宇宙航空環境医学 Vol. 60, No. 2, 105-106, 2023

ニュースレター

3. 各分科会から
(1)宇宙基地医学研究会
宇宙医学に関わる3つの話題

泉 龍太郎

世話人代表

今回は,ここ1年の間に私が経験した,宇宙医学に関わる 3つの話題をご紹介したいと思います。一つ目は,現在,JAXAの宇宙飛行士健康管理グループに所属しておられる佐野智さんの研究に触れる機会があったことです。東京大学の博士論文としてまとめられ,ご本人の本業とは直接関わりは無いようですが,Jour. British Interplanetary Soc誌に発表されたもので,その内容は,地球から最も近い居住可能惑星と想定されている,4.2光年離れたプロキシマ・ケンタウリbという星があり,現在の航行技術で到達するには最低でも 6,300年要すると見積もられていますが,この星への移住を目的として人間集団を維持するためには何名の乗員が必要か,宇宙空間での進化速度はどのように変わるのかを,遺伝学的及び文化的な観点から検証したものです1)。私自身,長らく宇宙医学研究に関わってきましたが,このような分野の研究があることを初めて知り,非常に感銘を受けると同時に,今後,機会があれば,本学会でも佐野さんの研究を紹介出来ないかと考えています。
 二つ目は,Space Medicine Japan Youth Community2)という会が中心となって,宇宙医学のテキスト(Space Physiology and Medicine, 4th Ed.)3)を深く読み込む機会があったことです。このテキストでは多数の例が取り上げられており,米国の宇宙医学の層の厚さを実感すると同時に,火星ミッションを含めた極限環境への有人宇宙探査に関し,倫理的な側面からの検討も紹介されています。宇宙滞在の経験を有する人間は数百名に達していますが,全て成人で,しかも長くても 1回1年程度の期間であり,現在,検討されている月滞在や火星ミッションにおいても,解決しなければならない課題の多さと重さを知らされ,改めて日本としても,宇宙医学研究に体系的に取り組む必要性を実感した次第です。この Space Medicine Japan Youth Community は,本学会の若手の会とはまた別ですが,両方に所属している方も居られるようです。いずれにしても若い方が,宇宙医学に興味を持ち,真摯に取り組んでおられることに,非常に心強く感じました。
 三つ目は,昨年のニュースレターでも紹介したように,現在私が関わっている「月惑星に社会を作るための勉強会(= Moon Village 勉強会)」4)に関わる話題です。ライフサイエンス分野の報告書を近日中にまとめなければならないのですが,主題である「宇宙環境の人体への影響とその対策」とは別に,「人類の今後の進化」の項に取り掛かってみて,頭を抱え込んでしまいました。ご存知のように,我々人類は遺伝子改変技術を手にし,やろうと思えば,人体を構成する遺伝子を改変することも可能です。現状では,個々の遺伝子の機能が十分には解明されていないとは言え,仮に遺伝子を理想の型のものに置き換え,身心機能の向上を図った場合,それは「新人類」と言えるのか,あるいは人類の次の進化のステージは,個人の身心機能よりも,社会性にあるのかも知れません。いずれにしても,生物進化は,これまでは周囲の環境に適応した個体が生き残ることで進んできたと考えられていますが,遺伝子を改変できる技術を得た人類は,今後の,我々自身の進化の方向性を道付けることができるとも言えます。しかし,では我々自身が我々自身を良い方向の進化に導くことができるのか,現状でも紛争・貧困・格差が歴然として存在する世界を見るに,疑問を抱かざるを得ません。この点は先に触れた報告書にも記載する予定ですが,将来の課題として,是非,皆さまのご意見を伺いたいと思います。

1) Jour. British Interplanetary Soc. 74, 243-251. (2021), 74, 419-426. (2021), 75, 118-126. (2022)
2) http://square.umin.ac.jp/spacemedicine/(2023年1月28日参照)
3) Bondi K.R., Young J.M., Bennett R.M. and Bradley M.E.: Closing volumes in man immersed to the neck in water. Journal of Applied Physiology, 40(5), 736-740, 1976.
4) https://www.jasma.info/moonvillagestudy/(2023年1月28日参照)