宇宙航空環境医学 Vol. 61, No. 1, 31, 2024
一般演題 4
3. 1/6重力環境下での顎下腺mRNA発現変動
黄地 健仁1,佐藤 涼一2,倉島 竜哉1,木村 麻記1,澁川 義幸1
1東京歯科大学生理学講座
2東京歯科大学衛生学講座
Changes in mRNA expression in whole submandibular gland cells under 1/6 gravity environment
Takehito Ouchi1, Ryouichi Satou2, Ryuya Kurashima1, Maki Kimura1, Yoshiyuki Shibukawa1
1Department of Physiology, Tokyo Dental College
2Department of Epidemiology and Public Health, Tokyo Dental College
1 Gから月面環境への遷移は,重力変化のみならず,隔離化生活,概日リズムの変化,また宇宙線など様々なストレス環境をもたらす。口腔組織を湿潤環境に保つ唾液は,食物の摂食・咀嚼・嚥下機能のみならず,消化や発音・構音など口腔機能の維持に必須である。加えて唾液は,多様な抗菌性タンパク質を含み,口腔内病原性細菌の活動抑制から,口腔疾患としての「う蝕」や「歯周病」の発症を抑制することで,生体機能に対して多面的なはたらきを持っている。特に歯周病原性細菌は,循環器・泌尿器・呼吸器疾患,代謝性疾患の発症や,低出生体重・がん発症などと関連することが近年多く報告されており,唾液分泌の量的・質的変化は,口腔疾患にとどまらず様々な疾患に関与する。唾液分泌に関わる唾液腺は,交感神経系と副交感神経系により,その分泌が緻密に制御されている。しかし,口腔機能維持に重要な唾液分泌の宇宙環境下での制御機構あるいは唾液腺の遺伝子発現変動および機能制御に関する知見はまだ乏しい。本研究では,月面重力(1/6 G)下および1 G下で飼育されたマウス顎下腺組織のmRNA発現解析を行い,月面重力下における口腔臨床医学の基礎基盤開発を検討することを目的とした。齧歯類を1/6 Gと1 G環境下で1ヶ月弱滞在させ,その後,唾液腺を摘出,マイクロアレイ解析でmRNA発現変動を検討した。対照サンプル(1 G下飼育)と実験サンプル(1/6 G下飼育)間の比較のために,各プローブの正規化されたシグナル強度からZ-scoreと比率(非対数スケールの倍率変化)を算出した。その結果,1/6G環境では唾液腺で特定の加水分解酵素遺伝子XのmRNA発現増加が見られ,また遺伝子X上流のシグナル伝達のアップレギュレーションが見られた。この結果は,月面重力環境遷移が,重力のみならず,その他の環境因子を通して唾液分泌機能の質的変調を誘発する事を示していた。また,宇宙環境下での唾液分泌の恒常性維持に,遺伝子Xが関与している可能性が示唆された。唾液分泌シグナル調節・遺伝子調節研究が,将来のヒト宇宙生活における身体的・精神的健康のモニター,あるいは口腔医学の提供に貢献できる可能性が示唆された。