宇宙航空環境医学 Vol. 61, No. 1, 6, 2024

若手の会シンポジウム

 

宇宙×産業衛生

S2-3. 宇宙医学を経験した産業衛生研究者からみた両者の共通性に関する一考察

松尾 知明

労働安全衛生総合研究所 人間工学研究グループ

A consideration on the commonalities between space medicine and occupational health from the perspective of a researcher experienced in both studies

Tomoaki Matsuo

National Institute of Occupational Safety and Health, Japan

産業衛生の主な役割は,労働者の健康を脅かす様々な外的因子を特定し,それらの軽減策を講ずることである。外的因子としては,化学物質や粉じん等の有害因子,振動,騒音,暑熱,放射線等の物理的リスク因子,作業に伴う健康障害因子などが挙げられる。また,最近では,勤務時間や職場での人間関係にも目が向けられ,過度な負担は有害因子として扱われるようになった。個々の労働者の立場で考えた場合,これらに対する軽減策はいまだ十分とは言えず,課題も少なくない。しかし一方で,大局的観点で捉えた場合,労働安全衛生法が施行されて50年が経過した現在,テクノロジーの進歩もあり,労働者の身体的安全はある程度確保されたと言える面もあるのではないか。最近の企業社会で“健康経営”や“ウェルビーイング”,“ワーク・エンゲイジメント”などの概念が広まっている状況も,その現れのように思われる。わが国は現在,“労働人口減少”という重要課題を抱えている。これまでの産業衛生はネガティブ因子から労働者を守ることに主眼が置かれてきたが,今後はそれらをさらに前進させつつも,より積極的に労働者の活力を向上させる施策,いわばポジティブ因子を増強させる施策にも眼を向ける必要があるように思える。
 筆者は2010年から3年間ポスドクとしてJAXAに在籍し,その後もしばらく客員研究員としてJAXAに属し,宇宙医学に携わる機会をいただいた。他方,現在の研究所で産業衛生研究に取り組むようになり,今年で11年目となる。宇宙医学から産業衛生に転じた筆者には,両者の状況が似通っているように思える。日本の有人宇宙活動はこれまでの約30年間で多くの知見が蓄積され,テクノロジーの進歩もあり,民間人によるISS訪問も実現するなど,宇宙滞在時の身体的安全性はかなり高まったように思える。今後,宇宙での仕事がより一般化することを想定し,安全性を追求することはもちろん重要となるが,それと同時に,宇宙産業に携わる労働者の活力向上を目指す施策もまた必要となるのではないか。
 筆者らは労働者の“体力”をテーマとした研究に取り組んでいる。“体力”の概念としては,身体機能のイメージが先行するが,体力を“身体的要素”と“精神的要素”の2要素で捉えようとする考えは古くからある。特に最近はうつ病などの精神疾患に罹患する労働者が多い実情に鑑みると,労働者の体力を“身体的体力”と“精神的体力“の双方から同時に捉え,活力向上策を講ずることは重要に思える。当日の発表では,これらの研究についても紹介したい。