宇宙航空環境医学 Vol. 62, No. 1, 24 2025

一般演題I

9.　軽度過重力負荷（1.5Gz）による脳血流変化の男女差

三宅　和恵1，杉村　航大1，伊藤　英恵2，加藤　智一1,2，小川　洋二郎1,2，岩﨑　賢一1,2

1日本大学大学院医学研究科宇宙航空環境医学
2日本大学医学部社会医学系衛生学分野

Sex differences in cerebral blood flow changes induced by mild Gz hypergravity

Kazue Miyake1, Kodai Sugimura1, Hanae Ito2, Tomokazu Kato1,2, Yojiro Ogawa1,2,
Ken-ichi Iwasaki1,2

1Aerospace and Environmental Medicine, Nihon University Graduate School
2Department of Social Medicine, Division of Hygiene, Nihon University School of Medicine

【背景】近年，宇宙飛行者の多様性（人種，年齢，性別ほか）が増しており，女性の割合の増加に伴い，男女差の知見が求められている。特に宇宙飛行の打上げや帰還時には宇宙船ごとに様々な方向の過重力環境に曝されるが，その影響の男女差はほとんど検討されていない。我々の先行研究により，軽度過重力負荷（1.5Gz）により脳血流速度の低下（約7%）を生じることが分かっているが，男性被験者のみの結果である。一方，高強度過重力負荷による脳内酸素飽和度変化の男女差の研究では，脳内酸素飽和度は男女とも低下し，男性の方がより低下率が大きいとの報告があるが，脳血流量変化の男女差については明らかとなっていない。そこで本研究では，軽度過重力負荷（1.5Gz）の曝露により，「脳血流量は男女とも低下し，男性の方が低下の程度が大きい」という仮説を立て，健康な35歳以下の成人男女に1.5Gzの過重力を負荷し，脳血流量の評価指標である脳血流速度の変化の男女差について検討した。
　【方法】男性10名（24±2歳），女性9名（23±4歳）に対し，まず安静座位で負荷前（1Gz）のデータを6分間記録した。その後に遠心人工重力装置を用いて頭から足方向に心臓レベルで1.5Gzの過重力を負荷し，負荷中（1.5Gz）のデータを6分間記録した。評価項目として，脳血流速度（経頭蓋ドプラ血流計EZ-Dop®），および，脳血流速度の低下に影響を及ぼす因子である脳レベルの平均血圧［心臓レベルの平均血圧（非観血的連続血圧計Finometer MIDI®）から静水圧較差を引いた値］と，呼気終末二酸化炭素濃度について，それぞれ6分間の平均値を算出し男女で比較した。
　【結果】脳血流速度は，負荷前（1Gz）では女性の方が有意に速く（男性47±12 vs.女性63±12 cm/s, P=0.006），過重力負荷によって男性では有意に低下したが［47±12→43±11 cm/s （－6.2%）, P＝0.011］，女性は有意に変化しなかった［63±12→62±13 cm/s （－1.7%）, P＝0.404］。脳レベルの平均血圧は，過重力負荷によって男性では有意に低下したが［56±11→49±11 mmHg （－12.4%）, P<0.001］，女性は有意な変化は示さなかった［55±6→52±6 mmHg （－5.0%）, P＝0.089］。呼気終末二酸化炭素濃度は，男性女性ともに有意に低下した［男性:37±2→33±2 mmHg （－9.8%）, P<0.001, 女性:35±2→31±2 mmHg （－10.0%）, P<0.001］。
　【考察】本研究で得られた結果から，6分間の軽度過重力負荷による脳血流速度の変化には男女差があると考えられた。さらに脳レベルの平均血圧の変化には男女差があるのに対し，呼気終末二酸化炭素濃度の変化には顕著な男女差はないと考えられた。これらより，脳血流速度の変化に男女差を生じた原因として，脳レベルの平均血圧の変化の男女差が一因となっていることが示唆された。
　【結語】短時間（6分）かつ低強度（1.5Gz）の過重力負荷でさえも，脳血流量への影響において若年の男女で差を生じる可能性が考えられた。今後はより確からしい結果を得るために，例数を十分に増やして検討を進めたい。また多様化する宇宙飛行に向けて，さらなる関連研究が必要と考えられた。