仙台赤十字病医誌 Vol.25, No.1, 1-2, 2016

巻頭言

東日本大震災

仙台赤十字病院長

桃野  哲

要旨

日本では政府と日銀が進めるアベノミクスによるデフレ脱却が想定通りに進むかどうか不安視され,世界経済は中国経済の減速,原油安値,株価の不安定等で先行き不透明になっています。そのような経済状況でも,社会保障費は少子高齢化に伴って大きく増加しているので,医療費は財政健全化を目指す政府から,格好の削減ターゲットにされています。今の病院には,費用を増やさずに抑えて効率の良い医療を提供するように,「治す医療」から「治し支える医療」への転換が迫られています。
 それを実践するため,宮城県でも地域医療構想を策定する調整会議が医療圏毎に始まり,人口が多い仙台医療圏では3地域に分かれても検討されています。調整会議で配布された資料では,2025年の高度急性期,急性期,回復期の推定病床数として,各病院が報告した病床数と,県がDPCデータを基に推計した病床数に乖離が見られます。県資料の急性期病床数は,DPCの1日出来高換算コストが一般病棟で650点以上の病床数とICU病棟等での3,000点未満で650点以上の病床数の総和,全入院患者の3,000点未満で650点以上の病床数を現在の急性期病床とし,それを基に2025年の医療需要と病床の必要量を推計したものです。しかし,当院では一般病棟の入院患者さんの1日当りの出来高換算コストの平均が650点以上なので全一般病床を急性期病床で,NICU では同様に3,000点以上なので全病床を高度急性期病床と,大雑把に分類して報告しました。救命救急センターやICUなどを運営する病院や大学病院にも,一人1日当たりの平均が3,000点以上になっているからと全病床を高度急性期病床と報告した所があるようで,病院が報告した高度急性期病床には,県資料では急性期病床に分類される病床が含まれています。そこで,同一地域内の患者と病床が対象でも,各病院から報告された高度急性期と急性期の病床数は県資料よりも多くて,分類毎の病床数の比率は異なりますが,総病床数には大きな差がみられません。
 平成28年春の診療報酬改定は,全体ではマイナス0.84%で,その内訳は薬価がマイナス1.22%,材料価格がマイナス0.11%で,診療報酬本体はプラス0.49%になり,計算上,医科は0.56%のアップとされています。しかし,病院経営に詳しい公認会計士の試算では,病院は恐らくマイナス3%程度の大きな影響を受け,今回の改定は小泉政権時代よりも厳しくて,廃業に追い込まれる病院も出るだろうとのことです。さらに,今回の改定では7対1の算定基準の重症度,医療・看護必要度が15%から25%以上へと数段厳しくなりました。今回,重症度,医療・看護必要度の評価に,手術患者等を評価するC項目が新たに加わったので外科系では25%以上が可能になったのですが,内科系は25%が難しくて病院全体で25%以上がクリアー出来ず,7対1が無理になり10対1に変更する病院が出て来そうです。
 今回の改定からは,診療報酬によって7対1から10対1や地域包括ケアに誘導しようとする,厚労省の強い意志が読み取れます。病院の安定経営には,地域医療構想を考慮して,地域とのかかわりを重視しながら必要な診療機能を把握しなければなりません。病院には,自院の規模や機能を見直し,利用状況により一部の病棟を地域包括か10対1に転換する等で,厳格化した7対1に適切に対処して,地域の患者さんの日常的な健康予防管理から高度な医療を提供することが求められます。各病院は,そのように運営して行かざるを得ないので,地域の高度急性期や急性期の病床数は,次第に地域医療構想会議で県が示した数値に収斂して行くでしょう。
 その時の病院現場を想像すると,重い病気にかかって受診し高度急性期病床に入院した患者さんは,状態が落ち着いて来ると急性期病床に移り,回復して退院が近くなると,さらにそこから地域包括ケア病棟に移って,最後に家庭か介護施設に戻るようになっているでしょう。地域の急性期など各期の病床数は,限りなく県資料の数値に近づき,患者さんは重篤な状態から回復するにつれて次々と病棟を移動して,多くのケースでは急性期病院から回復期の病院へと転院して,そこから自宅ないしは施設に戻ることになります。自分自身か家族が病気になったとして,それでも不満を言わず,「はい,わかりました」と,すんなり貴方は転院を受け入れられるでしょうか。今の診療報酬に誘導されて,患者さんの望まない方向へと運営方法を変えて行かないと,病院経営は難しくなっています。そのうち,病気になった時に,入院から退院まで同じ病院で治療を受けることが,超贅沢で難しくなる時代が嫌でも来そうです。