仙台赤十字病医誌 Vol. 15, No. 1, 1, 2006

巻頭言

手術経験
—— 患者として,医師として ——

仙台赤十字病院長

桃野  哲

当院の基本理念は「人道博愛に基づいて医療を行い,全ての人の尊厳を護る。」で,私共は,それを実践するために自己研鑽を積み,地域の皆様の健康生活に貢献出来るように努力しています。ごく最近,私は,院内で白内障手術を受けましたので,過去の手術経験と一緒に患者としての視点で振り返り,基本理念を念頭に,医療側・外科医の眼でも見てみました。
 最初の手術は,1953年に岩手医科大学第一外科で受けた,今では当然全身麻酔の適応なのですが,局所麻酔下での交通事故による頭蓋骨陥没骨折整復術です。その後も,局所麻酔で扁桃腺摘出術,腰椎麻酔でそけいヘルニアと痔の手術を受けました。一方,術者の経験は,1971年岩手県立磐井病院外科で研修中が最初で,患者・術者いずれの経験も,初回は無我夢中でした。最初に受けた手術は,当時,まだ小学一年生だったのですが,今でも明瞭に覚えています。しかし,術者としての初手術は,その後多くの手術に関わった為か,朧になってしまいました。
 手術スタッフは,全身麻酔の手術であれば,会話にあまり気を使うことは有りませんが,硬膜外麻酔などで患者さんに意識がある場合には,かなり配慮しますし,自分の患者としての経験からも,その必要性を強く感じます。手術中,スタッフの会話はよく聞こえます。患者は,自分が見えていない所の情報収集に聞き耳を立てているので,ほんのちょっとした会話や小声でのアレ・アッ等にも反応し,内容を覚えていたり,不安を感じたりするからです。
 最初の手術では,痛みは無かったのですが,不安で何度も「痛い,痛い」と泣いて訴え,手術してくれた瀬田教授の声だったと思いますが,「坊やの名前は?」「何処の小学校だ?」などと何回も声をかけてもらったことを覚えていますし,ドリルで頭蓋骨に穴を開ける音・振動もしっかりと記憶しています。扁桃腺摘出術では,麻酔は効いているのですが切りとるところで,私には木の根を抜くように,後頭部から神経をビリビリ引き抜いていると感じたのですが,強い痛みがありました。不安,痛み,不快等の記憶が残っているこれらの手術は,今では,全身麻酔で行われており,このような体験をする子供はもういないと思います。そけいヘルニアの手術では,医師が「この糸は太すぎるぞ,ここではもっと細い糸をいつも使うだろう」などと,看護師にいわゆる教育的指導をしているのを聞き,糸はちょうど良いものに変えたのかどうか不安を感じました。自分も思わず夢中になって,手術中にやった時には,その都度反省していました。ヘルニア術後の創痛には,痛み止めを何回も使ってもらいましたが,看護師さんは「ちょっと待って」などとは言わずに,すぐに使ってくれました。扁桃腺手術時の痛み,ヘルニアの術後創痛の体験から,その後外科医として,痛みを訴える患者さんに対して,他の人よりも少しは優しくなれたと思っています。
 医局時代に大学病院で受けた痔の手術は,恩師の佐藤教授がしてくれました。その技量を知り信頼しているので,何ら不安も感じず,全く問題はありませんでした。術後,医局の先輩・同僚から創処置を受けましたが,普段見ていると乱暴で痛そうな処置をしている先輩の処置が,意外に痛みませんでした。その後一緒に回診する時,その極意を盗もうと観察し,取得したのはもちろんです。
 白内障の手術は,説明を受けて日帰り手術を選択しました。当日は,手術まで普通に仕事をし,その後年休をとりました。手術室に入り,寝てみて「手術台は狭いな」と感じ,「今まで自分が担当した患者さん達はどうだったのだろう?」,「止めて逃げるなら今のうちだ」等と考えていました。そうこうしている内に,手術開始です。「正面の灯りを見ててください。」と指示され,ぼんやりと見える正面の灯りを見つめている間に手術はどんどん進み,「今から水晶体を処置します。少し押される感じがして,ほんの少し痛いかもしれません」と説明があり,超音波で水晶体を破砕・吸引する器械の音がキーンと聞こえて,歯を抜かれるときに引っ張られるような感じが,ごく軽く数回しました。ぼんやり見えていた灯りが,徐々にクリアーになり,その後,「レンズを入れます。」の声が聞こえました。気がついたら右手を力いっぱい握って,手に汗をかいていました。間もなく,少し痛く引っ張られるように感じましたが,レンズがおさまりました。そこで先生が,「ウン?」と小さくだした声に「ウム何か有ったか」と一瞬不安がよぎりましたが,続く「アア良し」に安心し,同時に視界がとてもはっきりし,間もなく「終わりましたよ」の声,心底から素直に「有難うございました」が出ていました。手術室では,日頃一緒に働いているスタッフの励ましと思いやりにふれ,感謝感謝でした。
 1時間ほど休んでから自宅に帰り,3時間後眼帯を外してメガネをかけました。クリアーに見えるのですが,何かつらい感じがするのです。「手術直後なので想定内のことかな」と考えたのですが,少し不安を覚えました。その時,「右の近視がかなり強いので,左よりやや弱い近視になるような眼内レンズにしましょう」と説明を受けたことを思い出し,メガネを外して,左のレンズを右眼にあてて見たら,驚くほどはっきりと見えました。術後は右眼の近視の度が大きく変わり,今までの右眼が強い近視のメガネが合わず,使えなくなったのでした。手術までは,決心がつかず,いろいろと無駄な抵抗をしましたが,思い切って手術を受けた結果,世の中がスッキリ・ハッキリと見え,小学生の時,最初にメガネをかけて「ハッキリと見えた経験」を思い出し,本当に安心しました。
 私共医療従事者は,患者さんの診療に際しては,安全・安心・確実な医療を提供するように日頃から努力しています。今回,白内障の手術を受け,自分の過去の手術経験も振り返り,患者の視点から考える機会がありました。そして,月並みですが,患者さんにもっと安全でやさしい医療を提供するために,これからも力を入れて行かなければならないと思いました。