宇宙航空環境医学 Vol. 62, No. 1, 9, 2025

研究奨励賞受賞講演

水中倒立時の心臓位の位置変化

浮田 優香1,和田 拓真2,小野寺 昇3

1九州大学大学院
2鳥取短期大学
3川崎医療福祉大学

Effect of change of heart position during handstand in water

Yuka Ukida1, Takuma Wada2, Sho Onodera3

1Graduate School of Human-environment Studies, Kyushu University
2Tottori College
3Kawasaki University of Medical Welfare

【研究の背景】宇宙飛行士は,宇宙空間において微小重力,放射線,閉鎖環境などの影響を受け地上とは異なる生体反応を示す。船外活動トレーニングでは浮力を利用した水中環境を取り入れている。そのため,微小重力(水中)と心臓位の関連に着目した。呼吸時の心臓の動きを超音波エコー法で観察すると,呼気から吸気に移るときに心臓位に僅かの変化が生じる。深呼吸なら動きが顕著になると予測した。僧帽弁の位置を指標にして位置変化を観察すると呼気時に左側へ,吸気時に右側へ位置変化した。統計上有意な変化であった。横隔膜の動きが関連すると考察した(宇宙航空環境医学,59巻2号,2022)。横隔膜が心臓を押し上げているなら水中環境ではさらに顕著な心臓位の変化を観察できると予測した。陸上立位と水中立位時の心臓位の変化を観察した。水中では陸上と比較し,左側へ変化した。統計上有意な変化であった(宇宙航空環境医学,58巻2号,2021)。横隔膜の動きが心臓位に影響するなら水中倒立時にも心臓位が変化するだろうと仮説を立てた。
 【研究の目的】倒立時の心臓位の変化を陸上と水中で比較し,横隔膜の動きとの関連性を明らかにした。
 【研究の方法】被験者は,健康成人男子9名(年齢:21.8±1.0歳,身長:170.7±5.1 cm,体重:66.7±7.2 kg,体脂肪率:17.6±5.6%;mean±SD)であった。被験者にはインフォームド・コンセントを実施し,研究参加への同意を得た。研究は研究倫理委員会の承認後に実施した。心拍数(防水型心電計),血圧(アネロイド血圧計),心臓位(超音波エコー法)を測定した。陸上立位条件,陸上倒立条件,水中立位条件,水中倒立条件の4条件を設定した。陸上立位条件をコントロールとした。水中倒立条件においてはダイビング用の酸素ボンベを用いて酸素を供給し,呼吸を確保した。室温は28±0.5℃,水温は34〜35℃であった。湿度は85±4.0%であった。統計はSPSSを用い,多要因分散分析法とDunnett’s post-hoc testから分析した。有意水準を5%とした。
 【結果と考察】僧帽弁の位置を指標にした陸上立位(息留め)の心臓位をコントロールとして他の条件を比較した。心臓位は,陸上倒立最大吸気時に6.1±13.3 mm右側に,水中倒立最大吸気時に4.7±17.3 mm左側に変化した。これらの変化は有意であった。先行研究は,陸上立位姿勢吸気時右側へ,呼気時左側へ,水中立位姿勢吸気時左側へ,呼気時左側へ心臓位が変化することを報告した。本研究の結果から倒立姿勢においても同様の変位が確認された。陸上立位姿勢時の変化には,胸腔,肺の左右の大きさ,横隔心膜靱帯の動きが影響すると考えられた。横隔心膜靱帯が心膜の右側に連結している。このことが解剖学的観点から考察すると右側に心臓位を変化させたと考えられる。一方水中立位姿勢時は,左側に変位したことから水圧が横隔心膜靱帯の動きを抑制したと考えられる。陸上倒立姿勢時の心臓位は陸上立位姿勢時と同じ傾向を示した。水中倒立姿勢時の心臓位も陸上立位姿勢時と同じ傾向を示した。陸上立位と陸上倒立姿勢時の変位には,重力と横隔心膜靱帯の動きが関連し,水中立位と水中倒立姿勢時の変化には,水圧,微小重力,肺の左右の大きさ,横隔心膜靱帯の動きが影響すると考えられた。
 【結論】仮説が検証された。水中倒立時の心臓位は,左側へ変化した。