仙台赤十字病医誌 Vol. 13 No. 1, 3-8, 2004

論説

病理学の動向と芸術的直観
―― 病理形態学の美術――

東北大学名誉教授

笹野 伸昭

Trend of Pathology and Artistic Intuition
―― Fine Art in Anatomic Pathology ――

Professor Emeritus, Tohoku University

Nobuaki SASANO

要旨

病理学は形態の動きを通じて病気の本態をさぐる学問であり,観察と解析には美術にも通じるところが多いので,近代病理学を回顧して西洋美術における表現の推移と対比して論じた。
 美の感覚を表現することが主流である絵画には,病態や病死の表情を画いたものが極めて少ない。宗教画における刑死や戦争画にみられる死の姿は,もともと筋骨たくましい男性が大部分を占めるからである。解剖を主題とする場合でも写真の発達する以前の時代には,レンブラントの画のように集団的肖像画を目的とする作品の性格が表に出ている。男性ヌードのデッサンを多数画いていた後期印象派のセザンヌには病死の全身的表現を良く現わしている作品がある。病態の表情は顕微鏡下の組織や細胞に見ることができる。近年はそれらの生化学的性状を眼に見える形で裏付けることが出来るので,顕微鏡下の像の解釈は豊かとなっているが,迅速を旨とする病理診断では観察の際の芸術的直観力が大きく物を言う。


Key words: 病理解剖,表情,病理診断,光学顕微鏡,芸術的直観