宇宙航空環境医学 Vol. 62, No. 1, 16 2025
シンポジウム4
宇宙旅行に必要な身体検査
宇宙旅行に必要な身体検査
藤田 真敬
医療法人誠至会 狭山厚生病院 院長
日本大学医学部 社会医学系衛生学分野 宇宙航空環境医学 兼任講師
大分大学減災・復興デザイン教育研究センター 客員教授
Medical requirement for commercial space travelers
Masanori Fujita
Director, Medical Corporation Seishikai, Sayama Kousei Hospital
Part-time Lecturer, Department of Social Medicine, Division of Hygiene, Nihon University School of Medicine
Visiting Professor, Center for Education and Research of Disaster Risk Reduction and Redesign, Oita University
米国や日本国内から高度100 km以上とされる宇宙空間への旅行企画や,高度30〜40 kmの近宇宙(成層圏)旅行が企画され,旅行業界を賑わせている。
宇宙飛行士の宇宙ミッションでは,ロケットの打上げ,大気圏再突入に伴う加速,搭乗機の気圧,宇宙空間での無重力に伴う体液移動,宇宙酔い,放射線,閉鎖空間のストレス,サーカデイアンリズムの乱れ,帰還後に生じる平衡障害から,厳しい身体検査と訓練が課せられる。
Mercury, Gemini-Titanロケットでは打上時6〜7 Gx,大気圏再突入時には11 Gxの加速負荷がかかる。Soyuzロケットでは打上時4.3 Gx,再突入時は4.2〜8 Gx,Space Shuttleではそれぞれ3.3 Gx, 1.7 Gxである。
加速の方向は前後方向をGx,左右方向をGy,頭足方向(上下方向)をGzと定義され(NATO, Advisory Group for Aerospace Research & Development,, No.153, 1971),健康人が絶え得る限界は概ね+12〜−6 Gx,+5〜−5 Gy,+4〜−2 Gzとされる。加速による身体負荷から,同様な形式による宇宙旅行者の身体検査基準も宇宙飛行士のものに準じている。
近年企画される宇宙旅行の形式はさまざまであり,身体負荷は宇宙飛行士と同等のものから,旅客機搭乗より負荷が少ないと思われるものまでさまざまである。
旅客機の客室は概ね0.8〜0.9気圧だが,宇宙ステーションや近宇宙(成層圏)旅行の高高度気球のキャビンの内部は1気圧に保たれている。高高度気球では昇降時の加速は非常に緩やかであろう。
旅客機に搭乗可能な指針はIATAから公開され,現在は12版の公開に至っている(IATA Medical Manual, 12th edition, 2020)。持病や病後の方の旅客機搭乗の要件はこれが基準になっている。NASA, JAXA他の共同声明(Bogomotov, Aviat Space Environ Med, 2007)では,国際宇宙ステーションに滞在する民間人の身体検査は宇宙飛行士のものより厳しい。
宇宙旅行の搭乗員には米国航空局(FAA)Class2を推奨するとされ(Aerospace Medical Association, Aviat Space Environ Med, 2011ほか),米国テキサス大学医学部と米国航空局は,宇宙旅行の予定者の詳細な問診と身体検査の案を述べている(UTMB, Health, 2012)。
今後の宇宙旅行産業発展には,宇宙旅行の形式に即した適切な身体検査基準,宇宙航空医学に精通した幅広い専門分野の医師の養成や関連分野の研究が必要になる。