3.　月や惑星で行う医療～生理学的要因と課題～

開催報告

〇倉住　拓弥

Department of Neurology University of Texas Southwestern Medical Center, Cerebrovascular Laboratory Institute for Exercise and Environmental Medicine （IEEM）, 日本大学医学部　社会医学系衛生学分野

岩﨑　賢一

日本大学医学部　社会医学系衛生学分野

【講演概要】
　月惑星に社会を作るための勉強会（通称:Moon Village勉強会）では，将来，月や惑星に数百人～千人規模の社会が構成されるのを目指し，その際の社会構成について様々な方面からのアプローチを検討している。月や惑星で人類が持続的に活動するためには，生理学的変化や疾病の早期発見と医療行為の実施に向けた知見の集積が求められる。その予防対策や医療行為の実施を可能にするため，現在の先進医療技術に対する研究と宇宙医学・医療への応用についての考察を発表した。
　月や惑星での医療において，当面の間は，医療施設や医療物資の十分な確保は困難であると予想される。このような医療に制限がある環境においては，生体情報を簡易的かつ非侵襲的にモニターできる技術の発展が必要不可欠である。もっとも簡易的なデバイスの代表としては，近年Appleが開発した多機能な腕時計（Apple Watch）の心電図解析機能が挙げられ，本邦でも医療機器として承認されている。一方，重篤な状態において心電図のみでの診断は困難であることが報告されており，NASAや米軍では血圧波形から，出血，敗血症，気胸，熱傷などを診断する研究が進められている。また，宇宙では，低重力・微小重力など特有の環境因子により生理学的反応が変化する可能性がある。我々は，現在課題に挙げられている長期宇宙滞在による視力障害（SANS:Spaceflight Associated Neuro-ocular Syndrome）に関する研究を中心に，重力変化や宇宙環境で生じる循環機能の変化に対する研究において，非侵襲的手法を応用している。また，月や惑星での医療には，地球との交信に基づく「遠隔医療」システムの構築が課題として挙げられる。さらに，十分な医療従事者の確保は困難な状況においては，「ロボット医療」や「AI（人工知能）」の導入も必要と考えられる。「ロボット（da Vinci Surgical System）」を用いた手術は日常診療でも急速に普及しており，宇宙医学への応用も期待されている。今後，さまざまな技術や研究成果を宇宙医学に応用するにあたり，宇宙で生じる生理学的変化や新たな課題についても更なる検討が必要である。

【演者プロフィール〔倉住　拓弥〕】
　群馬大学を卒業後，慶應義塾大学麻酔学教室にて周術期医学・集中治療医学の臨床や研究に従事する。2014年より岩﨑賢一教授（日本大学医学部社会医学系衛生学分野）の下で宇宙医学研究に従事している。現在は，宇宙医学研究においても実績の高いIEEM（ダラス・テキサス州）に留学し，脳循環調節機能の研究を行っている。