4) 体幹部定位放射線治療の導入にあたって
― 弘前大学病院における初期経験 ―

   
弘前大学医学部附属病院 放射線科
青 木 昌 彦・阿 部 由 直
近 藤 英 宏・畑 山 佳 臣
川 口 英 夫
はじめに

独立行政法人化後の大学病院は,独立採算制になるとともに毎年1% の補助金削減という逆風が吹く中,如何にして収益を上げるかで四苦八苦している。平成16年4月に体幹部定位放射線治療の保険収載が決まり,弘前大学でも附属病院の収益増に少しでも寄与すべく,体幹部定位放射線治療に着手した。体幹部定位放射線治療に付いた高額の保険点数は,通常分割照射しか行ってこなかったわれわれにとって確かに魅力的ではあったが,集光照射とはいえ呼吸に伴って動く腫瘍に対して大線量を与えるのは,正直言って恐ろしい。臨床経験は少ないものの,体幹部定位放射線治療を実際に行ってみて,気が付いた点や問題点を挙げるとともに,初期経験について報告する。

導入に至るまで

弘前大学医学部附属病院では,平成13年に放射線治療システムを刷新した。そのコンセプトは,少ないマンパワーで如何に効率よく合理的に放射線治療を行うかに尽きるが,その中には将来を見据えた高精度放射線治療に対応することも含まれていた。呼吸位相同期に対応できる4列のマルチCTや,トリプルエネルギーのライナックは,年々増え続ける放射線治療患者への対応で酷使しすぎたため,部品の一部は耐用年数を過ぎる前に交換を余儀なくされ,部品の供給が止まれば,いつ寿命が尽きてもおかしくない状態となっている。しかし,動体追跡装置を備えたライナックの導入には莫大な設備投資を必要とし,経営効率と医療経済が重要視されるこのご時世では,今ある設備を使ってできる範囲内のことをするしか選択の余地はない。

腫瘍 臓器の動きの制限

呼吸移動のある腫瘍に対して照射を行う場合,充分なinternal margin(IM)と施設の状況や固定法に応じたset-up margin(SM)をつけてPTVを設定することは,従来の放射線治療であれば常識であるが,体幹部定位放射線治療では大線量を投与するため,IMとSMは少ない方が望ましい。IMを少なくする工夫として,弘前大学ではAZ-733III (安西総業)を用いて呼吸同期でCTを撮影し,実際に同装置を用いて照射も行ってみた。その結果,呼吸同期でCTを撮影すると非同期(浅い呼吸)と比較し,CT画像再構成での画質が明らかに良く,IMを減らせると思われた。しかし,実際に呼吸同期照射を行ってみると,位相波の波形がCTと治療器で一致するとは限らず,また,閾値の設定が悪いとビームがなかなか出ないために,照射時間が数倍に増えることが問題となった。一方,呼吸停止も試みたが,毎回同じ位置で患者が呼吸を停止する保障がなく,ビームが出ている時間中,呼吸を停止し続けることも困難であるため,実用的ではないと判断するに至った。

患者の固定

平らなベッドに患者を寝かせるよりも,患者の背中の形に一致した固定具を用いた方が患者の動きは少ないはずだとの考えのもと,患者の固定には,当初,VAC LOK(東洋メディック)を使用した。しかし,金マーカーの挿入は行っておらず,金マーカーを検出できる透視装置も治療機には備わってはいないので,患者のセットアップには,体表面に書かれた印を基準にするしか手立てはない。VAC LOCにすっぽりと患者が納まれば,確かに患者の動きは抑制されるが,治療計画や毎回の照射のたびに,その中に患者が同じように納まるとは限らず,レーザービームと印を一致させることにこだわると,セットアップに時間がかかり過ぎることが問題となった。
そこで,乳房温存療法で用いている固定方法と同様に,モールドケアとサーモシェル(アルケア)を用いて挙上した上肢と頭部を固定する方法を体幹部定位放射線治療に流用した。その結果,固定具を作成する時間やセットアップにかかる時間が大幅に短縮され,体の傾きに対する補正もよりやりやすくなった。ただし,患者の背中がタオル一枚を隔てて硬いベッドに乗るため,痩せた患者では多少の我慢を要するが,治療時間の短縮によるメリットは大きく,治療中における患者の苦痛も許容範囲内であった。

体幹部定位放射線治療の適応

以上の点を考慮した結果,患者の固定にはモールドケアとサーモシェルを用い,あらかじめX線シミュレーターで選び出した呼吸移動の少ない腫瘍(移動距離が1 cm以内)に絞って体幹部定位放射線治療を実施することとした。更に実際の治療にあたっては,フラットパネルを用いて照射の門ごとにライナックグラフィーをリアルタイムで撮影し,腫瘍陰影が照射野内に確実に納まっていることを毎回の治療時に確認した。なお,透視やライナックグラフィーで位置が確認できない腫瘍には手を出さないこととした。

初期経験

平成15年5月より平成17年5月まで,弘前大学医学部附属病院で体幹部定位放射線治療を行った症例は,われわれ独自に設定した条件(呼吸移動が1 cm以内)を満たした原発性肺癌9例と転移性肺癌2例の計11例である。平均年齢は73.7歳(67-81歳),男女比は8対3,腫瘍の部位は上葉7例,中葉4例,下葉0例,腫瘍の直径は平均26 mm (14-47 mm)である。術式は10 MVのX線を用いた非対向固定4-6門とし,マージンは,多少の例外はあるものの,CTV=GTV+5 mm, ITV=CTV+5 mm, PTV=ITV+5 mmとした。呼吸移動が少ない腫瘍に適応を絞ってはいるものの,GTVから最大15 mmのマージンをとっているため,1回線量を多くすることにはためらいがあり,1回6Gyとした。総線量は54Gy,分割は週4-5回で合計9回,α/β=10Gyとした場合のBEDは,86.4である。これは,70Gy/35分割のBEDとほぼ同じである。
局所一次効果は,PR (Partial Response)が7例,MR (Minor Response)が1例,NC (No Change)が1例,観察期間が短いため未評価が2例,PD (Progressive Disease)はいなかった。腫瘍に一致して放射線性肺炎が発生するためにCR (Complete Response)と判定した症例はいなかった。未評価の2例を除くと奏効率は77.7% であり,全例生存中であった。
有害事象は,観察期間が3ケ月未満であった4例を除くと,放射線性肺炎,肺線維症とも7例中7例がG1であった。発生した放射線性肺炎や肺線維症は,腫瘍があった部位に限局性に観察され,治療計画における高線量域に一致していた。

はたして体幹部定位放射線治療はかるのか ?

54 Gy/9分割の体幹部定位放射線治療を実施した結果,高額な保険点数と引き換えに,治療計画や照射に相当な人手や時間が割かれることが判明した。治療計画に要した時間は,固定具作成が30分,CT撮影が30分,三次元輪郭作成が40分,線量分布図作成とDVHを用いた最適化が50分,照射野設定が30分,従来のフィルム法によるライナックグラフィーが40分であった。1回の照射に要した時間は,リアルタイムライナックグラフィーによる確認作業も含めて約40分であった。従って,体幹部定位放射線治療にかかる合計の時間は治療計画が3時間40分,照射が6時間,合計9時間40分であった。
従来の治療計画が約2時間,照射が1回約8分で済むことから,体幹部定位放射線治療には,通常分割の治療と比較し,治療計画で約1.8倍,1回の照射で5倍,全照射で約1.3倍の時間が割かれることになる。1時間あたりの医療費を比較すると,通常分割が69,750円であったのに対し,体幹部定位放射線治療は65,172円であった。したがって,体幹部定位放射線治療には高額な保険点数が認められたものの,それに要する人手や時間を考慮すると,必ずしも高いとは言えない。

おわりに

呼吸移動が1cm以内の肺腫瘍を選び出し,簡易固定法を用い,フラットパネルによるリアルタイムライナックグラフィーで腫瘍の位置を照射のたびごとに確認の上,54Gy/9分割の体幹部定位放射線治療を行った。症例数は少なく,観察期間は短いものの,重篤な副作用は今のところなく,再発例はいない。新たな設備投資を行わなくても,手間隙を惜しまず,症例を選べば体幹部定位放射線治療は実施可能と考えるが,現状ではやればやるほど赤字になる。1回線量を増やし,分割回数を減らせば黒字にはなるが,動体追跡照射や呼吸同期照射が出来ない現状では,採算を無視し,安全を第一に考えている。いずれ,体幹部定位放射線治療における最適な分割法が明らかになるであろう。