宇宙航空環境医学 Vol. 62, No. 1, 23 2025
一般演題I
7. 微少重力環境が口腔細菌の増殖およびタンパク質発現に及ぼす影響の解析
花井 亮丞1,2,廣畑 誠人2,杉田 好彦3,佐藤 琢麻1,宮澤 健1,前田 初彦3,長谷川 義明2
1愛知学院大学歯学部歯科矯正学講座
2愛知学院大学歯学部微生物学講座
3愛知学院大学歯学部口腔病理学・歯科法医学講座
Analysis of the effect of microgravity environment on the growth and protein expression of oral bacteria
Ryosuke Hanai1,2, Makoto Hirohata2, Yoshihiko Sugita3, Takuma Satou1, Ken Miyazawa1, Hatsuhiko Maeda3, Yoshiaki Hasegawa2
1Department of Orthodontics, Aichi Gakuin University
2Department of Microbiology, Aichi Gakuin University
3Department of Oral Pathology/Forensic Odontology, Aichi Gakuin University
【目的】宇宙環境は,生命活動に様々な影響を与えることが知られており,宇宙飛行士の腸内細菌叢の組成が宇宙滞在後に変容することが報告されている。近年,ヒト腸内細菌叢が健康状態や疾患の発症・進行と密接に関係すること,さらに,口腔細菌が腸内細菌叢の変容に影響を及ぼすことが報告され衆目を集めている。そこで本研究では,宇宙環境における口腔細菌叢と腸内細菌叢との関連を明らかにするための一助として,地球での重力環境あるいは微少重力環境にて口腔細菌を培養し,それらの増殖およびタンパク質発現に及ぼす影響を比較検討した。
【方法】グラム陽性通性嫌気性球菌の口腔細菌4菌種,すなわち,う蝕原因菌Streptococcus mutans,歯垢中の主な細菌Streptococcus sanguinis,唾液中の主な細菌Streptocuccus salivariusおよび口腔膿瘍から分離されるStaphylococcus aureusを使用した。各菌の培養にはBrain Heart Infusion (BHI) brothを用い,5% CO2,37℃にて2日間培養した。BHIにはバイオフィルム形成を促すために5%スクロースを添加した。微少重力環境での培養については,三次元的に試料を回転させることで模擬的に微小重力環境を作り出す3-D回転装置(微小重力環境細胞培養装置)を使用した。さらに,培地中の細菌を回収し菌体からタンパク質を抽出した。得られたタンパク質をSDS-PAGEにより展開後,主要タンパク質のバンドパターンを比較した。
【結果】全ての菌種において地球重力下では,細菌は培養液中に疎らに散らばった状態,いわゆる浮遊状態での増殖を示した。一方,微少重力環境では,大小様々な球状の凝集塊を形成した。S. salivariusおよびS. aureusにおいては,直径0.5 cm以上の凝集塊を形成した。S. salivariusおよびS. aureusの主要タンパク質バンドパターンにおいては,顕著な違いは認められなかった。
【考察】口腔細菌は,微少重力環境においては凝集して増殖する傾向があるのかもしれない。しかし,今回使用した装置は3-D回転により模擬的に微少重力を作り出す装置であることから,口腔細菌の凝集傾向が重力の差によるものなのか,攪拌度合いの差によるものかの判断は難しい。凝集傾向の強かったS. salivariusおよびS. aureusにおいて,重力差によるタンパク質発現への影響の有無は明確には示されなかった。
【展望】今後は,重力差による口腔細菌の増殖に及ぼす影響をより詳細に評価するために,異なる重力設定(異なる攪拌条件)にて検討する必要がある。また,タンパク質発現に及ぼす影響については,mRNA発現を網羅的に解析するマイクロアレイ等を実施する予定である。