仙台赤十字病医誌 Vol. 16, No. 1, 3-6, 2007

巻頭言

勤務医,看護師不足時代を迎えて

仙台赤十字病院長

桃野  哲

新研修医制度は,市中病院から大学病院への指導医引き抜き等で日本の医療現場に混乱を招いたが,昨春第一期修了者が誕生し,当院からも2名が東北大学小児科での後期研修に旅立った。
 インターンボイコット運動以降,東北大学卒業生の卒後研修は,新研修医制度に類似した自主研修として行われていた。研修病院を将来の専攻科の教授等から紹介されて決める者もいたが,多くは学生時代に夏休み等を利用しての病院訪問や実習で研修先を事前に調査し,個人で決めていた。卒後,一部がストレートに大学医局へ入局する点で今とは異なるが,臨床医を目指す卒業生は現制度に類似した卒後研修を2ないし3年間行っていた。また,研修医を受け入れる側の病院は,東北大学艮陵協議会,三者協議会に加入して,研修中に生じる諸問題の解決等で連携していた。マッチングで研修病院が決まる新制度になってから,全国的に大学病院を選ぶ研修医が激減したと言われるが,東北大学病院は以前から多くは無かったのであまり変わったとは思えない。また,協議会加入の病院では,関東近傍を除いて新制度導入時にあった医師引き抜き被害もあまり無く,研修医もそこそこ集まっている。それは,これらの病院が,以前から学生に十分評価される卒後研修にとり組んでいたためと考えられる。
 今,東北では医師不足で困っている病院が多いが,今度の研修医制度のみが原因とは思えない。実際に無医村の定義に当てはまる地域もあるが,医師不足は正確に言えば,勤務医不足,さらに診療科では産科,小児科,麻酔科等の不足になり,当院でも,十分な人員が確保できない科の先生方には,過酷な勤務をお願いしている。
 東北の勤務医不足の原因は,いろいろと考えられる。医学部に女性が多く入学して女性医師の比率が増え,出産や子育て等で現場から外れる方も少なくない。また,入試にセンター試験が取り入れられた頃から,東北地方の医学部学生に関東以西の出身者が増えて,地元出身の学生が少なくなってきていた。東北地方の医学部は入試では全国の受験生から問題なく選ばれるが,この地の大学病院や病院は卒業生から必ずしも人気が有るとは言えず,地元に残る医師が少なく,これが東北地方での勤務医不足の一因と思える。ただし,研修先がマッチングで決まる以前から卒業生に人気があった研修病院では,それなりに医師が充足されている。
 研修終了後の診療科の決定では,3Kと言われる診療科が不人気で,今年も産科医を希望する者は少なかったそうだ。最近,勤務医を辞めて開業する40歳前後の勤務医が多い。その原因に,深夜の救急や急変患者の対応等が必要な勤務医の生活が過酷で体力的に厳しくなり,開業を選択する医師が増えたことがあげられる。若い医師から,仕事がきつく魅力が無く興味を持てないと特定の診療科が敬遠された結果,病院では診療科によっては十分な人員を確保出来なくなり,当然そこでの勤務は多忙になり,体力的に耐えられなくなった勤務医が辞めていく。そして,これが悪循環となって,程度の差はあれ,病院から勤務医がいなくなりだしている。当院でも,診療の中心となっていた勤務医が退職,クリニックを開業した後,残念ながら医師の補充が十分には出来ていない。
 18年度の診療報酬改定で,多くの病院が経営的に厳しい状況になっており,さらに,7対1入院基本料の導入で勤務医不足に加えて看護師不足の問題が起き始めている。7対1入院基本料が認可されれば,病院によっては,人件費抑制のために増やせなかった看護師を増やしても人件費を十分まかなう収入が得られること,ほんの数名の人員増でかなりの収入増が望めること等から,全国の病院で一斉に看護師の採用が始まった。東大病院は新卒看護師募集に力を入れ病院長が全国行脚をしているし,他の国立大学法人や国立病院機構でも募集に力を入れている。独立法人化でこれらの病院は,以前のように定員に縛られることなく,必要な職員を採用出来るようになったと聞いている。地方の看護学生で,卒後都市部の病院に就職を希望する者が多くなり,今勤務している病院から都会のより条件の整った病院に移動する看護師もいる。以前は,地方病院が医師不足のために病棟を閉鎖するニュースが耳に入ったが,今は看護師不足での病棟閉鎖も出てきているそうだ。当院でも,19年度は退職看護師をカバーするだけの新就職者の確保は難しそうで,頭が痛いところである。
 現在の日本の医療にまったく問題が無いとは言わないが,日本の医療費は,2005年のOECDの資料によれば,国民一人当りの医療費と対GDP比が,加盟国30カ国の中でいずれも18位であり,1位のアメリカの半分で決して高くはないし,人口当たりの医師数は先進国で一番少ない。経済財政諮問会議からは医療費を聖域としてむやみに増やすべきではないと諮問され,厚生労働省,財務省は総医療費を抑制する方向で動いている。その手始めが,昨年4月の医療費削減改定である。私は「国がもう少し国民の側を向き,将来懸念される病院閉鎖等によって日本の医療や福祉が崩壊しないように努めて,病院が患者さんのために優しい医療を提供できるような医療費に改定する」ことを要望する。
 診療報酬の改定で病院の運営は,どんどん厳しくなってきている。それに加えて,医師のみならず看護師等のスタッフ確保もままならなくなっている。勤務医,看護師不足等病院にとって厳しい状況は当分続くであろう。私は,その中で患者さんに選ばれるのはもちろんのこと,医師や看護師等職員にも選ばれて,職員が働きがいをもって勤務出来る病院を目指す努力を続けることが大切だと考えている。