仙台赤十字病医誌 Vol.31, No.1, 1, 2022

巻頭言

ヒポクラテスの木

仙台赤十字病院院長

舟山 裕士

本誌の表紙には葉脈の形がエンボスであしらわれている.昨年の巻頭言ではデザインされた産婦人科の多田先生の言葉について触れたが,そのなかに「仙台赤十字病院のヒポクラテスの樹から一葉を写した」とある.当時の仙台赤十字病院にはヒポクラテスの木があったのである.しかし,いったい病院のどこにあるのか.聞いてみると旧看護師寮の前の植え込みにあったが,駐車場への出入りの際に見通しが悪いので安全のために切り倒したという返事.ヒポクラテスの木は全国の大学,病院にあり,シンボルツリーとしてどこも大事に育てているものなので,正直驚いた.
 そんななか,本社の院長連盟の秘書さんから「コス島由来のヒポクラテスの苗木(日赤株)頒布につきまして」という案内がきた.1977年に日本赤十字社が百周年を迎えたときに,ギリシャ赤十字社からヒポクラテスの木が贈呈され,その木からわけた苗木のうち育った46本が全国の赤十字施設に配布されたのだが,40年以上経過して現存しているのはわずかであるらしい.そこで芳賀赤十字病院の院長先生が挿し木を500本育てたところ,初年度は全滅したのが,今回ようやく20本だけ育ったので希望する施設に配布したいとのこと.早速,送っていただいて同じ場所に植えてもらった.
 ヒポクラテスは医聖と呼ばれ名前だけなら医療関係者はご存じだろう.とくに“ヒポクラテスの誓い”は医療倫理,職業倫理,患者の権利をうたっており,米国では医学校の卒業式では必ず読まれている.ヒポクラテスはギリシャのエーゲ海の小島コス島で弟子を集め医学を広めたとされる.おおきなプラタナスの木陰で弟子たちに教えたと伝えられているため,この木をヒポクラテスの木とよび,その子孫たちは全世界に散らばって医療施設の庭に緑陰をつくっている.プラタナスは元来外来種であるが,日本へは街路樹として明治40年頃に導入され“スズカケの木”として全国の公園や街路に植えられた.成長すると20 mを超える大木となり大きな木陰を提供してくれるが,ややもすると当院のように邪魔者扱いされることにもなる.「プラタナスの枯れ葉舞う冬の道で…」はしだのりひことシューベルツが歌った北山修作詞の“風”の冒頭がプラタナスである.今では日本では広く親しまれている樹木でもある.
 日本に持ち込まれたヒポクラテスの木は,種子または苗木によって,緒方株,篠田株,蒲原株などあって本邦では9系統株あるそうだ.東北大学医学部の星陵会館前のヒポクラテスの木は,昭和26年卒で第2外科出身の定方正一先生が1986年に寄贈されたものである.由来については定かでないが定方先生は宇都宮市だったので日赤株かもしれない.昨年11月に当院に移植された幼木は寒い冬を乗り切って春になり新芽を出してくれた.まだ1 m足らずの大きさしかなく,何の表示もないが,当院のシンボルとして大きく育って,我々を末永く温かく見守って欲しいものである.