宇宙航空環境医学 Vol. 59, No. 2, 91-93, 2022

ニュースレター

3. 各分科会から (1)宇宙基地医学研究会
ムーンビレッジ勉強会と有人宇宙活動の将来

泉 龍太郎

宇宙基地医学研究会世話人,宇宙惑星居住科学連合担当
日本大学

 昨年度のニューズレターでもご紹介した,ムーンビレッジ勉強会ですが,その名の示す通り,近未来に月惑星に構築される社会のレファレンスモデルを検討することを目的としており,JAXA宇宙科学研究所の稲谷先生が中心となって,令和3年度も活動が続けられています(表1)1)

表1 令和3年度 月惑星に社会を作るための勉強会(敬称略,所属は当時)

日時 演者(所属) 演題名
1 2021/4/23 鶴巻  崇(ヘザウィックススタジオ アソシエイト・シニアデザイナー) 月面居住施設建設と3Dプリント技術
内田  敦(三菱総合研究所;MRI)/朝妻 太郎(フロンティアビジネス研究会資源WG) ムーンビレッジ勉強会/リファレンスモデル(ビジネス分科会)中間報告
2 5/26 John C. Mankins(Moon Village Association) Progress Toward the Moon Village:A Reference Architecture for the First Lunar Settlement by 2045
鶴巻  崇(ヘザウィックススタジオ アソシエイト・シニアデザイナー) 月面居住施設建設と3Dプリント技術 −フォローアップ−
3 6/29 泉 龍太郎(日本大学) 月・惑星社会 医学・ライフ分野検討G
保田 浩志(広島大学) 深宇宙ミッションにおける宇宙放射線防護の課題
山田  深(杏林大学) 21世紀における宇宙での運動とリハビリテーション
4 7/28 稲谷 芳文(JAXA)+ アーキテキクチャWG
佐々木 宏(JAXA),油井亀美也(JAXA),辻田 大輔(MHI),内田  敦(MRI),朝妻 太郎(ispace) パネルディスカッション;「月社会の運営のための輸送システム討論会」
5 9/8 ムーンビレッジ勉強会リファレンスモデル検討WG中間報告
・アーキテクチャWG:坂本 勇樹(JAXA)
・社会科学WG:北村 尚弘(センチュリー法律事務所)
・ビジネスWG:内田  敦(MRI)
・人文科学WG:岡田 浩樹(神戸大学)
・ライフサイエンスWG:泉 龍太郎(日本大学)
6 10/7 上野 宗孝(JAXA ・ 宇宙探査イノベーションハブ) 月面からの重力波観測
川村 太一(Institut de Physique du Globe de Paris〔パリ地球物理研究所〕) 月内部構造解明に向けた観測
7 11/8 山敷 庸亮(総合生存学館) 京都大学有人宇宙学研究センターの活動
遠藤 雅人(東京海洋大学) 宇宙で魚を食す-宇宙養殖のはなし
8 12/8 神谷 祥二(川崎重工) 地上の水素サプライチェーン構築活動と,月面における水素エネルギー供給構想について
篠原 真毅(京都大) 宇宙太陽発電の研究開発現状と月への技術応用
9 2022/1/28 Oleh Ventskovsky(Director of European Representation,Yuzhnoye Design Office) En route to the Moon Market(月面マーケットへの道筋)
高田  敦 (兼松株式会社 航空宇宙部) 月面での事業化に向けた米国Sierra Spaceの取り組み

 このムーンビレッジ勉強会は,2021年度第5回(9月8日開催)の勉強会にあるように,現在,アーキテクチャ,社会科学,ビジネス,人文科学,及びライフサイエンスの5つのワーキングループが設けられており,2022年中には,報告書がまとめられる予定となっています。
 この中で,筆者はライフサイエンス分野を担当しており,将来の月惑星社会における医学的な課題の抽出と,その対応策を中心にまとめることを念頭に,悪戦苦闘しているところです。長期宇宙滞在に伴う医学的な課題については,既に宇宙飛行を経験した人が500名を超え,様々な知見が集められ,データベースとしてはNASAが中心となってまとめているHuman Research Roadmap2)が最も信頼性が高いと思われますが,日本でもJAXAから医学・健康管理技術に関する技術ギャップ3)や,きぼう利用戦略4)として情報発信されています。これらの情報を基に,月惑星社会における医療体制に関し,いろいろな方の協力を得ながら課題の検討を進めているところです。この課題のチャレンジングなところは,単に宇宙環境の影響とその対策を考えることだけでなく,この月惑星社会が実現すると思われる50年〜100年後の医療・ライフサイエンス技術の進歩を予測するところにあります。言うまでもなく,医療分野の技術革新は凄まじいものがあり,50年はともかく,100年後がどのようになっているのか,ある意味で非常に興味深い取り組みです。例えば人工知能(Artificial Intelligence = AI)は,いずれ人知を越えると予想されますが,それが何時頃か,既に将棋や囲碁のゲームではAIの方が強く,また医学分野でも,心電図等は自動診断装置が備わっている機器が一般的です。筆者自身は,元々,内科・産業医が専門ですが,50年後には不要な職種になっているのではないかと,密かに恐れています(その時は,もう私自身は寿命を迎えていると思いますが)。それ以外にも,生体モニタリング技術の発達により,身心のストレス状態の把握とそのケアを一元的に行うことも可能となり,モニタリング技術が発達すれば,脳波等の電気信号より,あるヒトが考えていることを,推測することが可能になるかも知れません。また材料科学,生体工学の技術の進歩により,ヒトの体の大部分の臓器が,人工物,あるいは生体工学的に造られたもので代替え可能になるとも思われます。
 単に医療技術の進歩だけでなく,人類・生命進化の観点から考えてみると,このヒトの宇宙進出の時期は,進化の転換点を迎えているのかも知れません5)。更に,我々は何のために,何を目的として将来を予測しようとしているのか,という哲学的な課題も興味深いものがあります6)
 このような話題は,一人で考えていても限界があるため,是非,学会員の方を初めいろいろな方のご協力の下に,皆さまの意見やアイデアと取り入れながら,検討を進めて行きたいと考えています。

1) 月惑星に社会を作るための勉強会(略称:ムーンビレッジ勉強会)
http://www.jasma.info/moonvillagestudy/ (2022年1月29日参照)
2) NASA Human Research Roadmap
https://humanresearchroadmap.nasa.gov/ (2022年1月29日参照)
3) JAXA将来有人宇宙活動に向けた宇宙医学/健康管理技術開発にかかわる意見募集
https://iss.jaxa.jp/med/partner/200207_health.html (2022年1月29日参照)
4) JAXAきぼう利用戦略〜「きぼう」利用成果最大化に向けて アジェンダ2025〜(第3版)
https://iss.jaxa.jp/kibouser/information/scheme/ (2022年1月29日参照)
5) 「人間拡張はネオ・ヒューマンを生むか?」 kotoba 2021年秋号(No. 45) 集英社
6) ジェラルド K.オニール 小尾 信彌(訳) 「スペースコロニー2081」 1981 PHP研究所(原著;Gerard K. O’Neill,‘2081:A Hopeful View of the Human Future’ Simon and Schuster, New York, 1981)