宇宙航空環境医学 Vol. 60, No. 1, 21, 2023
一般演題 1
3. 耳石器前庭障害に対する重力感知─代行デバイスによる姿勢制御効果
山中 敏彰,大山 寛毅,岩元 秀輔,小林 孝光,安松 隆治
近畿大学 医学部耳鼻咽喉・頭頸部外科
The effect of gravity sensitive vestibular substitution devise on vestibular dysfunction associated with otolith organ
Toshiaki Yamanaka, Hiroki Ohyama, Syusuke Iwamoto, Takaaki Kobayashi, Ryuji Yasumatsu
Department of Otolaryngology-Head and Neck Surgery, Medical School, Kindai University
【緒言】 前庭からの情報入力が遮断されると,ヒトの平衡機能は著しく低下し,めまいや平衡障害が出現する。なかでも耳石器機能が低下すると,重力に対する感受性さらに傾きを認知する働きが低下し,姿勢保持や歩行制御が困難となる。このようなケースに対して,前庭覚に代わる感覚(触覚)を通じて,耳石器前庭覚からの重力バランス情報を伝達することを目的に,重力感知-代行デバイスを用いて平衡機能の向上を試みたので報告する。
【対象と方法】 (対象)薬物治療および通常の平衡リハビリテーションで2年以上改善がみられなかった両側前庭障害症例7例(男性3例,女性4例,38歳-70歳:中央値53歳)を対象にした。疾患の内訳は薬剤性障害1例と特発性両側前庭障害6例であった。全例において温度刺激検査で両側CP (最大緩徐相速度3°/sec以下)と前庭誘発筋電位 (VEMP)で両側無反応を示し,脳神経系および筋・骨格系の異常は認められなかった。(重力感知―代行システム機器)本システムは頭部偏位センサーで感知される重力加速度ベクトルから得られた体の偏倚・傾き情報がプロセッサーへ送られ,同部位で記号・符号化されて舌とインターフェイスする触覚ディスプレイへ電気パルス信号として送られるように設計されている。舌触覚から得られる電気信号情報でバランス方向が認識できるようになっており,例えば右に体が傾けば,舌の右側が刺激され,右に傾いていることを舌触覚を通じて対象者が認知できる。(トレーニング法)対象者に対して,舌表面に電極アレイを置いて,舌触覚で感知された電気信号が常にセンターリングされるようにして姿勢を保持するトレーニングを行った。つまり,仮にシグナルが前方に移動すれば,後方へ移動させてシグナルを常に中央に保持するようにさせた。5-20分間のセッションを1日2回,合計8週間のプログラムでトレーニングを行った。(治療評価)治療効果は,動的な歩行能力の指標となるFunctional Gait Assessment (FGA)と日常のバランス支障度を表すDizziness Handicap Inventory (DHI)を用いて治療前後の歩行機能とQOLを評価した。
【結果】 治療プログラムを完了すると,全例,姿勢を認知して制御することが可能となりバランスパフォーマンスは著しく向上した。
FGAは治療前の13.7±4.2から治療後には21.2±1.7に有意に変化して改善を示した。7例のうち2例でスコアが23以上となって正常化し,安定した歩行が可能となった。スコアが1と3を示して歩行がほとんど不可能であった2症例もトレーニング後にはそれぞれ20と18に上昇し,歩行機能が著明に改善した。
日常活動性の指標となるDHIに関しては,治療前の値は74.6±6.8であったが,治療後には48.5±10.5に減少し,有意な改善がみられた。QOLがトレーニングによって著明に向上することが示された。
【結論】 前庭(耳石器)情報を伝達する重力感知-代行デバイスは,耳石器機能障害症例において,耳石器前庭情報を身体に代替入力することを可能とし,低下した姿勢・歩行機能を向上させることのできる新しい治療モダリティーとして期待される。