宇宙航空環境医学 Vol. 62, No. 1, 8, 2025

特別講演

未来の宇宙へ 動き出した民間宇宙利用と政府月面探査ミッション

樋口 勝嗣

国土交通省航空局安全部安全政策課乗員政策室

Future in Space:Current Private-Sector Space Utilization and Governmental Lunar Exploration Missions

Masatsugu Higuchi

Japan Aerospace Exploration Agency

海洋国家による未知の海への航海はヒトの知的好奇心より起こったものだが,未知の漁場や陸地の発見,交易や生存圏の拡大といった利益ももたらした。これが更なる航海を企画させ大航海時代への移行をもたらした。1950年代からの宇宙開発は国際地球観測年などの学術的目的や高高度からの地上の偵察といった軍事目的で開始され,やがて気象観測,測位,通信衛星といった衛星分野で利益を上げることが分かり民間による宇宙利用時代が始まった。しかし依然有人での宇宙活動は安全リスクの高さ,プロジェクトの高額さ,将来の不確定性より国家プログラムのままであった。2011年にNASAが2011年に商業クループログラム(CCP:Commercial Crew Program)を立ち上げ国際宇宙ステーション(ISS:International Space Station)へ宇宙飛行士や物資輸送する打ち上げシステムや宇宙機を民間に発注する方針に切り替えた。官製のプロジェクトより民間資本での開発によるコストダウンを狙ってのことである。これにより地球低軌道(LEO:Low Earth Orbit)での宇宙利用は民間を主体に,また月面や火星,あるいは地球―火星間の小惑星帯といった人類の足跡があまり及んでいない領域での活動は宇宙探査としてNASAが担当するという住み分けが出来上がった。日本も米国と同様に宇宙戦略基金を創設することにより産学官による宇宙の商業利用を後押しする方針を打ち出している。現在既にISSに相当するような宇宙ステーションを民間で建設する計画が動き出しており,民間資本で作った宇宙ステーションでの経済活動を民間企業が顧客として行う時代が確実に近づいてきている。
 時代は遡るがロシアのミール宇宙ステーションやISSの時代より国家による宇宙プログラムはそのコストの高さと,冷戦終結によるデタントによる国際協力の流れにより複数国の宇宙機関での共同プロジェクトへと変化してきた。この流れそのまま月周辺探査ミッションでも引き継がれ,NASAが提唱する月周回活動拠点Gateway計画やアルテミス計画には多数の国家が参加することになり,日本もその一翼を担っている。ここまで述べた宇宙の民間利用,国際協力による探査の継続が現在の宇宙開発の大きな流れであるが,変化の速さのあまり日々状況が変化し,関係者であっても全体像を把握しきれていないのが現状である。そこで現時点で判明している近未来の宇宙開発状況を概説したい。また現時点では不確定な部分が大きいが,そこでの医学状況についても述べる。