宇宙航空環境医学 Vol. 59, No. 1, 51, 2022

若手の会シンポジウム

リハビリテーション専門職と宇宙医学

宇宙飛行士の仕事を最適化する作業療法アプローチ

植村 優香

京都大学大学院医学研究科

Occupational Therapy Approaches for Human Spaceflight

Yuka Uemura

Graduate School of Medicine, Kyoto University

作業療法士が有人宇宙利用においてできることは何だろうか。本発表では,宇宙作業療法学の萌芽の端緒となることを願い,作業療法の概要の紹介と,宇宙飛行者に対する作業療法アプローチの提案を行う。
 日本作業療法士協会において作業療法は「人々の健康と幸福を促進するために,医療,保健,福祉,教育,職業などの領域で行われる,作業に焦点を当てた治療,指導,援助である。作業とは,対象となる人々にとって目的や価値を持つ生活行為を指す。」と定義されている。作業療法士は対象者を,身体,脳,認知スタイル,情動,価値観,個性,環境,周囲の人との関係性など多角的に捉えた上で,身体を鍛える,道具を使う,物的環境を変える,周囲からの支援を得られるようにする,という4つの方法を組み合わせて支援を行う。地上では,病院・教育・就労支援などの分野において,身体障害,精神障害,子どもから大人の発達障害や,認知症を始めとする高齢者の健康問題など幅広い障害を対象に支援を行っている。
 まず,国際宇宙ステーションに滞在する職業宇宙飛行士に対する作業療法アプローチを考える。宇宙飛行士は国際宇宙ステーションに滞在・生活している間,船内での宇宙実験や船外活動,教育活動,運動等の生産活動,食事,整容等のセルフケア,家族や友人の通信等の余暇活動など,さまざまなことを行っている。これらの活動は作業療法士の視点から,ひとつひとつの「作業」として捉えることができる。言い換えれば,ミッションは作業の連続であり,作業療法技術が応用できるかもしれない。たとえば,宇宙での足の爪切り動作に関して,“Space Life Story Book”(JAXA online:71532_story.pdf (jaxa.jp))に「足の爪を切るときは腹筋に力をいれておかないと姿勢を維持できないのでつらかったです。」という声があり,姿勢や道具の工夫など,宇宙での足の爪切り動作には効率化の余地がある可能性がある。ほかにも,作業療法には精神科領域や就労支援の領域があり,その知見は宇宙でのミッションにおけるBehavioral Health and Performance支援への応用にも可能性がある。ただし,現在の作業療法の主な対象者は地上での日常生活に困難を抱える人であり,対象者を宇宙飛行者に拡大するためには検討が必要である。
 続いて,将来的な応用として,月面でのミッションおよび民間宇宙飛行者への関与について考察する。月面でのミッションにおいては微小重力環境下ではなく低重力環境下での生活を行う必要があり,独特の動作が必要となると考えられる。作業療法の視点は,安全で生活しやすい基地の設計や,月面生活用品の提案,月面でのADL動作の指導や改良に寄与することができるかもしれない。民間宇宙飛行者に対しては,宇宙でのADL動作に関するより細かい訓練や,より安全に過ごすため帰還後の介入が必要となる可能性がある。
 さらに,障害者の宇宙飛行について,現在は身体障害を中心とした疾患が注目されているが,今後,よりさまざまな人が宇宙に行くチャンスを得るために,幅広い障害を対象としてきた作業療法の知見は応用可能性があると考える。
 このように,宇宙という厳しい環境でひとが暮らし働く時,地上において,制限のある状態でその人らしく生活する方法を探求してきた作業療法士の知見は価値を発揮することができるのではないだろうか。