仙台赤十字病医誌 Vol. 13 No. 1, 1, 2004

巻頭言

潰瘍の治療

仙台赤十字病院長

桃野  哲

本誌の第一巻は,1992年佐藤寿雄院長の時に発行されました。最近,各学会で専門医認定が始まり,申請のさいに筆頭著者の論文が要求されるようになって,医学雑誌の論文掲載が難しくなってきています。このような中で,本誌の意義は各診療科の臨床統計や,症例報告,病院各部門の皆さんからの論文を掲載することにあると思います。
 昨年の暮れ,東北大学第一外科医局時代の研究グループの忘年会が遠刈田温泉であり,久しぶりに出席しました。私が所属していたのは,胃腸の良性疾患を研究のテーマとしたグループで,消化管の筋電図や消化性潰瘍,炎症性腸疾患について研究しておりました。胃筋電図研究からは,胃潰瘍に対する幽門保存胃切除術が生まれました。胃潰瘍が手術せずに治る今は,若い外科医には早期胃癌の手術術式としてのみ知られているかもしれません。私が在籍した1975年前後は,消化性潰瘍の治療に手術が行なわれており,学会では,術後再発の予防についての討論がされていました。当時,潰瘍の患者さんが手術目的で入院すると,最低で3回,ガストリン,ヒスタミン,インスリン刺激での胃液検査が行なわれ,胃酸,ペプシンの測定が行なわれました。退院直前と術後数年してからも検査入院していただき,同様な胃液検査が行なわれました。この胃液検査は,研究班の新入りの仕事で,毎朝のようにしなければならず,時間が拘束され大変な仕事でした。
 しかし,時を同じくしてヒスタミンH2受容体拮抗薬のcimetidineが潰瘍治療薬として発売され,その後も続々新薬が市販されることになり,潰瘍は切らずに治るようになりました。最近,胃十二指腸疾患をめぐる動向はヘリコバクターピロリを中心にして展開しており,潰瘍はもちろんのこと,胃炎,胃癌,胃悪性リンパ腫などほとんどの胃・十二指腸疾患がヘリコバクターピロリ感染で説明されようとしています。その除菌で潰瘍は治り,再発も少なく,胃液検査はほとんどされず過去の検査になっています。忘年会の席で医局時代の思い出話に花が咲いているとき「あの胃液検査はなんだったんだろう」とのつぶやきが聞こえ,皆が顔を見合わせました。今は手術治療が主な癌も,消化性潰瘍のように,そのうち薬で治る時代がくるかもしれません。