宇宙航空環境医学 Vol. 59, No. 1, 50, 2022

若手の会シンポジウム

リハビリテーション専門職と宇宙医学

高齢化する世界を宇宙から救う? ~宇宙リハビリテーションの地上応用~

藤田 康介

名古屋大学医学系研究科

Savior on the Aging society:Space Rehabilitation to Ground

Kosuke Fujita

Nagoya University Graduate School of Medicine

ヒトは微小重力環境に一定期間滞在することで筋肉量や骨量の低下といった様々な「適応」が生じる。一方,地上で生活しているヒトも年齢が大きくなるにつれて種々の神経・液性因子に由来し,筋肉量や筋力の低下を来す。そして筋力低下が高度に進行して地球の重力に抗うことができなくなったとき,他者の介護が必要な状態(要介護)に至るのである。加齢に伴うこのような変化も決して不可逆的なものではなく,我々リハビリテーション専門職は運動療法などによって重力に抗した生活への「再適応」を惹起させることでその人の日常生活動作を守ることができる。
 1950年には5%をわずかに超えるばかりであった世界の高齢化率は2020年には9%を超え,次の40年で18%近くまで倍増すると推計されている。全人口に対する高齢者人口の比率が増えることそれ自体は医療制度の充実や普及などといった社会の成熟を反映しており,本来は歓迎させるべきである。一方で問題となるのは高齢者人口の増加に比例して要介護高齢者も増加してしまっている状況である。本邦を例にすると2020年時点でおよそ640万人の要介護者がおり,本人や家族の精神的,金銭的負担はもちろん,医療介護費が年々増していることから国の財政も逼迫させている。このような問題は今後,中国などアジア諸国を中心に世界各国で顕在化してくることが想定され,喫緊の課題として着目されている。そんな中,高齢化率が30%を目前にして世界一の高齢社会を迎えている本邦には,高齢者医療や高齢者施策の面で世界の指針となる役割が期待されている。
 要介護に至る原因としては「認知症」「加齢に伴う衰弱」「転倒・骨折」といったいわゆる老年症候群が約半数を占めており,いずれの原因も直接的・間接的に運動療法によって予防,あるいは治療が可能である。一方で高齢者は生理的・社会的・精神心理的に非常に多様な様相を呈すことが珍しくなく,画一的な対策では十分に対応できないことが多い。ところが,そのような多様性を加味したリハビリテーションに関するエビデンスは全くといってよいほど不十分である。宇宙環境はいわば「加速度的老化環境」ともいえ,まったく対策をしなかった場合,宇宙への長期滞在で1日あたりに失われる骨格筋量は1年の老化で失われる量と同等であると考えられている。また,長期任務後の宇宙飛行士は地上の重力への再適応の過程で高度なバランス障害を呈すことも問題となっており,筋機能・バランス機能の速やかな回復は帰還後リハビリテーションの重要な課題である。現在の運用で提供されているリハビリテーションは微小重力下で衰えた筋機能・バランス機能を可及的速やかに地上環境へ適応させるために最適化されたプログラムであり,このような背景からも高齢者の要介護予防へ応用できる可能性が高い。宇宙飛行士に対するリハビリテーションの理論を推し進めることで,多様な背景を有する高齢者のリハビリテーションにおいて革新的な方法論が生まれると考える。以上のように,今後『宇宙リハビリテーション』がさらなる発展を経て,世界が今まさに直面している高齢社会という難局を切り抜ける鍵となることを確信している。