5) 札幌医大奉仕・野戦化
札幌医大 放射線科
   永 倉 久 泰
序   文
 国民医療費における放射線治療の総額は1987年で60億円,1998年で174億円と10年で3倍に増加している。JASTROデータベース委員会2001年報告でも全国の年間治療新患数は1990年で62,829人,2001年で118,016人と10年で2倍に増加しており,全国的に放射線治療の需要が激増していることはもはや周知の事実である。もちろん当科もその例に漏れず,年間患者数はここ10年で3倍に増加している。この様に放射線科が野戦病院化しつつある現状においてどの様に高精度放射線治療との両立を図っているのか,当科の現況を報告する。
当科の物・人・器
 当科は5名の放射線腫瘍医と6名の技師で2台のLINACを操り放射線治療を行うJASTRO認定放射線治療施設である。当科の特徴は病床数の多さ(一般病棟51床,RI病棟5床)にあり,放射線科として全国で第二位,全国平均(10.2床/JASTROデータベース委員会2001年定期構造調査報告による)の5倍の病床を保有している。実のところ,これは単に病院改築時に全診療科に均等に病床数が配分された結果に過ぎない。当科では放射線治療患者の受け入れや研修医の修練場という目的のほか,専門医試験に備え全部門を実際に体験させるためにも病棟は維持する方針をとっている。 当科をめぐるここ十年間の変化 1995年頃から乳房温存療法の新患数は右肩上がりの単調増加を続け,2001年に年間150例を突破し今もその勢いはとどまる所を知らない(図1)。その影響もあってか2003年10月〜2004年10月の入院患者448名の内,乳癌が147名と3分の1を占めるに至っている(図2)。
 包括医療の導入により在院期間の短縮を迫られた結果,入院患者においては照射終了後の転院が促進され,以前に比べれば終末期患者の比率が減少し質的には向上している。しかし,ただでさえ症例数が級数的な増加を続けている中で,入院期間短縮による病棟回転率上昇と病棟から外来への構造転換と相まって,病棟も外来も慌しくなり,相対的人員不足による野戦病院化に拍車をかけている。また機器の複雑化に伴い治療計画やQAも複雑化し相対的人員不足の要因となっている。また,治療期間延長に伴う局所制御率の低下が社会問題化して以来,根治照射例に限り年末年始やゴールデンウィークなどの長期連休後に照射を開始する様にしたため,近年は連休明けの混雑が著しい(図3)。今や当院では一番最後に閉まる外来は放射線科か精神科かのどちらかである。ある精神科医は「ウチは治らないし死なないから増える一方なんですよ」と頭を抱えていたが,決して他人事とは思えないものがある。


図1. 当院における乳房温存療法新患数


図2. 2003年10月〜2004年10月の入院患者内訳(核・IVR含む)


図3. 当科をめぐるここ十年間の変化

当科の現状
 2台のLINACで1日当たりの治療患者数は最高106人を記録し,初診から治療開始まで2週間待ちということもしばしばで,満員御礼宣言が発せられたこともある。乳房接線照射の増加もさることながら全身照射の依頼も増えているが,当科の全身照射は全身ボーラス漬け,水晶体も肺もブロックあり,仰臥位前方一門+腹臥位後方一門と手抜きなしで,その上線量率を最低に落とすので照射時間もかかり,これを1日2回やるので全身照射が入ると放射線治療室の回転率が大幅に低下する。治療計画,QA,そして実際の照射と,全てにおいて時間を食うIMRTは,放射線治療室の回転率を維持するため真っ先に犠牲となった。その結果,中咽頭癌の放射線治療は再び対向二門照射や固定多門照射に先祖返りした。定位的放射線治療としては原発性または転移性肺腫瘍に対するものは継続されているが,頭蓋内病変に対する定位照射を事実上断念し,放射線腫瘍医としてのプライドをかなぐり捨て近所の脳神経外科にガンマナイフを依頼するという屈辱的状態にある。
 「放射線科が野戦病院化している現状と高精度放射線治療との両立は?」が今回与えられたテーマであるが,当科の現状は誠に恥ずかしながら前述の通りで,「両立してません」と申し上げるより他にない。この通り高精度放射線治療を犠牲にして需要の消化を優先しているのが当科の偽らざる現況である。