各栄養素も摂取不足になることが多い。しかし,不足したエネルギーはサプリメントで補うことはできない。仮に飛行士が,サプリメントで栄養は摂れるからと信じてしまうと,さらに食事摂取量が減る可能性が生じるからである。従って,ビタミンやミネラルなどのサプリメントは,食事だけでは栄養摂取基準を満たせない場合や,その栄養素の補充が有益であるという確実なデータがある場合にのみ利用されるべきであると考えられている。現状では,宇宙食からのみでは摂取基準を満たすことが困難なのは,ビタミンDと思われ,サプリメントの対象になろう。又,その他の総合ビタミン剤等に関しては,飛行士が任意で使用しているケースがある。
将来の宇宙ミッションに向けた宇宙食システムの改良
宇宙食全般については別稿21) に記述したので,特に栄養に関する点に絞って以下に述べる。
1. 宇宙食中の栄養成分の維持
現在のISS用宇宙食はミッション及びその前の保管期間も含め約1年の賞味期間が必要であるが,将来の火星ミッションは3年程度かかることが予想され,宇宙食も5年程度の賞味期間が要求されるであろう。従って,今後は,宇宙食を現在よりさらに長期保存するための技術として,食品自体及びパッケージの改良,再開発が必要になろう。
さらに,これまでにも述べたが,栄養素の中には光や放射線によって分解するものもある。特に宇宙放射線の影響が懸念されるため,長期間宇宙で保管された後も宇宙食中の各栄養素量が維持できているか確認が必要になり,こうした栄養素を長期間維持できるような宇宙食やパッケージを開発する技術が望まれる。
2. 健康食品(機能性食品: Functional Foods)
心血管疾患,悪性腫瘍,脳血管疾患,II型糖尿病,動脈硬化症は,先進諸国での主要な死因に関連しているが,これらはすべて食生活と深い関係がある。近年,国民の医療費増大などの問題もあいまって,食生活の改善により疾病を予防し健康を維持しようという考え方が生じた。その結果,健康の維持増進効果が期待できるよう加工された様々な健康食品が各国で登場し,その市場は拡大を続けている。実はこの健康食品(機能性食品)の概念は日本からはじまったといってもいい。日本国内では,1991年に厚生労働省が「からだの生理学的機能などに影響を与える保健機能成分を含む食品で,血圧,血中のコレステロールなどを正常に保つことを助けたり,おなかの調子を整えるのに役立つなどの特定の保健の用途に資する旨を表示するもの」として,特定保健食品(いわゆるトクホ)を制定した。その後,2001年に保健機能食品制度が定められた。健康増進法,食品衛生法により定義される保健機能食品は,健康食品のうち安全性や有効性などが国の設定した一定の基準を満たした食品で,特定保健食品と栄養機能食品に分けられる。このうち,特定保健食品は,特定保健用食品(疾病リスク低減表示,規格基準型),条件付き特定保健用食品に区分され,食品の持つ特定の保健の用途を表示して販売される。特定保健用食品として販売するためには,製品ごとに食品の有効性や安全性について審査を受け,表示について国の許可を受ける必要があり,許可マークが付されている。
米国でも,健康への関心が高まり食生活指針が策定されてきたが,特に冠動脈疾患と悪性腫瘍による死亡と食事との関連について研究が精力的に行われている。食品やサプリメントについては,米国食品医薬品局(FDA)の認可を受けると健康上の効能表示ができるようになっている。
前述したように,宇宙では人体は特殊な医学的影響をうけることから,宇宙滞在中に懸念される疾患の予防,健康維持を目的とした機能性食品を宇宙食として導入することも今後の課題であろう。上記に述べたように,日本は機能性食品分野の先駆的存在でもあり,国内の高度な食品加工技術を生かした機能性宇宙食の開発が今後期待される。
3. 宇宙での食糧調達
仮に火星への3年ミッションを計画すると,その間の食糧は莫大な量になる。量的に少ない食糧で十分な栄養を摂取できるかは今後の研究課題になるが,いずれにしろ,長期ミッション中に適切な栄養摂取が必要であることはいうまでもない。全ての食糧を地球から調達できない場合には,宇宙で穀物や野菜を栽培するなど,食糧供給に関する根本的な研究開発が必要となる。
宇宙で摂取過剰に注意すべき栄養素
すでに述べたように,宇宙では食事摂取不良が認められるため,その結果としての栄養素摂取不足が懸念される。また,長期宇宙滞在による人体への医学的影響はまだ全てが明らかになっているわけではないので,過剰症の可能性が高くない限り,必須栄養素の生理的効能を期待して,不足にならないよう十分な摂取をすすめるのが一般的な考え方である。従って,宇宙での栄養摂取基準は,一般には地上での栄養摂取基準より同等かそれ以上の場合が多いが,一部の栄養素に関しては,摂取過剰に注意が必要である。
1. 鉄
宇宙滞在により人体の鉄貯蔵が増大する。さらに,宇宙放射線への暴露があるため,鉄の過剰による酸化的組織障害が懸念される。従って,鉄の摂取過剰に留意するよう提言されている。鉄の惑星ミッション摂取基準は8-10 mg/dayであり,ISSミッションでも男女ともに1日量10 mgを超えないように設定されている。
2. Na
特に日本人はその食生活も関連して,一般にナトリウムの摂取過剰傾向にあるので,注意が必要である。宇宙では特に,骨量減少及び尿路結石リスクに関連して,ナトリウム摂取過剰に注意すべきである。
鉄,ナトリウムともに,現在の宇宙食では一般に含有量が高い傾向にあるため,摂取基準を守るのは困難であるのが実情である。ナトリウム,鉄含有量の少ない宇宙食など,こういった観点からも今後,宇宙食の改良が必要とされるであろう。
将来の宇宙ミッションに期待される栄養素
現時点での栄養摂取基準には特に項目として記載されていないものもあるが,将来の宇宙ミッションでは,疾患予防の観点から積極的摂取が望まれる栄養素もあり,このような栄養素を含有する宇宙食の開発が期待される。
1. ω-3脂肪酸
日本人の食生活では,特に以前は魚摂取量が多かったのでよく知られているが,最近,欧米諸国では健康上,注目の栄養素である。宇宙ミッションでは,緊急事態となる心血管イベントの発症予防が非常に重要視されるので,重要な栄養素と考えられるであろう。以下に代表的なω-3脂肪酸をあげる。
Eicosapentaenoic acid(EPA)
炭素数20,不飽和結合5個のn-3系の直鎖の多価不飽和脂肪酸で,マグロやサバ,イワシ等のいわゆる青魚の脂肪に含まれる必須脂肪酸の一つである。EPAに富む食事により,冠状動脈疾患患者の死亡リスク低減,免疫機能の向上などが知られている。又,日本国内では中性脂肪を低下させる機能に関し,特定保健用食品の審査で認められている。
Docosahexaenoic acid(DHA)
炭素数22,不飽和結合6個のn-3系の直鎖の多価不飽和脂肪酸で,EPAと同様,青魚の脂肪に含まれる必須脂肪酸の一つである。生体内では神経系組織に多く存在し,脳の発達や機能維持に重要な役割を果たすことが示唆されている。又,冠状動脈疾患患者の死亡リスク低減に有効性が示されている。国内では中性脂肪を低下させる機能に関し,特定保健用食品の審査で認められている。
α-Linolenic acid
炭素数18,n-3系の二重結合を3個もつ多価不飽和脂肪酸で,必須脂肪酸に分類され,シソ油,エゴマ油,アマニ油に多く含まれる。心血管疾患の初期予防又は二次予防のため,食事としてα-リノレン酸を経口摂取することに関し,有効性が示唆されている。
2. 抗酸化剤
宇宙放射線への対策や心血管疾患や悪性疾患の発症予防として,抗酸化作用を有する各種栄養素(ビタミン類,微量元素,ポリフェノール類など)が期待される。
3. ビタミン類
上記抗酸化ビタミン類以外に,骨量減少対策に重要なものとしてビタミンDやビタミンKがあげられる。
4. ミネラル類
骨量減少,尿路結石,心血管疾患予防の観点から,カルシウム,カリウム,マグネシウムなどが重要であろう。
なお,上記にあげた栄養素に関して,期待する効果をもたらす適切な摂取量や摂取方法(食品からの摂取,栄養素のみの補充等)については,今後の検討課題であり,地上の臨床栄養医学の新知見に期待するとともに,我々としても,今後,宇宙での代謝栄養研究や次世代宇宙食の研究開発をすすめたいと考えている。
栄養素と薬剤の相互作用
宇宙ミッション中は,飛行士の健康状態に応じて,薬剤を使用する可能性もでてくるが,栄養素と薬剤の相互作用により,栄養素または薬理成分の吸収,分布,生体内変化,排泄に影響が及ぶ可能性もある。一例として,グレープフルーツジュースとカルシウム拮抗剤等の薬剤がある。薬物代謝を行うチトクロームP450酵素の一種であるCYP3A4によって代謝を受ける薬物とグレープフルーツジュース中のフラノクマリン類が小腸で相互作用を起こし,循環血液中に入る薬物量は多くなり,薬剤が効きすぎてしまう状況になることが知られている。特に長期ミッションでは,健康上の問題で長期間薬剤を使用する可能性もでてくるため,安全な医学運用のために,これらの相互作用についても検討する必要がある。
V. おわりに
ISS計画の目的は,宇宙における特殊環境を利用した様々な実験や研究を行い,その結果を生かして科学・技術をより一層進歩させ,地上の生活や産業に役立てることである。その重要な任務を担った飛行士が,ミッション中,適切な栄養摂取により健康を維持することが,ISS計画の目的達成のために重要であることはいうまでもない。また同時にISS長期滞在によって得られた飛行士の臨床栄養医学的知見は,さらに将来の惑星ミッションを計画する際の貴重な基礎データとなりうる。
宇宙への進出は,未知の世界への挑戦であり,常に新しい技術が必要とされるが,医学分野に関しても同様である。現在のISS計画や将来の惑星ミッションなどにおいて,宇宙医学的観点から得られた新しい知見が,いずれ地上医学へ還元されることを期待する。
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