宇宙航空環境医学 Vol. 60, No. 2, 71-77, 2023

原著

客室乗務員を対象とした心肺蘇生の再訓練の実態

赤澤真央佳1*,佐藤 隆平2*,西山 知佳2

1京都大学医学部人間健康科学科先端看護科学コース
2京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻先端中核看護科学講座クリティカルケア看護学分野
共同第一著者

Cardiopulmonary Resuscitation Retraining Among Airline Cabin Crew

Maoka Akazawa1*, Ryuhei Sato2*, Chika Nishiyama2

1Advanced Nursing Sciences, Department of Human Health Sciences, Faculty of Medicine, Kyoto University
2Department of Critical Care Nursing, Graduate School of Medicine, Kyoto University
*Co-First Author

ABSTRACT
 Objective:This study investigated the frequency of cardiopulmonary resuscitation (CPR) retraining courses and experiences of encountering passengers with cardiac arrest and resuscitation actions among airline cabin crew members.
 Methods:We conducted an anonymous survey among cabin crew with more than two years of work experience using Google Forms from August 5 to August 20, 2021. The questionnaire asked about the presence or absence of CPR retraining, its frequency, and the training environment. The form was then sent to cabin crew members, who confirmed their willingness to participate in this study. The data were summarized as numbers and percentages for categorical variables or as median and interquartile ranges for continuous variables. Additionally, cabin crew were compared according to the impact of failing a post-retraining test on their duties.
 Results:A total of 106 responses were received and included in the study. Of these, 104 (98.1%) participants had received CPR retraining, and 63 (60.6%) had received retraining once during the year. Three participants encountered an in-flight cardiac arrest, and only one of them had performed resuscitation actions. Of the participants, 75 (72.1%) underwent a post-training test, and 27 (36.0%) reported that their tasks were impaired when they failed the test. The 75 participants who took the post-training test were contrasted based on the impact of failing the test after retraining on their duties; seven (25.9%) participants from the affected group and two (4.2%) from the unaffected group were trained in the mockup cabin. Twenty (74.1%) participants from the affected group and 19 (39.6%) from the unaffected group reported a strong need for CPR retraining.
 Conclusion:Approximately 60% of the cabin crew members who were the subjects in this study received CPR retraining once a year. Only 3% of the respondents had encountered cardiac arrest. The retraining course was different depending on whether the test results after retraining influenced the duty. The cabin crew, impacted by the test results, strongly felt the necessity of CPR retraining. The outcomes of this study underscore the need to establish an organization with a high awareness of CPR and to consider appropriate training intervals and content.

(Received:26 July, 2022 Accepted:28 November, 2022)

Key words:Cabin crew, Cardiopulmonary resuscitation, Retraining, In-flight cardiac arrest

I. はじめに
 航空機が上空約1万メートルを飛行している巡航高度(水平飛行)では,地上と比較して外気圧が0.2気圧になる。地上にいるときとの気圧差が少なくなるように,機内の気圧を0.8気圧に保っているが,これは標高約2,000 mの山に登っているような状況と同じ環境を意味する1)。気圧の低下に伴い,呼吸器,循環器が影響を受け1),失神,消化器症状,呼吸器症状,心臓血管症状,心停止,脳血管症状など医療的緊急事態(In-flight medical emergences,以下IME)の発生が報告されている2)。しかし一度離陸すると医療機関にアクセスすることは極めて困難であり,緊急度が高い病態ほどその場に居合わせた客室乗務員の行動が重要となる。
 客室乗務員は,墜落をはじめさまざまな緊急事態を想定した訓練を徹底して行っており,その訓練の一つに心停止を含むIMEへの対応が含まれている。直近2年間の日本の航空機事故の発生頻度をみてみると,滑走路逸脱等の重大インシデント発生は100万便あたり2.7件,墜落事故は発生していない3)。一方,日本で誰もが自由にアクセスできる公開資料において,機内で発生した心停止に関するデータはない。アメリカの先行研究では7,198,118便のうち38件の心停止が発生していることが報告されている4)。そこでもしアメリカと同頻度で機内での心停止が発生すると仮定して,国土交通省の空港管理状況調書の日本のフライト数に換算して計算してみると,100万便あたり5.3件もの心停止が発生していることになる。この数字は航空機の重大インシデントの発生頻度よりも高く,客室乗務員が心肺蘇生(cardiopulmonary resuscitation,以下CPR)を習得し,傷病者に対して適切にCPRが実施できるように準備しておく必要性を意味する。
 心停止に陥った人を救命するためには,その場に居合わせた人(バイスタンダー)が迅速に心停止を認識し,119番通報すると同時に迅速なCPRの実施と自動体外式除細動器(automated external defibrillator,以下AED)を用いた電気ショックの実施が極めて重要である5)。先行研究によると,CPRの開始が1分遅れることで11%,電気ショックが1分遅れることで17%の救命率が減少することが指摘されている6)。また心停止現場に居合わせた人によりCPRが行われると,1ヶ月後の生存率は2倍高くなるとの報告がある5)。心停止患者の救命率にはバイスタンダーによるCPRの実施が重要であり,機内においては客室乗務員が中心となって救命活動にあたることで傷病者の命を救うことが可能である。
 アメリカ連邦航空局の規定では,客室乗務員は24ヶ月に1回CPRやAEDに関する訓練を実施することが定められてはいるが,会社によって頻度や内容が異なりさらに標準化された訓練はない7)。日本の運航規程審査要領細則では,応急処置は,1年毎の定期訓練の中で目的に応じて必要な場合に実施するものと規定されているが8),再訓練の実態は明らかになっていない。
 本研究は,客室乗務員を対象にCPRの再訓練の内容とその頻度を明らかにする。また,機内で心停止に陥った乗客に遭遇した経験,並びにその際にとった救命行動を明らかにする。

II. 方法
 A. 研究対象者
 日本語を母国語とする現役の客室乗務員のうち,CPRの再訓練の実施状況を評価するため,乗務年数2年目以降の客室乗務員を対象とした。除外基準は,途中入社も含め,調査年度に入社したものとした。
 B. 研究のデザインと研究期間
 横断研究であり,2021年8月5日から2021年8月20日までGoogle formsを使った無記名のwebアンケート調査を実施した。
 C. 調査方法
 研究対象者のリクルートは,筆頭著者が以前勤務していた航空会社の同期などに対して,口頭あるいはEmailで本研究趣旨を説明し,趣旨に賛同した人へWebアンケートのURLを送り行った。また賛同した人を通じてさらなる配布依頼を行った。研究協力者に対して,協力してもらえる際には2週間で回答をしてもらうように依頼をした。アンケートは,属性に関するもの(設問数2),CPRの再訓練に関するもの(設問数10),機内で心停止に陥った乗客に遭遇した経験に関するもの(設問数8),CPR訓練の必要性および乗務中の心停止,インシデントへの遭遇頻度の認識に関するもの(設問数2)の合計22の設問で構成した。CPR訓練の必要性に関する認識については,強く感じるを5,全く感じないを1とした5段階のリッカート尺度を用いた。
 D. 解析方法
 主要評価項目はCPRの再訓練の有無であり,副次評価項目はCPRの再訓練の頻度,機内を想定したCPR訓練の有無,機内での心停止症例への遭遇頻度,機内での遭遇した心停止症例へ救助行動の種類,機内での遭遇した心停止症例へ救助行動をしなかった理由,CPR訓練の必要性の度合いであった。それぞれの調査項目について,記述統計学的手法を用いてデータを要約した。また,再訓練後のテスト不合格時の乗務への影響の有無で2群に分けて調査項目に関してデータ要約を行った。すべての解析はJMP version 15(SAS Institute Inc,Cary,NC)を使用した。なお本研究は仮説検証型の研究ではないため統計学的検定は行わなかった。
 E. 倫理的配慮
 本研究は,Web調査開始の前に本研究への目的や内容などを記載した説明文を掲載し,参加の同意の意思表示をしてもらう同意ボックスを設けた。同意ボックスにチェックを入れたもののみ,質問が表示され調査項目に沿って回答できるようにした。本研究は「ヘルシンキ宣言」と「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」に基づき実施した。なお,この研究は,京都大学大学院医学研究科・医学部及び医学部附属病院医の倫理委員会(受付番号:R3070) によって承認された後行った。

III. 結果
 A. アンケート回収状況,解析対象者の背景およびCPRに対する再訓練の状況
 106人から回答を得てすべてを解析対象とした。表1は,対象者の背景とCPRに対する再訓練の詳細を示している。対象者のうち,104人(98.1%)が勤務先でCPRの再訓練が実施されており,そのうち63人(60.6%)が1年に1回再訓練を受講していた。訓練後のテストがあるのは75人(72.1%)であり,テスト不合格時の乗務への影響があるのは27人(36.0%)であった。
 B. 機内で体調をくずした乗客や同僚へのケア経験と心停止遭遇経験
 表2は,対象者の機内で体調をくずした乗客や同僚へのケア経験と心停止遭遇経験を示している。ケア経験ありと回答した者が101人(95.3%),そのうち心停止に遭遇した経験があった者は3人(3.0%)であった。そのうち1人が反応の確認,周囲への伝達,ドクターコールの準備,胸骨圧迫,AEDの使用,といった救命行動をとっていた。残り2人のうち1人は既に他の人が救助していたという理由で,もう1人は自身の胸骨圧迫など救命行動に対する自信がないことや,周囲からの視線が気になったこと,焦りや混乱があったため救命行動をとらなかった。
 C. CPR再訓練の必要性および心停止遭遇頻度の認識
 表3は,対象者のCPR訓練の必要性と心停止の遭遇頻度の認識を示している。再訓練の必要性を「強く必要性を感じる」または「まあそう感じる」と回答していたのは104人(98.1%)であった。乗務中に遭遇する頻度が高いと考えるものについては,心停止が54人(50.9%),インシデントが22人(20.8%),同程度が30人(28.3%)であった。
 D. 再訓練後のテスト結果が乗務に影響を与えるか否かによる,対象者の再訓練の状況,CPR再訓練の必要性および心停止遭遇頻度の認識
 訓練後のテスト不合格時の乗務への影響の有無別の再訓練の様相を把握するため,乗務へ影響がある人27人(影響あり群)と影響がない人48人(影響なし群)に分けて分析した。モックアップで訓練していた人は影響あり群で7人(25.9%),影響なし群で2人(4.2%)であった。テスト方法で最も多かった回答は,影響あり群では実技試験と筆記試験が15人(55.6%),影響なし群では実技試験のみ35人(72.9%)であった。再訓練指導者は,いずれの群でも社内の教育担当者である場合が最も多かったが,その他の訓練担当者として,影響あり群では赤十字救急法指導員5人(18.5%)や医療従事者4人(14.8%),影響なし群では赤十字救急法指導員4人(8.3%)や医療従事者2人(4.2%)であった(表4)。CPR再訓練の必要性を強く感じると回答した人は,影響あり群では20人(74.1%)であったが,影響なし群では19人(39.6%)であった。心停止とインシデントの遭遇頻度について心停止の遭遇頻度が多いと回答した人は,影響あり群では16人(59.3%)であり,影響なし群では16人(33.3%)であった(表5)。

Table 1 Characteristics of participants, details of CPR retraining program taken by participants (n=106)
n %
勤続年数,ケ月,中央値(四分位範囲) 89 (65-101)
勤務会社の日系外資系別,外資系会社 10 9.4
会社での再訓練の有無,あり 104 98.1
再訓練受講対象者,全員 103 99.0
再訓練の頻度
 1年に1回 63 60.6
 2年に1回以下 36 34.6
 1年に2回 5 4.8
 1年に3回以上 0 0
機内を想定した訓練の有無,あり 93 89.4
実際の訓練環境
 通常の部屋 74 71.2
 モックアップ 10 9.6
 その他 8 7.7
人形使用の実技の有無,あり 103 99.0
訓練後のテストの有無,あり 75 72.1
テスト方法
 実技試験のみ 41 54.7
 筆記試験と実技試験 23 30.7
 口頭試問と実技試験 9 12.0
 筆記試験のみ 2 2.7
 口頭試問のみ 0 0
 筆記試験と実技試験と口頭試問 0 0
テスト不合格時の乗務への影響,あり 27 36.0
訓練の指導者
 社内の教育担当者 87 83.7
 赤十字救急法指導員 10 9.6
 医療従事者 7 6.7
 民間の普及団体メンバー 0 0
 消防署員 0 0
CPR, cardiopulmonary resuscitation
会社での再訓練がある(n=104)
訓練後にテストがある(n=75)
Table 2 Experience in caring for passengers or colleagues and encountering in-flight cardiac arrest (n=106)
n %
体調をくずした乗客・同僚へのケア経験,あり 101 95.3
ケアを行った乗客・同僚の症状
 嘔吐や下痢 80 79.2
 痙攣や失神 58 57.4
 頭痛 49 48.5
 心停止 3 3.0
 その他 30 29.7
医療的緊急事態遭遇経験,あり 3 2.8
 1回 3 100
ケア経験あり(n=101)
医療的緊急事態遭遇経験あり(n=3)
Table 3 Awareness of the need for CPR retraining program taken by participants and the frequency of cardiac arrest encounter (n=106)
n %
心肺蘇生の再訓練の必要性
 強くそう感じる 61 57.6
 まあそう感じる 43 40.6
 どちらとも言えない 1 0.9
 あまりそう感じない 1 0.9
 全く感じない 0 0
乗務中に遭遇する可能性が高いと考えるもの
 心停止 54 50.9
 インシデント 22 20.8
 同程度 30 28.3
CPR, cardiopulmonary resuscitation
Table 4 Details of the CPR retraining program taken by participants of airline companies that require the boarding staffs to pass the skill test after retraining program or not.
不合格時の乗務への影響
あり(n=27) なし(n=48)
n % n %
勤務会社の日系外資系別,外資系会社 6 22.2 3 6.3
再訓練受講対象者,全員 27 100 47 97.9
再訓練の頻度
 1年に1回 19 70.4 31 64.6
 2年に1回以下 4 14.8 16 33.3
 1年に2回 4 14.8 1 2.1
 1年に3回以上 0 0 0 0
機内を想定した訓練の有無,あり 25 92.6 45 93.8
実際の訓練環境
 通常の部屋 9 33.3 43 89.6
 モックアップ 7 25.9 2 4.2
 その他 9 33.3 0 0
人形使用の実技の有無,あり 27 100 47 97.9
テスト方法
 実技試験のみ 6 22.2 35 72.9
 筆記試験と実技試験 15 55.6 8 16.7
 口頭試問と実技試験 4 14.8 5 10.4
 筆記試験のみ 2 7.4 0 0
 口頭試問のみ 0 0 0 0
 筆記試験と実技試験と口頭試問 0 0 0 0
訓練の指導者
 社内の教育担当者 18 66.6 42 87.5
 赤十字救急法指導員 5 18.5 4 8.3
 医療従事者 4 14.8 2 4.2
 民間の普及団体メンバー 0 0 0 0
 消防署員 0 0 0 0
CPR, cardiopulmonary resuscitation
Table 5 Awareness of the need for CPR retraining program and the frequency of cardiac arrest encounter of the participants of airline companies that require the boarding staffs to pass the skill test after retraining program or not.
不合格時の乗務への影響
あり(n=27) なし(n=48)
n % n %
心肺蘇生の再訓練の必要性
 強く感じる 20 74.1 19 39.6
 まあ感じる 7 25.9 28 58.3
 どちらとも言えない 0 0 0 0
 あまり感じない 0 0 1 2.1
 全く感じない 0 0 0 0
乗務中に遭遇する可能性が高いと考えるもの
 心停止 16 59.3 16 33.3
 インシデント 6 22.2 10 20.8
 同程度 5 18.5 22 45.8
CPR, cardiopulmonary resuscitation

IV. 考察
 本研究の目的は,客室乗務員を対象にCPRの再訓練の実態を明らかにし,機内で心停止に陥った乗客に遭遇した経験およびその際の救命行動を示すことであった。その結果,解析対象となった106人の客室乗務員において,98.1%でCPRの再訓練があり,その再訓練は年に1回実施されていると回答した人が最も多く60.6%であった。再訓練の必要性を強く,あるいはまあそう感じているものは98.1%であった。心停止に遭遇した経験があったのは3人であり,そのうち1人が救命行動をとっていた。また,訓練後のテストがあり不合格となった場合に乗務への影響の有無別では,再訓練の方法や訓練の必要性などの様相が異なっていた。
 調査を行った106人のうち,CPRの再訓練は98.1%が行なっていると回答していた。再訓練の頻度については,1年に1回と回答した人(60.6%)が最も多かったが,2年に1回(34.6%)という回答も2番目に多かった。日本の運航規程審査要領細則では,応急処置は,1年毎の定期訓練の中で目的に応じて必要な場合に実施するものと規定されている8)。日系会社が9割を占めている本研究の対象者において,再訓練が2年に1回と回答した客室乗務員は約35%おり,再訓練を1年に1回受講できている人は60%に留まった。Mokhtariらは,看護師を対象にしたCPRの再訓練の頻度とCPRの知識や意欲について調査した結果,訓練から2年が経過すると,CPRの知識や意欲が有意に低下すると報告している9)。つまり,訓練を受講しても時間の経過とともに知識や実施意欲は低下しており,それらを長期間維持することは困難である。これらから,訓練の間隔が2年に1回の再訓練は適切ではなく,少なくとも1年に1回は再訓練を設定することが望ましいと考える。
 機内において高い頻度で起こる乗り物酔いや頭痛に対して7),ケア経験を有する客室乗務員は95.3%と多かった。一方で,心停止が起こる頻度は消化器症状や失神,痙攣と比較し低く7),本研究でも実際の機内での心停止を経験したものはわずか3人であった。先行研究では,訓練の経験や実際の医療的緊急事態を経験していない場合では救命行動をとる自信が低くなるが,そのどちらかもしくは両方を経験した場合では救命行動をとる自信が高まること,さらに機内を想定した訓練や医療的緊急事態の経験をすることで対応能力への自信がつくことが報告されている10)。本研究の結果において,心停止に遭遇した経験があった3人のうち,1人が技術に自信が持てずに救命活動が行えなかったと回答していた。救命行動に対する自信を高めるために,再訓練が必須であるだけでなく,訓練では機内を想定して実際の場面に近づけることが大切でありモックアップの使用をはじめ機内を想定した環境で訓練することは効果的かもしれない。
 CPRの再訓練の必要性について,98%の人が「強く必要性を感じる」または「まあそう感じる」と回答していたが,乗務中にインシデントよりも心停止に遭遇する可能性の方が高いと回答した人は全体の半数のみだった。客室乗務員の初期訓練や再訓練では,航空機のインシデントに関してはエマージェンシーハンドブックやCabin Attendant Manualを用いて,頻度や発生機序など詳細を学習している。しかし,それらのハンドブックやマニュアルには心停止の発生頻度を含め心停止についての詳細に関して記載がない。今回の研究から,対象者の客室乗務員はCPRの再訓練の必要性は感じているが,心停止が起こる頻度はあまり多く感じておらず,航空機内での保安要員としての役目はありながらも自分ごととして心停止の処置を捉えきれていない人が多いのではないかと考える。したがって,救命処置の技術的なことを学ぶだけではなく,心停止の発生頻度,機序などのCPRを学ぶ背景を学習する必要があると考えられる。
 再訓練の後にテストがあり,尚且つ不合格時に乗務への影響があると回答した群では,訓練の必要性を強く感じ,心停止の遭遇頻度がインシデントよりも多いと回答している割合が高いことが明らかになった。また,乗務に影響あり群は,専門家による指導,実際の環境に近いモックアップでの訓練,実技試験と他の試験方法を組み合わせた試験が行われ,効果の高いと考えられる方法で再訓練が実施されていた。このことは,再訓練後のテスト不合格時に乗務へ影響がある制度をもつ航空会社は,CPRに対し高い意識を持つ組織であり,その組織に所属する客室乗務員は再訓練の必要性を高く持っていると考える。Dysonらは,救急医療機関における組織の文化と院外心停止患者の退院までの生存率の関連性について調査し,院外心停止患者の生存率を改善するという組織の価値観や目標が患者の生存退院率を改善させたと述べている11)。また,MickeyはCPRへの意識が高い組織の文化は個人のケアの質を高めることに深い関わりを持つとも述べている12)。したがって,組織の文化が個の意識や行動に影響を与えると考えられ,航空会社においても個だけに頼るのではなく,組織としてCPRに対する意識を高く持つことが教育の鍵となると考えられる。
 日本においては客室乗務員に対するCPRの訓練に関しての実態を調査した先行研究はなかったため本研究は新規性が高い。しかし,いくつかの研究の限界がある。第1に,本研究はパイロット研究のため対象者数が少ない。また航空会社を対象に行った調査ではなく,個人を対象に調査を行っており同一航空会社に所属する対象者が複数含まれている可能性が否めない。そのため,本研究を客室乗務員全体に当てはめ一般化することはできない。第2に,回答者は研究者が客室乗務員として勤務していた時の同僚が多くを占めるため,CPRの再訓練に関して意識が高い者が多く含まれている可能性がある。この研究を元に,今後さらに大きな母集団に調査することで,航空会社に対して客室乗務員によるCPR,教育の重要性を周知していくことができると考える。

V. 結論
 客室乗務員の約6割が,CPRの再訓練を年に1回受講していた。また本研究の対象者の3%が心停止に遭遇した経験があったが,乗務中にインシデントよりも心停止に遭遇する可能性が高いと答えたものは半分であった。訓練後のテストがあり不合格となった場合に乗務に影響があると回答した群は,影響がないと回答した群と比較すると再訓練内容の様相が異なり,訓練の必要性を強く感じると回答する割合が高かった。これらから,CPRに対する意識を高くもつ組織を構築し,年1回以上のCPR再訓練や実際の環境に近づけた訓練内容などについて再考し,計画および実施することが必要と考えられた。

VI. 利益相反
 すべての著者には規定された利益相反はない。

VII. 謝辞
 アンケート調査にご協力下さりました客室乗務員の皆様に感謝の意を表します。

文献

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連絡先:〒606-8507 京都市左京区聖護院川原町53
    京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻 先端中核看護科学講座 クリティカルケア看護学分野
    西山 知佳
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