1)『Stage I食道癌に対する化学放射線療法の治療成績 〜ESD後の予防的化学放射線療法の有用性の検討〜』
川口 弦・小日向 美華
佐藤 啓・田中 研介
金本 彩恵・山名 展子
阿部 英輔・海津 元樹
青山 英史
はじめに
転移を認めない表在型食道癌のうち壁深達度がm1, m2の場合,内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopic submucosal dissection;ESD)が主要な治療選択肢の1つになっている。しかし,粘膜筋板まで浸潤する場合(m3),粘膜下層に浸潤する場合(sm)に関してはリンパ節転移の可能性があり,その頻度は10%から60%程度と報告されている。そのため,ESD治療後の病理学的深達度がm3以深かつ脈管侵襲陽性の場合,あるいは深達度がsmの場合はリンパ節転移を考慮した追加治療が必要となる。そのような状況において現時点では3領域郭清術がもっとも標準的な治療と考えられる。しかし,予防的治療としては侵襲が大きい。そのため,当院ではESD後の予防的治療として,化学放射線療法(CRT)が多く施行されている。
目 的
食道癌T1N0M0の症例に限定してESDとCRTの併用療法群(ESD-CRT-group)とCRT単独療法群(CRT-alone-group)を比較することにより,ESD+CRTの局所再発率,リンパ節転移予防の効果,有害事象,および治療の有用性を検討する。
方 法
2000年10月から2011年12月までの期間において化学放射線療法を施行されたm3以深の表在型食道癌47人の治療成績をRetrospectiveに評価した。
ESD施行後に,壁深達度がm3かつ脈管侵襲が陽性,あるいは壁深達度がsmであった16人に対し,予防的化学放射線療法が施行された(ESD-CRT-group)。他の31人はCRT単独にて治療された(CRT-alone-group)。(表1)
図1. 患者背景
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CRT
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ESD+CRT
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症例数 |
31例 |
16例 |
年齢 |
33〜80歳(中央値68) |
42〜77歳(中央値65) |
性別 |
男 25例,女 6例 |
男 15例,女 1例 |
観察期間 |
2.5〜93.1ヵ月
(中央値 34.2) |
6.5〜78.4ヵ月
(中央値 39.0) |
病変部位 |
Ut:1例,Mt:18例,Lt:9例
Ce:2例,Ae:1例 |
Ut:1例,Mt:10例,Lt:5例 |
深達度 |
M:5例
SM:26例 |
M:2例
SM:14例 |
図2. 治療方法
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CRT
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ESD+CRT
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線量 |
54〜69.4 Gy
(中央値66G y) |
60 Gy 6個
40 Gy 9個
44 Gy 1個 |
照射野 |
Long T 11例
Short T 3例
局所 17例 |
Long T 15例
Short T 1例
局所 0例 |
開始時
照射門数 |
前後対向2門 23例
3門以上8例 (2007年12月以降3門)
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前後対向2門 3例
3門以上13例
(2006年11月以降3門) |
化学療法 |
Standard FP 12例
Low dose FP 6例
Low dose 5-FU 9例
その他 4例
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Standard FP 10例
Low dose FP 4例 Low dose 5-FU 2例 |
ESD-CRT-groupのうち,4人はCT上は有意でないPET陽性リンパ節転移に対して,2人はESD断端陽性部に対して,60 Gyまでの追加照射を施行された。(計6人が60 Gy/30回)
CRT-alone-groupでは,14人が予防領域を含めて照射され,17人が局所に限局して照射された。同群の総線量
は54〜69.4 Gy(中央値66 Gy)であった。
予防領域に対しては40 Gy/20回〜44 Gy/22回の線量が投与された。
化学療法としては,5-FUとシスプラチン(Standard-dose FP か low-dose FP),あるいは5-FU単独(low-dose 5FU)を主に併用した。(表2)
統計学的解析法としてカプランマイヤー曲線,ログランク検定,フィッシャー正確確率検定を使用した。観察期間中央値はESD-CRT-groupでは39ヵ月,CRT-alone-groupでは34.2ヵ月だった。(p=0.68)
図3. 再発形式
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照射野内再発 |
照射野外再発 |
合計 |
CRT
31例 |
症例数(%) |
7例 (22.6%) |
1例 (3.2%) |
8例(25.8%) |
再発形式 |
局所再発 6例
骨転移 1例 |
リンパ節転移 |
ESD+CRT
16例 |
症例数(%) |
0例 (0%) |
1例(6.3%) |
1例 (6.3%) |
再発形式 |
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リンパ節転移 |
※治療前に原発巣が存在した部位から癌が出現した場合を局所再発とする。
図1. 余生存率
3年全生存率CRT-alone-group63.2%, ESD-CRT-group90.0% (p=0.12)
結 果
CRT-alone-groupでは8人(25.8%),ESD-CRT-groupでは1人(6.3%)に再発があった(フィッシャー正確確率検定 p=0.107)。リンパ節転移の再発は両群にそれぞれ1例ずつ認めたが,いずれも照射野外だった。注目すべきこととしてCRT-alone-groupでは6人(19%)に局所再発があったのに対し,ESD-CRT-groupでは局所再発はなかった。しかし,二群間に有意差はなかった(フィッシャー正確確率検定p=0.069)。(表3)
3年全生存率はCRT-alone-groupでは63.2%,ESD-CRT-groupでは90.0%だった(p=0.12)(図1)。3年原病生存率はCRT-alone-groupでは74.1%,ESD-CRT-groupでは90.0%だった(p=0.34)。
Grade3の食道狭窄がESD-CRT-groupでは4人(25%),CRT-alone-groupでは1人(3%)に生じた(p<0.00009)。その他の有害事象に関しては二群間に有意差はなかった。
結 論
本研究は後ろ向き研究であるという制限はあるが,今回の結果から表在型食道扁平上皮癌に対し,ESD後に予防的化学放射線療法を追加する方法は,安全で効果的であると考えられる。特に粘膜下に浸潤が疑われるような場合では,この併用治療は化学放射線療法単独治療よりも効果的である可能性がある。