宇宙航空環境医学 Vol. 62, No. 1, 17 2025

一般演題I

1. 月面重力環境下でのAmylase発現上昇とTRPV6機能連関

黄地 健仁1,佐藤 涼一2,倉島 竜哉1,木村 麻記1,澁川 義幸1

1東京歯科大学生理学講座
2東京歯科大学衛生学講座

Coupling of increased expression of Amylase and function of TRPV6 under lunar gravity environment

Takehito Ouchi1, Ryouichi Satou2, Ryuya Kurashima1, Maki Kimura1, Yoshiyuki Shibukawa1

1Department of Physiology, Tokyo Dental College
2Department of Epidemiology and Public Health, Tokyo Dental College

1 gから月面重力環境への遷移は,重力変化のみならず,隔離化生活,概日リズムの変化,また宇宙線など様々なストレス環境をもたらす。口腔組織を湿潤環境に保つ唾液は,食物の摂食・咀嚼・嚥下機能のみならず,消化など口腔機能の維持に必須である。加えて唾液は,多様な抗菌性タンパク質を含み,口腔内病原性細菌の活動抑制から,口腔疾患としての「う蝕」や「歯周病」の発症を抑制することで,生体機能に対して多面的なはたらきを持っている。特に歯周病原性細菌は,循環器・泌尿器・呼吸器疾患,代謝性疾患の発症や,低出生体重・がん発症などと関連することが近年多く報告されており,唾液分泌の量的・質的変化は,口腔疾患にとどまらず様々な疾患に関与する。唾液分泌に関わる唾液腺は,交感神経系と副交感神経系により,タンパク質分泌と水分泌が緻密に制御されている。我々は月面重力環境下に飼育されたマウス顎下腺のマイクロアレイ解析で,地上重力(1 g)と比較し,月面重力(1/6 g)で漿液性タンパク質でありストレスセンサータンパク質でもあるAmylaseをコードするAmy1のmRNA発現が上昇したことを明らかにした(Ouchi et al., 2024)。一方,月面重力環境で唾液Amylase分泌機能を調節するメカニズムは明らかではない。そこで我々は,マイクロアレイ解析で多刺激センサータンパク質であるTRPV6のmRNA発現が月面重力環境で上昇していたことに着目した。TRPV6はCa2+選択的透過性を示す膜タンパク質であり,様々な外分泌腺での発現が報告されている。さらに,唾液腺と同様にAmylase分泌機能を有する膵臓でのTRPV6の遺伝的変異は,膵炎を発症し,酵素のはたらきに影響を及ぼす。本研究では,1 gおよび1/6 g下で飼育されたマウス顎下腺組織のTRPV6発現解析を行い,月面重力環境下における腺房細胞のAmylase開口分泌メカニズムを明らかにすることを目的とした。マウスを1 gと1/6 g環境下で1ヶ月弱滞在させ,その後,唾液腺を摘出,免疫蛍光染色でAmylaseおよびTRPV6のタンパク質発現変動を検討した。その結果,1 gでTRPV6とAmylaseは腺房細胞の基底側で共局在を示した。1/6 g環境では腺房細胞のAmylase発現とTRPV6発現の上昇が認められ,1 gでの発現と比較し,腺腔側での発現もみられた。本研究より,腺房細胞でのAmylase開口分泌にはTRPV6のCa2+選択的流入が重要である可能性が示唆された。TRPV6によるAmylase分泌シグナル調節研究が,将来のヒト月面重力環境生活における身体的・精神的健康のモニター,あるいは口腔医学の提供に貢献できる可能性が示唆された。