宇宙航空環境医学 Vol. 60, No. 1, 7, 2023

宇宙への順応を促進する無意識の脳と生体リズム

大塚　邦明^1,2,3，Germaine Cornelissen ²，古川　聡¹，久保　豊³，柴田　興一³，水野　康¹，相羽　達弥¹，
大島　博¹，向井　千秋¹

¹宇宙航空研究開発機構　有人宇宙技術部門
²ミネソタ大学　時間医学研究所
³東京女子医科大学

Multiple biological clocks and astronauts’ unconscious mind facilitate adaptation to novel space environment during long-duration spaceflight

Kuniaki Otsuka ^1,2,3, Germaine Cornelissen ², Satoshi Furukawa ¹, Yutaka Kubo ³, Koichi Shibata ³, Koh Mizuno ^1,4, Tatsuya Aiba ¹, Hiroshi Ohshima ¹, Chiaki Mukai ^1,5

¹ Space Biomedical Research Group, Japan Aerospace Exploration Agency, Ibaraki, Japan
² Halberg Chronobiology Center, University of Minnesota, Minneapolis, Minnesota, USA
³ Tokyo Women’s Medical University, Tokyo, Japan
⁴ Faculty of Education, Tohoku Fukushi University, Miyagi, Japan
⁵ Tokyo University of Science, Tokyo, Japan

【背景と目的】　脳の神経ネットワークの活動を映す心拍変動を経時的に解析することから，宇宙飛行士が宇宙の微小重力環境に順応していくプロセスを解析した。
　【対象と方法】　“Biological Rhythms 24 Hrs & 48 Hrs”研究として，約6ヶ月間宇宙に滞在した21名の宇宙飛行士を対象。任務前，宇宙飛行中（2回以上），帰還後にホルター心電図／身体活動量を記録し，心拍変動／睡眠行動を解析。24時間，12時間，8時間，90分のリズム解析は余弦曲線あてはめとMEMスペクトルで実施。
　【結果】　①心拍数・心拍変動のサーカディアンリズムは，宇宙飛行中も継続して観察された。心拍数サーカディアンリズムの振幅は統計上有意に増幅し，宇宙飛行中，サーカディアンリズムが強化されること，②心拍変動TF成分のリズム解析では，サーカディアンリズムとともに90分リズム （ノンレム・レム睡眠リズム）の振幅が増大することが確認された。③宇宙飛行中，無意識の脳（視床下部視交叉上核と視床のアストロサイト，脳のデフォルト・モード・ネットワーク）が活性化されることで，順応／適応のプロセスが誘導されていくことが推察された。すなわち，宇宙滞在直後（1ヶ月未満）は，無意識の脳はまず睡眠中だけ40%程度活性化され，宇宙滞在11か月後には，同程度の活性化が，昼夜を問わず1日中継続して活性化されることが観察された。④サーカディアンリズムの強化に，サーカセミディアン（12時間）周期のリズム強度の増大の関与が推察された。
　【考察】　NASAはTwin Studyとして，一卵性双生児の宇宙飛行士を一人は地上で，もう一人は宇宙に1年間滞在して生活させ，同時に同じ内容の調査を実施し，宇宙で生活すると老化に関連する遺伝子群に変化が現れ，anti-aging効果が得られる可能性があることを報告している。私たちの調査研究は，宇宙空間でサーカディアンリズムが強化されることと睡眠の質（90分リズム）が向上することが，宇宙飛行に観察されるanti-aging様効果の一因であることを示唆している。
　【結論】　この観察研究の解析結果は，人が宇宙という新奇環境での生活を開始するとき，比較的迅速に応答し順応することができる可能性を示唆している。

　本発表は，著者らの公表済み論文から本シンポジウム向けに再構成したものである。