宇宙航空環境医学 Vol. 62, No. 1, 15 2025

宇宙医学の未来　―誰もが宇宙へ行く時代に向けて―

向井　千秋¹，徳丸　治²，藤田　真敬³，岩�ｱ　賢一⁴

¹東京理科大学
²大分大学福祉健康科学部
³医療法人誠至会　狭山厚生病院
⁴日本大学医学部衛生学分野

Symposium:Space Medicine Tomorrow:Advancing Toward Universal Space Access

Chiaki Mukai ¹, Osamu Tokumaru ², Masanori Fujita ³, Ken-ichi Iwasaki ⁴

¹Tokyo University of Science
²Faculty of Welfare and Health Sciences, Oita University
³Medical Corporation Seishikai, Sayama Kousei Hospital
⁴Division of Hygiene, Nihon University School of Medicine

本シンポジウムでは，誰もが宇宙へ行く時代に向けて，宇宙医学の未来について4名のシンポジストが各々別角度から意見を述べ，会員諸氏と質疑応答，討論を行った。
　まず初めに向井は，有人宇宙開発の動向（地球低軌道から月・火星へ，政府主導から民間企業参入へ，宇宙旅行時代到来へ）と宇宙医学の果たす役割やその地球貢献を述べた。その主な内容は以下である。ガガーリン少佐による人類初の宇宙飛行から63年，アポロ計画の月着陸から55年，そして，国際宇宙ステーションの運用開始から24年と，宇宙開発は我々の生活に身近なものになってきている。誰もが宇宙飛行ができる時代に向けて宇宙医学が果たす役割（研究，臨床，教育）はこれまで以上に重要である。宇宙開発を支える宇宙医学とその地球貢献の両側面が重要である。
　2席目に徳丸は，地方における民間宇宙開発への取り組みを紹介した。その主な内容は以下である。大分県は，米国のSierra Space及び日本の総合商社兼松と，宇宙往還機Dream Chaserの活用検討に向けたパートナーシップを締結した。地球を越えた新たなビジネスや暮らしの選択肢を提供するというビジョンを掲げ，「宇宙港大分」をアジアにおける宇宙ビジネスの中核拠点として，新たな経済循環創出に向けた取組を進めている。搭乗員や宇宙渡航者の健康管理や基礎・臨床研究など，地域の医療の中核を担う大分大学が宇宙医学への挑戦を開始している。
　3席目に藤田は，宇宙旅行に必要な身体検査について述べた。その主な内容は以下である。宇宙飛行士の宇宙ミッションでは，ロケットの打上げ，大気圏再突入に伴う加速，搭乗機の気圧，宇宙空間での無重力に伴う体液移動，宇宙酔い，放射線，閉鎖空間のストレス，サーカデイアンリズムの乱れ，帰還後に生じる平衡障害から，厳しい身体検査と訓練が課せられる。公開される宇宙旅行者の身体検査基準もこれに準じる。近年企画される宇宙旅行の形式はさまざまであり，身体負荷は宇宙飛行士と同等のものから，旅客機搭乗より負荷が少ないと思われるものまでさまざまである。今後の宇宙旅行産業発展には，宇宙旅行の形式に即した適切な身体検査基準，宇宙航空医学に精通した幅広い専門分野の医師の養成や関連分野の研究が必要になる。より詳細な内容は，個別抄録に示した。
　4席目に岩�ｱは，多様化する宇宙飛行に向けた研究動向について紹介した。その主な内容は以下である。飛行者の性別，人種，年齢等の多様化を受け，宇宙飛行の影響に関する，特に男女差の研究の重要性がましている。また前提として，地上の性差研究の発展に伴い脳血流量等の基本的な男女差が明らかになってきている。さらに，使用する宇宙船により往還時にかかる重力負荷や船内の二酸化炭素濃度等に違いが生じるため，様々な程度の過重力や高二酸化炭素血症の影響の研究が必要になっている。加えて，近年になり宇宙飛行に伴うリスクとして指摘されている頸静脈血栓症に関する研究も複数の角度からの研究が進められている。また，将来の宇宙医療や研究に向けて，遠隔操作技術，AI，ロボティクスなど新しい技術の応用の研究も進められている。