宇宙航空環境医学 Vol. 59, No. 2, 79-80, 2022

開催報告

2. 筋骨格系の課題と対策

山田 深

杏林大学医学部リハビリテーション医学教室

【講演概要】
 国際宇宙ステーション(ISS)における長期宇宙滞在ミッションが開始されてから20年以上が経過した現在,筋骨格系の問題に対する知見と技術が蓄積されてきた。軌道上で使用される運動機器は身体により高い負荷をかけることができるようになり,計測されたデータをみる限りでは,筋力や骨量などを概ね保つことができるようになったとも言える。一方で,作業能力や身体パフォーマンスといった視点からみると,機能回復のための帰還後リハビリテーションは依然として必要不可欠である。また,脊柱の変形,体幹の関節可動域低下や傍脊柱筋の萎縮などの問題も明らかになってきた。外傷や骨折などの治癒に重力環境がおよぼす影響にも未だ解明されていない部分が多い。筋萎縮や骨量低下を防ぐ薬剤の実用化,さらに,形態変化の防止を踏まえた筋骨格リモデリングへの干渉は今後の課題である。
 月惑星での活動を想定した場合,ISSとは異なるレギュレーションで運動の条件を検討し,施設設備を整えなければならない。半年から1年程度の滞在を繰り返して特有の重力環境に適した運動機器の開発を進め,運動の頻度と強度を適正化していくための過程が必要となる(図1)。
 アルテミス計画ではオリオン宇宙船内などの限られたスペースで運動をしなければならないが,月面の開発が進み,より長期の滞在が実現した近未来では,基地内の広いスペースで運動を行うことが可能となる。月に定住することができるような時代には,人工重力が利用できるジムなども実用化されるであろう。そして地球への帰還を前提としないのであれば,廃用の予防や再適応を前提としたリハビリテーションはもはや不要の概念となるかもしれない(表2)。
 身体構造の変化に対するカウンタメジャーはより多様化し,レクリエーションとして取り組まれるようになる。筋骨格系に対する諸々の診断技術は実用フェーズに移行し,月社会としての標準値が設定される。骨折や外傷は月面での治療が可能となる。

図1 10 年単位で想定した50 年後へ向けてのステップ
滞在期間を延長しつつ実績を積み重ね,規模を拡大して100 人の滞在を目指す。滞在施設における運動機器の台数も順次整備する。


表2 1,000人規模の長期滞在が実現する100年後の予測

100年後(2120年) 1,000人
状況(問題点) ・関節可動域,敏捷性の維持
・移住した場合は地球への短期滞在
技術予測 ・月重力環境に適した運動機器,運動処方の普及,多様化
・ウェラブル機器の普及,多様化
・超長期滞在後,地球帰還後のリハビリプログラムの確立
予防 ・超長期滞在者の事前診断
・レクリエーションとしての運動
診断 ・筋量,筋力,骨量(骨折りスク)計測法:実用フェーズへ
・月重力環境に適したファンクショナルテスト:実用フェーズへ
・月社会で求められる標準値の設定
治療 ・外傷時の対応→現地での治療(骨癒合などの問題)
・薬物,栄養

参考文献

1) Johnston SL, et al:Aviation, Space, and Environmental Medicine 81:566-574, 2010
2) Chang DG, et al:Spine (Phila Pa 1976) 41:1917-1924, 2016
3) Burkhart K, et al:Spine 44:879-886, 2018
4) Bailey JF, et al:Spine J 18:7-14, 2018
5) Laughlin MS, et al:Aerosp Med Hum Perform 86:87-91, 2015
6) Sibonga, et al:Aerosp Med Hum Perform 86:A38-A44, 2015
7) English KL, et al:Aerosp Med Hum Perform 86(12 Suppl):A68-77, 2015
8) English KL, et al:npj Microgravity 6:21, 2020
9) 山田 深:長期宇宙滞在における運動とリハビリテーション.Precision Medicine 4:824-827, 2021

【演者プロフィール】
 1997年,慶應義塾大学医学部卒。慶應義塾大学講師を経て2010年より宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙飛行士運用技術部宇宙医学生物学研究室に主任研究員として勤務。2013年より杏林大学医学部に所属し,2020年4月より現職(主任教授)。現在もJAXAの非常勤招聘職員として,日本人宇宙飛行士の運動指導とリハビリテーションを担当している。