宇宙航空環境医学 Vol. 60, No. 2, 95-102, 2023

開催報告

令和4年度 日本宇宙航空環境医学会 宇宙基地医学研究会 開催報告

宇宙基地医学研究会 世話人一同

令和4年度の日本宇宙航空環境医学会 宇宙基地医学研究会は,令和5年3月29日(水)の18時より,東京日本橋の会場と,オンラインのハイブリッドで開催しました。参加者は,演者,オンライン参加者を含め,全体で86名であり,また35名の会員の方に宇宙航空医学認定医のポイントを付与することも出来ました。研究会の最後は,星出飛行士からのビデオメッセージで締め括られ,また現地での参加者で懇親会を開催し,コロナ後の会合として,非常に盛り上がりました。なお,添付4のアンケート結果の中にありますが,本学会・研究会の活動として,オンラインでの開催やポイント付与を希望する声があり,今後の取り組みとしての考慮が望まれます。ちょうどJAXAで新たな宇宙飛行士候補者が誕生し,また民間による宇宙旅行も広がりつつある中で,次年度以降も,本研究会は新たな活動を続けて行く予定です。ご意見・ご要望がありましたら,是非,お寄せ下さるよう,お願いします。

【プログラム】
テーマ:星出宇宙飛行士ISS長期滞在ミッションから学んだこと

目的と概要
 今回の宇宙基地医学研究会は,国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在したJAXA星出彰彦宇宙飛行士のミッション(ISS第65/66次長期滞在ミッション,2021.4〜11)を地上から支えたスタッフに,各々の視点からLessons learnedを紹介していただき,今後の宇宙医学研究のあり方についての議論に繋げていくことを目的としています。

日時:令和5年3月 29日(水)18時〜20時
場所:X-NIHONBASHI イベントスペース(東京),及びZoomオンライン

プログラム
1. 管制官の視点から
  関川 知里(JAXA:星出ミッション リードフライトディレクタ)
2. 運動専門家(理学療法士)の視点から
  門馬 博 (杏林大学/ JAXA:星出ミッション 帰還後リハビリ支援)
3. きぼう利用促進の視点から
  小川 志保(JAXA:有人宇宙技術部門事業推進部長)
4. 専任フライトサージャンの視点から
  速水 聰(JAXA:星出ミッション 専任フライトサージャン)
5. 星出彰彦宇宙飛行士 ビデオメッセージ
  司会 暮地本 宙己(東京慈恵医科大学),速水 聰(JAXA)
研究会世話人:泉 龍太郎(日本大学),井上 夏彦(JAXA),大本 将之(久留米大),鈴木 豪(JAXA),速水 聰(JAXA),暮地本 宙己(慈恵医大)

添付1:抄録集
添付2:会場の写真
添付3:アンケート結果

添付1:要旨集

1. 星出宇宙飛行士ISS長期滞在ミッションから学んだこと
〜管制官の視点から〜

関川 知里(JAXA有人宇宙技術部門 有人宇宙技術センター)

2021年4月23日〜11月9日(いずれも日本時間)の約半年間,第65次/第66次長期滞在ミッションとして,星出彰彦宇宙飛行士が国際宇宙ステーション(International Space Station, ISS)に滞在し,宇宙での活動を行った。ミッション期間は198日に及び,日本人宇宙飛行士としての船外活動時間(累計)第1位の達成をはじめとする様々な活躍を残した。
 そのような宇宙での活動の裏では,多くの地上スタッフが常に宇宙飛行士たちを支えており,「運用管制官」と呼ばれる要員もそのひとつである。宇宙飛行士と比較するとその実態や仕事について知られる機会が少ない「運用管制官」の業務について紹介すると同時に,それらをよりよく理解するための,ISSおよび「きぼう」日本実験棟の基本的な事項についても紹介した。また,星出ミッション成功のために「インクリメントリードフライトディレクタ」として従事した経験を,その業務内容と合わせて紹介した。

1:ISS運用の実際
 ISSと宇宙飛行士は,24時間365日,米国,日本,欧州,ロシアに設置された管制室と,そこに従事する管制官によって見守られている。日々のISS運用は宇宙飛行士と管制官の密な連携により行われる。担当所掌は国(機関)によって分かれており,各管制室にはそれぞれの専門領域に特化した管制官が配置されている。フライトディレクタは管制官を束ねる立場のポジションであり,管制室で下される判断の決定権を持つ。

2:ISSでの活動への準備
 宇宙飛行士は実際のフライト前に,滞在期間中に担当する業務に合わせた数々の訓練や打合せを実施する。ISSでの活動で必要となるチームビルディングは,ISSに行く前からすでに始まっていると言える。星出飛行士含む4名のクルーが搭乗したCrew-2の打上前は,コロナウイルスの流行により従来の訓練や打合せとは異なるやり方で準備を進める必要があった。

3:ISS滞在中のサポート
 宇宙飛行士はISS滞在中に様々な作業や実験を担当する。特に実験を上手く進めるためには,入念な事前準備,リアルタイムでの適切なサポート,想定外事象への対応が重要となる。また,地上関係者は多岐に渡るため,関係者と広く密な連携を図ることは,ミッションサクセスの観点でも非常に重要となる。


2. 星出宇宙飛行士ISS長期滞在ミッションから学んだこと
〜運動専門家(理学療法士)の視点から〜

門馬 博(杏林大学/JAXA:星出ミッション帰還後リハビリ支援)

ISS長期滞在ミッション後の宇宙飛行士に対するリハビリテーションは,医師,トレーナー,理学療法士から構成される生理的対策担当チームが中心となり,Flight Surgeonをはじめとする医学運用チームの各セクションと連携して実施されている。
 現在,JAXA宇宙飛行士のISS長期滞在後におけるリハビリテーションは帰還後45日間を目安として行われている。従来は医師が身体の状況を確認しつつ,トレーナーが中心となって帰還後のリハビリテーションが実施されていた。今回,星出宇宙飛行士のミッションにおいては筋力やバランス能力の低下など,転倒をはじめとした様々な身体機能へのリスクが大きい帰還後14日目までをトレーナーと理学療法士が担当し,通常業務への復帰やミッション前身体機能レベルへの回復を目指す,より強度の高い運動を行う15日目以降をトレーナー2名という体制で帰還後リハビリテーションを支援した。
 理学療法士は疾病,外傷などにより身体に障害のある人,あるいは障害の発生が予測される人に対して,基本動作能力(座る,立つ,歩くなど)の回復や維持,および障害の悪化の予防を図り,自立した日常生活が送れるよう支援する医学的リハビリテーションの専門職である。ISS長期滞在ミッション後の宇宙飛行士にみられるバランス能力の低下,歩行困難等への対応は理学療法士の特性を大きく発揮できる分野といえる。今回,JAXA宇宙飛行士のISS長期滞在ミッション後リハビリテーションに理学療法士として初めて関わることとなったが,医師,トレーナーとは異なる視点から状況を分析することで,帰還後のリハビリテーションがより効果的に展開できたと考えている。今後,月面基地の開発をはじめ,宇宙に滞在する人の数が更に増加することは間違いない。今回の星出ミッションにおける帰還後リハビリテーションの一連の経過は,今後の有人宇宙開発においても大きな参考となるものであったと考える。


3. 星出宇宙飛行士ISS長期滞在ミッションから学んだこと
〜きぼう利用促進の視点から〜

小川 志保(JAXA有人宇宙技術部門 事業推進部)

近年,国際宇宙ステーション(ISS)と日本実験棟「きぼう」の宇宙環境利用を取り巻く環境は大きく変化している。2008年に「きぼう」の運用・利用が開始され,この3月には15周年となる。当初は,「きぼう」船内実験室や船外実験プラットフォームに設置された科学利用目的に応じた実験装置を用いて,様々な科学研究や技術開発の実験を実施してきた。2015年以降は,微小重力環境の利用が効果的でかつ需要の高い領域に特化して,その領域の宇宙実験に向けた利用サービスや実験技術を磨き,実験機会の頻度向上や準備時間の短縮を継続的に図る,「利用プラットフォーム」を複数構築してきた。それらは,タンパク質結晶化や小動物飼育,静電浮遊炉利用など船内利用,超小型衛星放出や船外実証などとして整備され,いくつかは民間企業によるサービス運営へと移行しつつある。
 そして,2022年11月に,米国が中心となって進めるアルテミス計画月周回拠点(Gateway,以下「ゲートウェイ」)のための日米間の協力にかかる実施取決めの署名が行われると同時に,日本政府としてISSの2030年までの運用延長への参加が表明された。ゲートウェイや月探査の国際協力が本格化するなか,ISSの位置づけは変化しつつある。単独での成果創出は無論であるが,2030年代以降にはISSが退役している見込みであることを踏まえ,ポストISSにつなげる民間利用の需要拡大や,ゲートウェイや月探査に向けた有人宇宙技術の獲得に向けて,ISSや「きぼう」を最大限活用する取り組みが一層重要となっている。
 星出宇宙飛行士がISS長期滞在を達成した2021年は,ISS運用延長に向けた理解を醸成する大事な時期となった。2度目の長期滞在では,ISSを取り巻く状況変化に呼応するような多くの宇宙実験やシステム運用に関わった。
  ・ISS船長としての活躍/ISSのアップグレードに向けたさまざまな船内・船外活動
  ・探査/科学/民間利用のスクラムで新しい時代を切り拓く科学実験や民間利用
  ・人材育成・教育,SDGsへの貢献
 今回,星出宇宙飛行士のISS長期滞在で行われた「きぼう」利用を振り返り,新たな時代に突入するISS/「きぼう」利用を紹介した。


4. 星出宇宙飛行士ISS長期滞在ミッションから学んだこと
〜専任フライトサージャンの視点から〜

速水 聰(JAXA有人宇宙技術部門 宇宙飛行士運用技術ユニット 宇宙飛行士健康管理グループ)

背景と目的:
2021年4月,星出彰彦宇宙飛行士がスペースX Crew-2に搭乗し,同年11月に地球へ帰還,同年12月にリハビリテーションを終えてISS第65/66次長期滞在ミッションを無事に完了した。私が2018年に星出飛行士ミッションの専任フライトサージャン(以下FS)として指名されてから2022年3月に指名解除されるまでに得た経験を抜粋して報告した。

 星出飛行士ミッションの各飛行フェーズにおける代表的なLessons Learned:
 1)飛行前−新型コロナウィルス感染症流行下での健康管理
 特に飛行任務のあった星出飛行士はNASA/ジョンソン宇宙センター(JSC)が示すCOVID-19ガイドラインにより厳重な感染管理が行われた。
 2)飛行中−軌道上医学運用時に発生する医学的事象への対応・求められる連携力や調整力
 JAXA専任FSはヒューストンへ赴任し国際統合医学グループメンバーの一員として現地でNASA FSらと共にチーム医療を実践する一方で,JAXA医学運用チームやJAXAリードフライトディレクタとも連携しJAXAがワンチームとなる重要性を感じた。
 3)飛行後−帰還直後から始まる専任FS業務と帰還後リハビリテーション
 宇宙船の着水からNASA JSCまでの移送時間がソユーズ宇宙船運用時より大幅に短縮された。以前よりも比較的早い段階で飛行士は医学研究等の被験者をこなす必要性が出てきている。従って専任FSは以前にも増して転倒予防等の安全管理に留意しながらの医学支援が求められている。

 今後の宇宙医学研究のあり方について:
 宇宙の環境で受ける健康影響を最小限に抑える努力を行って宇宙での人の健康と体力を維持することが「宇宙医学」の目的で「宇宙飛行士の健康管理運用」,「宇宙医学分野の研究開発」という二つの柱がある。今後,いわゆる「技術ギャップ」を埋めるべく,将来の有人探査活動が国際協力で実施される計画であることを踏まえ,国際的に我が国の優位性・独自性を示すことや,今後の地球低軌道等における民間活動および地上医療への波及効果も考慮する必要がある。

添付2:会場の写真

JAXAフライトディレクタ 関川 知里さん 杏林大学 理学療法士 門馬 博さん
司会者 暮地本 宙己医師,速水 聰医師 JAXA有人宇宙技術部門事業推進部長 小川 志保さん

添付3:令和4年度 宇宙基地医学研究会 アンケート結果

 18名回答,重複・類似の回答は整理した
1. 研究会の内容について

非常によかった 14
よかった 4
どちらでもない 0
つまらなかった 0
非常につまらなかった 0

2. 研究会で印象に残った点
 宇宙飛行士のサポートを含む,ISS運用に関わる多職種の関わり(8)
 フライトサージャンの仕事内容(3)
 フライトディレクタの仕事内容(3)
 宇宙での医学・基礎実験(5)
 帰還後のリハビリテーション(3)
 手作り感

2. 講師にお伝えしたいこと
 宇宙実験に関する詳細な計画の紹介があれば良い

3. 今後の宇宙医学研究の取り組みに関する提言
 医学研究と医学運用の間架け橋になる医師の育成
 ISSや月での長期滞在時の救急疾患や外傷への対応についての対策
 開かれた門戸;データの開示,連携しやすい形(3)

4. 今後の宇宙基地医学研究会の活動で,取り上げてもらいたい話題
 月面での医療(生理学的な面,医療処置の面)について
 遠隔医療
 民間の宇宙旅行者が増えていく時代に向けた取り組み
 ECLSSを含めた完全な閉鎖環境における物質循環
 深宇宙探査における人体影響
 キャリア形成
 医学以外の話題

5. 今後の日本宇宙航空環境医学会の活動として,期待すること
 医学研究と医学運用を繋ぐ医師の育成
 研究会のオンライン開催(2)
 宇宙航空認定医師のセミナー再開
 Webミニレクチャー(有料で可)による更新ポイント
 基礎・臨床の両方からの取り組み
 医師以外のパラメディカルスタッフ(看護師,理学療法士等)に向けた宇宙医学の普及や会員募集の取り組み
 地球圏外環境のシミュレーション

6. その他
 小児における宇宙医学研究についての,ブレストミーティング的な場を希望する