宇宙航空環境医学 Vol. 59, No. 2, 82-83, 2022
開催報告
4. 月面基地定住に際しての放射線防護
立崎 英夫
〔国研〕量子科学技術研究開発機構 量子生命・医学部門 放射線医学研究所被ばく医療部
【講演概要】
宇宙の環境因子のうち,宇宙放射線の問題は健康影響として重要である。宇宙放射線被ばくは滞在時間とともに増大し,リスクも増加する。宇宙放射線の由来として,銀河宇宙線と太陽粒子線がある。滞在が長期化すると,大きな太陽フレアに遭遇する確率も増大する。月面滞在を考える際,ISSのような低高度地球周回軌道と大きく異なる点は,地球磁場による防護効果が得られない点であり,その分より高い線量にさらされる1)2)。
宇宙放射線対策を考える時,(1)被ばくを避けること,(2)被ばくした場合の医療対応,の2つの対応を考えることが必要である。(1)については,飛行中の宇宙船と違い,月面では地中にもぐることで厚い遮蔽体を得ることができ,月面に元から存在する縦孔を利用して線量低減を図ることも可能とされる2)。また月面の物質で居住部分を覆うことも可能と考えられる。また,磁気を発生させて遮蔽効果を持たせる研究も宇宙船に対して行われており3),この方法も月面で利用可能と考えられる。他方,宇宙環境の変化,特に太陽フレアを予報することで,上記の場所に退避する仕組みが必要である。しかし,長期定住活動の最中には,遮蔽のある基地から離れての活動も考えられ,この時の対策が必要である。
(2)の被ばくしてしまった後の医療対応は,ある程度の高線量になると,急性期の組織反応への対応が重要である。ただし,外部被ばくに対しては,現在は骨髄系に対する対応以外の根本的治療法はほとんどなく,対症療法を行うだけである。しかし将来は,再生医療の発展により,各種液性因子の利用や細胞の置き換えが治療法として発展することが期待される。他方,晩期の確立的影響である発がんに対しては,それを抑制する治療法は知られていない。被ばくの影響を弱めるための放射線防護剤の研究も行われてきたが,実用化するような効果には至っていない。これらの新規薬剤も長い時期を考えれば多少発展する可能性はある。しかし,宇宙放射線被ばくのリスクを無視できるレベルまで大幅に低減できる可能性は低いと思われる。
参考文献
1) | United Nations Scientific Committee on the Effects on Atomic Radiation, Sources and effects of ionizing radiation, Volume I, Annex B, United Nations, New York, 2008. |
2) | Naito M, et al., J. Radiol. Prot., 2020. |
3) | Amboroglini F, Frontiers in Oncology, 2016. |
【演者プロフィール〔倉住 拓弥〕】
1983年筑波大学医学専門学群卒。同大学博士課程修了。バックグラウンドは放射線治療医で,筑波大学,マサチューセッツ総合病院,IAEA等に勤務。2006年より被ばく医療を専門とし,放射線医学総合研究所及び量子科学技術研究開発機構に勤務。また,宇宙関連では,1991年以来,JAXAにて非常勤の招聘開発部員や顧問医等として宇宙放射線防護に関わる。委員会としは,国際放射線単位測定委員会(ICRU)委員や原子力規制委員会原子力災害事前対策の在り方等に関する検討チームメンバーを務め,また,JAXA有人サポート委員会宇宙医学研究推進分科会委員及び同委員会宇宙放射線被ばく管理分科会委員等を務める。