第五十六回北日本放射線腫瘍学研究会 2) 『高齢者脳転移放射線治療におけるstereotactic radiosurgryの意義』

 

2) 『高齢者脳転移放射線治療におけるstereotactic radiosurgryの意義』
岩手県立中央病院 放射線治療科
真里谷   靖・関 澤 玄一郎
松 岡 祥 介
はじめに
 最近我々は,肺癌脳転移例におけるstereotactic radiosurgry(SRS)の治療成績について報告している1), 2)。今回は,かつて想定された以上の超高齢社会となった現代日本での高齢者脳転移放射線治療において,SRSが有する臨床的意義を検討,考察した。
背 景
 高齢あるいは加齢というものの本態を考える上で,細胞内の代謝の変化(劣化)は大きな意味を持つ。特に,metabolic triad,即ち,ミトコンドリア,reactive oxygen species(ROS),細胞内Caホメオスターシスに関する機能変容が重視される3)。これらmetabolic triadに関わる機能が低下すると,ATP産生低下,フリーラジカル産生増加,ミトコンドリアの膜の慢性的脱分極による刺激不応性出現などの現象がみられるようになり,結果として細胞の恒常性維持機能(余備能)が低下する。さらに,余備能低下は代謝面での過剰負荷に対する脆弱性につながり,様々な細胞変性を来たす要因となる。
 これら代謝の変化は全身的にみられるものだが,脳神経組織を構築する細胞群についても例外ではなく,図1に示す如く余備能低下と加齢に伴う代謝的負荷増大により,脳神経組織が変性に陥る可能性が増大する3)。そして放射線の間接効果はROSに直結し,強力な代謝的負荷として細胞に作用する。
 実際の臨床においても,全脳照射(WBRT)施行例において,加齢が認知機能低下の重要なリスクファクターであることは知られている4)-6)。またラットを用いた実験で,脳照射を行うと若いラットに比べて高齢のラットでinflammatory responseが強く出現し,これが認知機能低下に関連することを示した報告がある7)。 この場合,照射に伴うinflammatory responseが高齢ラット脳神経組織の余備能を超えた代謝的過負荷に関連すると考えられる。
 この様な観点から我々は,高い標的線量集中性ないしは標的外脳神経組織に関する照射回避,良好な局所制御,最短の治療期間などの長所を有するSRSが,脳転移を有する高齢者というsubpopulationでは,同様の青壮年患者が対象となる場合よりもコスト・ベネフィット比が高い治療オプションになり得ると推測し,今回の検討に入った。


図1. Decreased homeostatic reserve:relationship between ageing and neurodegeneration.
(Toescu et al.3) より引用,改変)


対象および方法
 対象は,平成15から22年の期間に,当院において転移性脳腫瘍をSRSで治療し経過観察を行った75歳以上の高齢者30例である。年齢の中央値は77歳,範囲は75〜85歳であった。性別は男性が24例,女性が6例。PSは,0-1が19例,2-3が11例であった。原発部位は,肺が25例と大部分を占め,その他が5例(胃,直腸,腎,乳房,甲状腺 各々1例)であった。活動性頭蓋外病変は,有が27例,無が3例であった。RPA-Class8) は,Class-2が17例,Class-3が13例であった。
 SRSを含む放射線治療の技術については本研究会で以前報告しており9),これを参照されたい。当院における基本的な方針は,MRI上脳転移巣が1〜3(4)個で生命予後が約3ヶ月以上期待できる場合にはSRS aloneで治療し,適応があればSRSを反復してsalvage治療として用いる(repeat SRS: RSRS)1), 2)。脳転移巣が3(4)個を超える多発性の場合や生命予後不良と判断される場合は,WBRTを用いる。経過観察は脳神経外科医が中心となって最低3ヶ月に1回程度の頻度で定期的に行い,MRIによる経時的画像診断で新病巣の出現に素早く対処するというものである。なお,今回の対象においてはRSRSで同一箇所再照射を行ったケースはなく,RSRSは新たな頭蓋内遠隔転移としての脳病巣に対して行った。このため,SRSのprescribed doseは何れの標的に対しても25 Gy(アイソセンター)であった1)
 原発病変あるいは頭蓋外病変に対する併用療法は,30例中15例に行った。内訳は,全身化学療法が6例,放射線治療が3例,化学放射線療法が2例,インターフェロン投与が1例,131-I内用療法が1例であった。残り15例(50%)は,頭蓋外病変に関しては無治療であった。頭蓋内のsalvage治療は,30例中22例で行った。内訳は,RSRSが7例(うち1例は外科的摘除術併用),WBRTが13例,RSRSの後final salvageとしてWBRTを加えたものが2例であった。
 経過観察期間は,1〜72ヶ月(中央値:7ヶ月)であった。
結 果
 1.SRS施行回数および標的個数
 SRS施行回数は,1回のみが21人,2回以上反復したもの(RSRS)が9人であった。後者は,2回が6人,3回が2人,4回が1人であった。図2aにセッション毎の標的個数を示す。1回目は平均1.7個(1-4個),2回目は平均1.8個(1-3個),3回目,4回目は各々1個ずつであった。図2bには,標的病変の総数を示す。1個が12人,複数個所が18人であった。後者は,2個が7人,3個が4人,4個が5人,5個が2人であった。
 2.生存率およびmedian survival time(MST)
 Kaplan-Meier法による全30例の2年累積生存率は21%,5年生存率は16%,MSTは10ヶ月と良好な結果であった(図3)。対象の半数で頭蓋外病変が放置されていたことを考慮すると,予想以上の好成績といえた。


図2. SRSセッション毎の標的個数(a;平均と範囲)と一人あたりの総標的個数の分布(b)


図3. Kaplan-Meier法による全30例の累積生存曲線


図4. Kaplan-Meier法による全30例の累積中枢神経死回避率曲線


 3.中枢神経死
 中枢神経死はよく回避されており,死亡例21例中3例のみで脳転移が制御できずに直接死因となった。それ以外の死亡例は,頭蓋外活動性病変の増悪が直接死因であった。累積中枢神経死回避率は,2,5年何れも86.5%であった(図4)。
 4.中枢神経所見
 痙攣,神経脱落症状,頭痛の主要三症状の発現・増悪に基づく神経所見評価(Bhatnagar, et al.10))についてみると,30例中25例(83%)において新規の症状発現や増悪(neurological decline)を認めなかった。
 5.有害事象
 中枢神経系におけるgrade 3-4の有害事象(CTCAE v3.0)は認められなかった。

表1. 予後因子解析
予後因子解析(K-M法,Cox回帰)
Factor Univariate (K-M/Logrank)
p-value
Multivariate (Cox)
p-value
Age (-79/80-) 0.606 0.599
Gender (M/F) 0.700 0.588
PS (0-1/2-3) 0.153 0.242
Primary (Lung/Others) 0.944 0.727
AECL (Y/N) 0.056 immature
Tx to Primly (None/Yes) 0.902 0.749
Combined Tx (Y/N) 0.440 0.188
Total No. of Target (1/2-) 0.710 0.425
RSRS as salvage (Y/M) 0.383 0.079
WBRT (Y/N) 0.799 0.285
RPA-Class (2/3) 0.125
注)AECL:活動性頭蓋外病変。Tx to Primary:原発巣に対する根治的治療。Combined Tx:積極的併用療法。RSRS:repeat SRS。RPA:Recursive partitioning analysis8)

 6.予後因子解析
 表1に示す予後因子について,overall survivalをendpointとして単変量解析(logrank検定),多変量解析(Cox回帰分析)を行ったところ,何れにおいても統計学的に有意な予後因子は認められなかった。単変量解析で頭蓋外病変の有無,多変量解析でRSRSの有無がmarginally significantであった。
 7.長期生存例
 2年以上生存した長期生存例は,4例であった(表2)。最長は甲状腺癌の女性で,SRSは現在まで4セッション行い,総標的個数は5個となった。同例は,放射性ヨードで肺転移を治療しつつ脳転移にSRSを繰り返したが,左前頭葉の転移巣一箇所は反応が十分でなくsalvage手術が併用された。しかし,初回SRSから6年経過した現在も82歳で生存,ADLは良好に保持されている。5年以上生存例はもう1例あった。同例は術後肺癌の再発で,孤発性脳転移に対する一度のSRSにより転移巣は消失した。併用療法は行っていないが,良好なADLを保ちつつdisease-freeにて現存(85歳)している。

表2. 長期生存例(2年以上)の一覧
長期生存症例(2年以上生存)
Case Age Gender PS Prim AECL RPA-CI SRS-Nr To-TNr Mths A/D N D
1. 76 F 1 Thyroid Y 2 4 5 72 A N*
2. 80 M 1 Lung N 2 1 1 65 A N
3. 75 M 0 Lung Y 2 1 3 36 A N
4. 75 M 0 Lung Y 2 2 2 26 D N
Cf) Prim:primary site. AECL:active extracranial lesion. RPA-Cl:RPA-Class. SRS-Nr:number of SRS session. To-TNr:totaI number of target lesion. Mths:months. A/D:alive/dead. ND:neurological decline. *Surgical salvage (+).

考 察
 今回の結果は,高齢者というsubpopulationにおいても,我々が脳転移のSRSで用いてきた基本方針1),2) を同様に適用できることを示している。高齢者における治療成績は,75歳未満の患者を加えたpopulation全体における治療成績と比較しても特に遜色はなく1),中枢神経所見は良好に保持されていた。
 中枢神経の放射線治療において最近話題になっているのが,通常耐容線量とされる線量の照射による脳機能低下,特に認知機能の低下である。Aoyama11)やChang12)が指摘したように,脳転移に対するSRSを施行する際にupfront WBRTを併用すると認知機能障害など高次脳機能への影響を否定できないことが知られている。加えて,冒頭で述べたようにWBRTに伴う認知機能低下は加齢に従って発現しやすくなると考えられる4)-6)
 これらを考慮すると,高齢者の脳転移に対する我々の方針,即ち,適応がある限り初回でWBRTは用いずにSRSおよびsalvage治療としてのRSRSを活用することは,理に適っているものと思われる。また,興味深いのは,今回の対象の殆どに活動性頭蓋外病変が存在していたものの,これらに対する併用療法は半数(50%)にしか行われなかったという事実である。これは,高齢者の全身的な余備能やPSを考えれば当然とも言えるが,それでもMSTは10ヶ月と良好であった。最終的な直接死因は大部分が頭蓋外病変増悪によるとしても,高齢者の場合には病勢の進行が比較的穏やかな場合が多く,頭蓋外病変に対して青壮年の患者に対するのと同様の併用療法を考慮する必要性は高くないと推察された。換言すれば,高齢者の脳転移を治療する場合には,脳転移そのものの制御と脳機能保持を図ることだけでも予後やQOLに寄与できるものと考えられた。
 ただし,高齢になるほどPS,余備能などの個人差が大きくなることは一般に経験されることである。併用療法に十分耐え,予後改善に寄与すると判断される場合には,青壮年の患者に対すると同様の治療方針を選択することもあり得る。従って,高齢者こそ治療方針の個別化に十分な注意が払われるべき対象であり,治療者の知識,経験と生物学的,臨床的判断が重要になると言えるであろう。
ま と め
 中枢神経組織を含め余備能が低下した高齢者においては,脳機能保持を図りつつ中枢神経死を回避し得るSRSは,脳転移を有する癌患者の治療法として優れたオプションの一つと考えられる。
文 献
1) Mariya, Y. et al. Outcome of stereotactic radiosurgery for patients with non-small cell lung
  cancer metastatic to the brain. JRR, 51, 333-342, 2010.
2) Mariya, Y. et al. Repeat stereotactic radiosurgery in the management of brain metastases
  from non-small cell lung cancer. TJEM, 223, 125-131, 2011.
3) Toescu, E. C. Normal brain ageing:models and mechanisms. Phil. Trans. R. Soc., 360,
  2347-2354, 2005.
4) Brandes, A. A., et al. Radiotherapy of the brain in elderly patients. Contra.
  Eur. J. Cancer, 36, 447-451, 2000.
5) Swennen, M. H., et al. Delayed radiation toxicity after focal or whole brain radiotherapy
  for low-grade glioma. J. Neurooncol., 66, 333-339, 2004.
6) Omuro, A. M., et al. Delayed neurotoxicity in primary central nervous system lymphoma.
  Arch. Neurol., 62, 1595-1600, 2005.
7) Schindler, M. K., et al. Aging-dependent changes in the radiation response of the adult rat
  brain. IJROBP, 70, 826-834, 2008.
8) Gasper, L., et al. Recursive partitioning analysis (RPA) of prognostic factors in three
  radiation oncology group (RTOG) brain trials. IJROBP, 37, 745-751, 1997.
9) 真里谷靖,ほか.非小細胞肺癌脳転移に対するrepeat SRS. 第五十四回北日本放射線腫瘍学研究会記録.
  http://www.sasappa.co.jp/online/scty.php
10) Bhatnagar, A. et al. Analysis of repeat stereotactic radiosurgery for progressive primary
  and metastatic CNS tumors. IJROBP, 53, 527-532, 2002.
11) Aoyama, H. et al. Neurocognitive function of patients with brain metastasis who received
  either whole brain radiotherapy plus stereotactic radiosurgery or radiosurgery alone.
  IJROBP, 68, 1388-1395, 2007.
12) Chang, E. I. et al. Neurocognition in patients with brain metastases treated with
  radiosurgery or radiosurgery plus whole-brain irradiation: a randomized controlled trial.
  Lancet Oncol., 10, 1037-1044, 2009.