宇宙航空環境医学 Vol. 60, No. 1, 1, 2023

大会長講演

先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし

野村 泰之

日本大学医学部 耳鼻咽喉・頭頸部外科学分野

The fools don’t know how foolish

Yasuyuki Nomura

Nihon University, School of Medicine, Dept. of Otolaryngology-Head and Neck Surgery

このたび第68回日本宇宙航空環境医学会大会の大会長を承りました。そして大会2日目の2022年11月25日(金)昼食休憩後の13時20分から20分間を大会長講演とさせていただきました。講演タイトルは「先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし」です。宇宙航空医学における小生の専門領域である宇宙酔いや平衡障害の学術的な内容は著作や認定医講習会でも著わさせていただいていますので,この講演では「学術」「学問」「学会」という事象に関するもっと普遍的な意識をお話しさせていただくことにしました。よってこの抄録も学術的内容というよりもその講演自体の要旨記録となることをご容赦ください。
 【1 御礼と感謝】 今回の大会運営を通じて最も感じたことです。人生においてこれほどたくさんの御礼と感謝をお伝えできる皆様に恵まれた自分を幸せに思いました。皆様ほんとうにありがとうございました。
 【2 先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし】 世の中には「先生」と呼ばれる人種がいます。なにゆえの「先生」なのでしょうか。しかも中には「大先生」という呼称もあります。ただしこの「大先生」という呼称は通常,先生人種以外の方々から呼称されることが多いかもしれません。そして「先生」の特徴の一つとして,社会人1年目にして,何故か顧客側の方が頭を下げるという光景が見受けられます。ビジネス界では摩訶不思議な光景でしょう。
 【3 すそ野を広げる】 折りしもカタールでサッカーのワールドカップ大会が行われており,11月23日に日本がドイツを2対1で破りました。学会場から徒歩数分の渋谷区立猿楽小学校時代,小生がサッカー少年だった頃には考えられない快挙です。日本サッカーの成長発展の最大の理由は何でしょうか。小生は「すそ野を広げる」ことが出来たからだと解析します。次の時代を担ってくれる若い世代に広くすそ野を広げることは,学会・学術の発展でも同様と考えます。
 【4 実験・研究し,論文を書く】 学問・学術とは突き詰めて言えば後世につなぐ“論文を書く”ことです。学術の樹立には長年の積み重ねが必要ですので,査読を経ない単なる活動行為や研究成果は科学のいしずえとは認められがたく,浅薄な文化しか寄与できない危険があり,ひいては国力を衰退させるかも知れません。学術論文の低迷はその国の基礎産業力の低下と同義,あるいは学術がビジネスに身売りをする傾向を反映する特徴とも言えます。
 【5 留学のすすめ】 小生は縁あってNASAを留学先に選びました。ファンキーなバックパッカーとして慶應義塾時代に訪れた施設に後年になって勤務することができました。昨今はインターネットで手軽に世界中の様子を眺められます。しかしそれは決して実際の「経験」とはならず,地球上80億人のうちのわずか1.5%の人々しか喋っていない日本語の島国に居ても,自らのガラパゴスさには気付けないものです。観光旅行では得られない“住んで経験する”ことが異国文化への留学の大きな目的,そして本物の学術を育むと言えるでしょう。
 【6 臨床へのフィードバック】 研究や学術は,肩書や役職を得るために行うものでは本来ないはずです。小生は臨床医であり大学教員ですので,一見難解な学術も何らかの形で臨床へのフィードバックに役立て,そして平易な言葉での教育・広報につなげることも肝要と考えています。
 【7 やめない・・・休んでもいい】 何かを成すに最も大切な事をひとつ挙げよと言えば,これです。たとえ休んでいる時期があっても,いつかまた1ミリずつでも前進する。結局,やめないことが物事を成す最も大切な事です。その小さな成功体験が,また次の1ミリを進む勇気を与えてくれます。
 以上が,大会長講演の要旨でした。ご参加いただきました皆様ほんとうにありがとうございました。