宇宙航空環境医学 Vol. 61, No. 1, 17, 2024

一般演題 1

4. 閉鎖環境における心理的適応過程と日常への再適応に関する質的研究─認知的再体制化に着目して─

藤井 あかり

愛媛大学大学院教育学研究科心理発達臨床専攻

A qualitative study on the psychological adjustment process in a closed environment and re-adaptation to daily life─Focusing on cognitive restructuring─

Akari Fujii

Ehime University Graduate School of Education Division of Life Span Development and Clinical Psychology

【問題】 閉鎖環境・特殊環境から解放された後,任務から解放された後,日常生活に再び適応していくことに関する研究は希少である。野口(2021)によると,宇宙からの帰還後,ミッションに代わる目標を見出すことができず精神に不調を来たし,適応障害になるケースがある。また,野口・矢野(2020)は,宇宙空間での様々な体験が日常生活でフラッシュバックすることを指摘している。宇宙からの帰還後の状態は,引退後のアスリートの精神的状況に近いとされている。林・土屋(2012)によると,オリンピアンは,1度目のオリンピック出場後は,所属チームの活動への切り替えに困難さを感じていた。また,2度目のオリンピック出場後は,4年間努力し続けた頑張りが報われないつらさとやりきれなさ,人間関係の不信感を抱き,脱力感と無気力状態に陥っていた。宇宙飛行士をはじめとした特殊環境で働く人々は,特殊環境におかれている状況に注目されやすいが,彼らにとってはその後の日常生活を過ごす時間の方がはるかに長い。本研究では,彼らが日常生活に戻り,かつ,次のミッションに向けて目標を持つというプロセスを探ることにより,一貫した心理支援を行うことに繋がると考える。
 【目的】 物理的・対人的に制限が課せられた閉鎖環境での居住経験がある参加者を対象に,閉鎖的な環境下における心理的適応の過程を回顧的に研究し,多次元的にサポートレスな環境で生じたストレスフルな状況場面で,精神的に不均衡な状態から均衡に向かう要因と機制を明らかにする。また,本研究における対象者が,居住経験終了後に再適応することができた要因を明らかにする。
 【方法】 過去に閉鎖環境での居住経験がある方5名を対象とし,研究の趣旨を説明し研究参加を依頼し,Web会議システムを用いて,半構造化面接を実施する。音声データは逐語記録にし,その後質的分析で用いられる分析方法(TEM:複線経路・等至点モデル)を用いて分析する。
 【結果・考察】 Aは,居住生活中,研究者という自身の役割を認識し,高いモチベーションを維持して生活していた。また,メールという手段を用いて外部との連絡を取ることにより,ストレス解消を図っていた。居住生活終了後,日常生活へと戻る際には,自身の研究をさらに発展させていくという新たな目標を獲得しており,高いモチベーションを維持したまま日常へと戻っていった。そのため,再適応に関して「特に不安はなかった」と語られた。再適応の要因として,職場や再就職先が,居住経験に少なからず関係する職場であったことが挙げられた。対象者にとって,人生に影響を与える大きな経験を活かすことができるキャリアをその後も積むことができたことと,再就職先での役割を果たし自身の立場を確立していったことが,再適応を促進したと考えられた。また,周囲のサポートや家族の支援を得ることができていたことは,再適応に大きな影響を与えたと考察された。