1) 『北海道大学病院での高齢者に対する放射線治療』
はじめに
日本の高齢者の割合は大きく増えている。それに伴い高齢癌患者も増えているが,全身状態や臓器機能の点で手術より侵襲が低いとされる放射線治療に高齢癌患者が紹介されることが多い。現在の高齢者に対する放射線治療の状況を検討し,経験の多い疾患や逆に経験の少ない疾患を把握することは,個々の高齢癌患者に適切な放射線治療を考える上での基礎データとなると思われる。
高齢癌患者に対する放射線治療の状況を把握して今後の高齢癌患者に対する放射線治療のあり方を検討することを目的に,北大病院で放射線治療を受けた高齢者の割合の推移や照射部位を調べた。また,最近放射線治療を受けた高齢癌患者の経過も紹介し,高齢癌患者に放射線治療を行う際の注意点などを考察する。
対象と方法
北大病院の放射線治療患者データベースを検索した。対象は1985年から2010年の間に放射線治療を受けた患者とし,その期間の患者数,年齢構成,初回照射部位の推移を検討した。複数回の放射線治療を受けた患者は,初回の放射線治療を受けた時点のみを対象とした。また,肺癌に対する体幹部定位放射線治療を受けた症例,および子宮頚癌に対して放射線治療を受けた症例の経過を紹介する。
結 果
北大での放射線治療患者の年齢構成の変化を図1に示す。75歳以上の患者さんが増加傾向がわかる。
図1. 北大での放射線治療患者の年齢構成の変化
表1. 75歳以上の人数
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脳脊髄 |
頭頸部 |
食道 |
肺・縦隔 |
乳房 |
腎臓・ 尿路系 |
前立腺 |
婦人科 |
骨 |
1985- 1989 |
2 |
45 |
9 |
17 |
2 |
3 |
2 |
26 |
5 |
1990- 1994 |
16 |
94 |
18 |
17 |
4 |
1 |
6 |
33 |
22 |
1995- 1999 |
26 |
65 |
16 |
29 |
3 |
6 |
15 |
37 |
47 |
2000- 2004 |
50 |
97 |
20 |
92 |
14 |
12 |
27 |
39 |
84 |
2005- 2009 |
58 |
82 |
19 |
157 |
30 |
34 |
43 |
24 |
105 |
表2. 80歳以上の人数
|
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脳脊髄 |
頭頸部 |
食道 |
肺・縦隔 |
乳房 |
腎臓・ 尿路系 |
前立腺 |
婦人科 |
骨 |
1985- 1989 |
0 |
6 |
2 |
2 |
0 |
0 |
0 |
1 |
2 |
1990- 1994 |
4 |
37 |
9 |
1 |
1 |
0 |
1 |
12 |
6 |
1995- 1999 |
9 |
28 |
7 |
12 |
0 |
4 |
5 |
15 |
15 |
2000- 2004 |
15 |
34 |
7 |
33 |
4 |
7 |
6 |
20 |
32 |
2005- 2009 |
11 |
41 |
6 |
83 |
6 |
26 |
9 |
11 |
39 |
表1に5年間毎の初回照射部位別の75歳以上の人数の推移を示す。また,表2には5年間毎の初回照射部位別の80歳以上の人数の推移を示す。2005年から2009年の間で,75歳以上の患者が多かった部位は肺癌,頭頚部癌,骨(大部分骨転移)であった。80歳以上でも同じ順位であった。
次に最近経験した患者を紹介する。
症例1
90歳男性。
12月19日に海外旅行帰国後より息切れが出現し,近医を受診し肺炎の加療を行った。ICUで人工呼吸管理などしたが,翌年3月22日に退院した。入院中の精査で左下葉に腫瘍が見つかり,扁平上皮癌(cT1N0M0)の診断となった。
6月16日に当院を紹介された。
図2に治療前のCTを示す。
体幹部定位放射線治療(48 Gy/4回,isocenter指示)を行い,3年無病生存している。
図2. 治療前CT
図3. 治療前MRI
症例2
93歳女性。
12月に不正性器出血有り。翌年2月に胸腰椎圧迫骨折にて入院中に子宮頚癌(stage Ib1)の診断となり,同年3月に当院紹介となった。
治療前のMRIを図3に示す。
3月24日より1.8 Gy/frで全骨盤照射を開始したところ,4月1-2日にかけて夜間せん妄が出現した。4月4日には大量の排便後に血圧低下をきたし,放射線治療を休止した。翌4月5日に照射を再開したが,せん妄のため神経科を受診し,レスリンが処方された。4月8日に38度の発熱が出現し,クラビットを開始した。3日後の4月11日には解熱したものの腹痛・下痢が出現し,クラビットを中止した。さらに3日後の4月14日には37.5度の発熱,下痢が出現したため,4月15日-18日まで照射を休止した(16日,17日は土日)。4月20日に何とか外照射を終了(30.6 Gy/17回)した。4月22日〜5月9日までRALS(30 Gy/6回)を施行し放射線治療を終了とした。
放射線治療中に軽度夜間せん妄が出現したものの日中の意識障害はなかったため,放射線治療を終了できた。
考 察
放射線治療は比較的侵襲が少ないとされており,臓器機能や予備力の低下した高齢癌患者さんが紹介されることが多くなってきている。北大病院ではこの10年間は高齢者の治療患者数が増加している。特に肺癌の増加が著しく,要因の1つは体幹部定位放射線治療の浸透にあると思われる。体幹部定位放射線治療は症例1に示したように放射線治療による急性期反応や有症状の晩期反応を生じることなく治癒させることも可能であり,適応とされれば高齢患者に非常にやさしい治療であると言える。しかし,それなりの急性期反応が出る可能性がある部位・疾患については,放射線治療は高齢者でも低侵襲と言い切ることも出来ない。実際に症例2で経験したような治療中のせん妄やその他の問題が発生することもあり,中年までであれば問題のない放射線治療も高齢者になると難しくなる部位・疾患もある。そのような部位に病変のある高齢癌患者に放射線治療を行う場合には注意が必要であると思われる。
私見であるが,高齢者への放射線治療の適応を考えるにあたり重要な評価項目としては,臓器予備能,日常の活動性,合併症,栄養状態などが考えられる。また,放射線治療中も急性期放射線反応への早めの対応が必要と思われる。治療計画を立てる段階でも,照射野や線量に配慮が必要と思われるが,明確な根拠を持って行うためには臓器予備能と急性期反応の関連について研究する必要があると思われる。