宇宙航空環境医学 Vol. 61, No. 1, 3, 2024

宇宙惑星居住科学連合シンポジウム

S1-3. 閉鎖居住実験に学ぶヒトの長期居住への課題

篠原 正典

帝京科学大学・生命環境学部

Lessons learned from analog habitation experiments for future deep space missions

Masanori Shinohara

Teikyo Univ. of Science. Dept. of Life Sciences

「地球は人類のゆりかごである。しかし,人類はゆりかごにいつまでも留まっていないだろう。」ロシアの科学者ツオルコフスキーの百年以上前の言葉である。今日人類は,地球軌道上に2つの恒常的な宇宙ステーションを維持し,ISSには古川宇宙飛行士を含む 7名,中国の天宮には3名,宇宙空間で実際に生きている。このように宇宙で暮らし続けて 20 年以上が経ち,宇宙への観光旅行が催行され,月へも有人ミッション・アルテミス計画が着々と進みつつある今日だが,ツオルコフスキーが想い描いた出“ゆりかご”には,宇宙放射線,微弱な光環境,微小重力などが人体に与える影響の評価はもちろん,限られた物理的・社会的環境下で長期間過ごすことが心身の健全性やパフォーマンス維持,グループダイナミクス,検討すべき課題が少なくない。さらに,“ゆりかご”地球が与えてくれているほぼ全ての物質とサービス,すなわち空気・水の再生,食料の生産,廃棄物の分解・循環,これらを安定的に再構築できるのだろうか。
 それらの検討のため,世界各地で過去何十年に渡り模擬閉鎖居住実験が繰り返されてきた。ロシア・IBMPのNEK,中国・北京航空科学大のLunar Palace-1,独・DSRのEDEN ISS,墺・オーストリア宇宙フォーラムおよびイスラエル宇宙局によるAMADEE 20,そして,米国にいたっては民間施設として,アリゾナ大が関与しているバイオスフィア2,300 回近いミッションを繰り返している火星協会のMDRS,そしてハワイ大のHi-SEAs,NASAが関与するAquarius,HERA,Mars Dune Alpha(CHAPEA。本年6月から実験開始)。日本においても,宇宙飛行しの選抜試験にも用いる「閉鎖環境適応訓練施設」を援用し,ボランティア被験者8名に負荷をかけ生理・心理の変化やそれらの遠隔診断を検討するための2週間の閉鎖実験を繰り返し行ってきた。私自身も,青森県六ケ所村の(公財)環境科学技術研究所が完成させたCELSS・ミニ地球の居住者として,閉鎖環境下で自ら育てた植物を食べて実際に生きる,という貴重な機会を繰り返し経験してきた(私自身は7日間の居住を6度で,のべ42日間であった。最長期間の居住は28日間であった)。
 本報告では,これらの実験を網羅し目的別に整理して紹介しつつ,宇宙長期居住の現在の課題,例えば,どのぐらいの長期であれば使い捨てミッションより効率がよくなるのか,固形廃棄物の処理はどうするのか,地産地消の材料から成る建造物に実際に長期居住ができるのかなどを参加者と議論したい。加えて,ヒト以外の長寿で社会性の高い動物(ゾウ,シャチ,大型類人猿)を自然から切り離した環境で人間が飼育してきた成果(そのほぼすべてが長期飼育に失敗)も報告し,議論の糧としたい。