第六十一回北日本放射線腫瘍学研究会 1)『T2声門癌の照射野内再発例の検討』

 

1)『T2声門癌の照射野内再発例の検討』
北海道がんセンター 放射線科
沖本 智昭

背   景
 早期声門癌の治療方法は,根治的放射線治療が第一選択となる。その理由は二つで,声帯機能を喪失する事なく完治が可能という事と切除に匹敵する高い完治率が得られる事にある。
 しかし切除のように物理的に癌を取り除く治療法と異なる放射線治療は,低酸素環境にある一部のがん細胞や癌幹細胞が放射線抵抗性を示した場合や他の様々な理由により一部のがん細胞が生き残り照射野内から再発するという症例が存在する事が大きな問題である。



目的と対象
 2008年1月から2012年10月まで北海道がんセンターで根治的放射線治療が施行されたT2声門癌をレトロスペクティブに解析し,照射野内再発を来す理由を検討する事を目的とした。症例数は13例で全例男性,年齢は60歳から94歳で中央値72歳,80歳以上の高齢者が5名含まれていた。
 病理組織型は全例扁平上皮癌であった。
 治療法は放射線単独療法が5例,化学放射線治療が8例で,放射線治療に関しては全例4MV-X線で一回2.5 Gyの照射を週4回法で計26回(総線量65 Gy)施行した。
 13例中照射野内再発を来した症例は1例のみであった。
 生存は11例,死亡2例で,死亡原因は全て他病死であった。


症   例
 照射野内再発を来した唯一の症例について詳細を示す。
 60歳男性で初診時ECOG-PSは0。既往歴はアルコール性肝硬変で平成16年から加療中で肝細胞癌に対して平成22年にラジオ波焼灼術が施行されている。
 喫煙歴は一日15本を40年間で飲酒歴は一日4合を40年間であった。
 職業は自営業。父が肺癌,兄弟に直腸癌という癌に関する家族歴があった。
 現病歴は,平成24年7月に嗄声を自覚し近医を受診した。精査の結果,T2N0M0声門癌と診断され北海道がんセンター放射線科へ紹介された。声門癌は左声帯全体から前交連と声門下へ進展していた(図1)。頸部リンパ節転移や肺等への遠隔転移はなく,T2N0M0のII期声門癌と診断した。治療方針については,Child-Pugh Bで血小板が約3万という進行した肝硬変を有するため化学療法は困難と判断し,放射線単独療法を選択した。
 放射線治療の詳細は,4MV-X線,左右対向2門照射で30度のウエッジフィルターを使用した。照射野は横6 cm縦7 cmの矩形で,一回2.5 Gyの週4回照射を計26回(総線量65 Gy)施行した(図2)。照射中は順調に腫瘍は縮小し照射終了時点で腫瘍は消失していた。急性期有害事象としてGrade 1の皮膚炎と喉頭炎を認めたのみで照射休止期間はなく総照射期間は43日間であった。ただし照射後は局所の炎症が通常より長く続き,約一年後に左声門に局所再発を来したため紹介元の耳鼻咽喉科で切除が施行された。

図1. T2声門癌の照射野内再発例


図2. T2声門癌の照射野内再発例



考   察
 照射野内再発を来した本症例を他症例と比較した結果,二つの因子が再発に関与している可能性があると考えられた。
 一つ目はT2症例にもかかわらず放射線単独療法を選択した事である。頭頸部癌診療ガイドライン2013年版では深部浸潤を伴うT2声門癌に対しては化学放射線療法が推奨されている(文献1)。本症例は化学放射線治療を完遂できればベストと考えたが,進行肝硬変のため治療前の血小板が3万と少なく,化学放射線治療を選択した場合,血小板減少等の急性期有害事象による照射休止で照射総治療期間が延長したり(総治療期間の延長は声門癌の局所制御率と低下させる事は周知の事実である)最悪の場合は治療を完遂できない可能性を懸念して放射線単独療法を選択した経緯がある。本症例の治療方針に問題は無かったと考えるが,深部浸潤を伴うT2声門癌では可能な限り化学放射線治療を選択すべきと考える。
 二つ目は照射中にもかかわらず隠れて喫煙を続けいていた事である。照射後も粘膜炎が長く続くため尋ねたところ照射中喫煙の事実が判明した。頭頸部癌,食道癌,肺癌の放射線治療において照射開始前から禁煙指導する事は一般的であるが,実際照射中に喫煙していた症例の再発や予後に関するデータはほとんど無く,検索した結果2011年のChenらの報告のみであった。この報告では米国の医療記録から頭頸部扁平上皮癌に対する放射線治療中に喫煙を続けていた101人を特定し(以下,喫煙群),喫煙群とマッチングさせた非喫煙群と治療成績を比較したところ,局所制御率で喫煙群58%,非喫煙群68%とわずかだが有意に喫煙群が不良であった。5年全生存率は喫煙群23%,非喫煙群58%と明らかに喫煙群が低かった(文献2)。
 照射中の喫煙が局所制御率を低下させる理由として,喫煙により吸収したニコチンが末梢血管を収縮し,更に一酸化炭素が血中の一酸化炭素ヘモグロビンを増加させる事で腫瘍内部に通常より強い低酸素環境が起こる事が考えられる。
 腫瘍内部に低酸素環境が起これば,腫瘍細胞内にHypoxia inducible factor-1α(以下HIF-1α)が増加し,それにより腫瘍細胞が放射線抵抗性となる事は,膠芽腫,乏突起膠腫,リンパ節転移陰性のI/II期乳癌,早期子宮頸癌,卵巣癌,中咽頭癌等で報告されている(文献3)。HIF-1αに関する事項を図3に示す。


図3. 低酸素誘導因子(HIF-1)とは?



ま と め
 声門癌に対する根治的放射線治療後の照射野内再発がなぜ起こるかその理由は未だ明らかではないが,今回の検討からは照射中の喫煙は再発の大きな危険因子である可能性が示唆された。また浸潤が強いT2以上の症例では可能な限り放射線単独療法より化学放射線治療を選択すべきと思われた。



参考文献
 1)頭頸部癌診療ガイドライン2013年版 金原出版.
 2)AM Chen et al. Tobacco Smoking During Radiation Therapy for Head-and-Neck Cancer Is Associated With Unfavorable Outcome. Int. J. Rad. Oncol. Bio. Phy., 79, 414-419, 2011.
 3)沖本智昭,池田栄二.HIF(hypoxia-inducible factor)診断変.病理と臨床,Vol. 29, 277-280, 2011.