皆保険制度の堅持を

巻頭言

皆保険制度の堅持を

仙台赤十字病院長　桃野　　哲

ここ数年間，厳しい医療費抑制が続いたので，今回の診療報酬改定で一息ついた病院が多いと思います。今，政治が不安定で方向性が見え難い状況ですが，国民の安全保障となる医療では，今年50歳を迎える国民皆保険制度を堅持したいものです。
　私は現行の皆保険制度が，連合軍統治下で憲法と同様に，アメリカの主導によって導入されたことを知りませんでした。昨年秋，アキよしかわ氏から「日本人が知らない日本医療の真実:幻冬舎」を頂き，面白くて一気に読みました。日本ではDPCで著名なアキさんの本なので，DPC関連の内容が主ですが，日本の医療の問題点，辛口の医師と管理者は意識改革せよとの提案，それに，日本に皆保険制度が導入された経緯が書かれており，皆保険導入に興味が湧いてアキさんの他の文章も読みました。
　現行皆保険制度は，連合軍総司令部内のピンカーと呼ばれたアメリカ軍の若手将校が強く関わって，社会実験的に戦争で荒廃した日本に導入されました。ピンカーの由来は思想的に赤（共産主義）ではないが桃色程度に赤みがかっていた人達だからなそうです。彼らは，トルーマン大統領のニューディール政策の推進に携わった官僚達で，ニューディールが社会主義的と批判を受けて挫折したので失職し，冷戦当時のアメリカ国内でのレッドパージから逃れて軍隊に入りました。そして，日本に若手将校として来て，戦後で混乱していた我国の医療体制の再建を担いました。私は，ピンカー等が導入して今に至る皆保険制度は社会主義的であっても，医療などの社会福祉には十分な財政的裏付が大切であり，国民が助け合う互助の精神で行われるべきと考えるので，ハナマルマークの制度だと思います。
　国民皆保険制度が設立されたのは，今から50年前の昭和36年（1961年）で，当時の厚生省の担当課長が，後に日本赤十字社の社長を勤めた山本正淑氏だったことも知りました。私は，医師になり研修病院で診察する前に，初めて健康保険の仕組みをオーベンから教わり，保険で認められる血液検査の回数には制限があることや，疾病によって使用出来る治療薬が決まっていて守らないと査定されること等，保険診療での種々の縛りを初めて知りました。学生時代に健保の講義を受講しておらず，しかもノンポリだったので，私に知識が無かったのは当然ですが，当時，大学に保険制度の講義があったかどうかは不詳です。今の学生さんも，恐らく保険制度の講義をきちんとは受けておらず，保険制度の知識はゼロかあっても僅かだと思います。
　日本国憲法のみならず国民皆保険も，連合軍のお仕着せということになります。社会主義的な国民皆保険は，その後の日本では医療費が増え続けても好景気に支えられて財政が破綻しなかったので，現行の制度となり維持されてきて，最近，問題が多く出始たものの，かなり良く運用されていると考えます。全ての国民が今の制度が良いと思っていなくても，皆保険を廃止すべきとする日本人はごく僅かでしょう。
　ただ，保険制度がここの所おかしくなって来ているのは事実です。国民は，お上が長い間，多くをやってくれていたので，お上への依存性が高く，出すのは大嫌いで貰うのが大好きです。医療費の自己負担増や消費税増額等を受け入れてくれそうもなく，要求だけがもっともっとと増大しています。病院に対する要望も然りで，患者さんの中には自己本位で，時間外でも当然の権利と専門医の診察を要求し，病気が順調に回復しないと医師を訴える人もいます。そして，訴訟になれば，医学的根拠を度外視して，医療の特殊性に理解を示すことなく，患者サイドの要求を安易に認める判決文を書く裁判官もいて，私共医師，なかでも勤務医はその対応に苦慮し，厳しい環境におかれています。
　日本国憲法に対しては，連合国，アメリカ統治下でのおし着せ憲法で問題があるので変えるべきとの意見，一方，世界に誇れる平和憲法なのだから今のままでよいとする意見等があり，私にはどちらが良いか分かりません。
　しかし，医療については，皆保険制度が赤ほど赤くはないピンク色の人達が創り社会主義的であっても，それを堅持するのが次善の策と考えます。多くの患者さんが余り勝手気ままなことを言わずに節度を持って受診するようになって，しかも応分の出費が避けられないなら増税も仕方がないと国民が理解してくれれば，この先も何とかなると思います。
　最後になりますが，診療のほかに機能評価受審などもあって忙しい中，論文を投稿していただいた皆様に感謝します。今年も，山田編集長をはじめとする編集委員各位のご努力で，本誌を発行できたことを感謝し，厚く御礼申し上げます。
参考
アキよしかわ:「日本人が知らない日本医療の真実」幻冬舎
アキ吉川:「ピンクキッドと実験国家ジャパン」Doctor’s network12