宇宙航空環境医学 Vol. 59, No. 1, 40, 2022

一般演題 3

19. 加齢に伴い増加するヒストンH3.3のマウス骨格筋における役割

増澤 諒,河野 史倫

松本大学大学院健康科学研究科

Role of age-related increase histone H3.3 in mouse skeletal muscle

Ryo Masuzawa, Fuminori Kawano

Graduate School of Health Sciences, Matsumoto University

【背景および目的】 最長3年間の物資補給不可能な超長期宇宙滞在が想定される有人火星ミッションにおいては,重力の存在する火星において宇宙飛行士のみでの活動再開が要求される。しかし有人火星ミッションでは宇宙船内に搭載可能な運動機器が制限されるため,運動に依存せず「衰えない筋肉をつくる」技術の確立も必要である。エピジェネティクスは遺伝子構造を変化させることで遺伝子発現を制御する仕組みである。このような遺伝子基盤そのものをリモデリングすることで,骨格筋形態や機能,環境適応力を制御する手段を検討している。真核生物の染色体構造は,DNAおよびヒストンH2A,H2B,H3,H4の八量体からなるヌクレオソームを基本単位としたクロマチン高次構造を形成している。ヒストンH3においては,出生時はカノニカルヒストンH3.1/3.2が多く発現し,生後はノンカノニカルヒストンH3.3が増加することが知られているが,分化した組織におけるヒストンH3.3の役割は未解明である。そこで,骨格筋におけるヒストンH3.3の加齢変化とその役割を明らかにすることを目的とし本研究を実施した。
 【方法】 実験1:生後8,32,53,75週齢のC57BL/6J雄マウスから前脛骨筋を摘出し,ヒストンH3.1/3.2およびH3.3とメチル化ヒストンの発現量を解析した。実験2:骨格筋特異的(ACTA1)プロモーターを有するプラスミドを若齢C57BL/6J雄マウスの前脛骨筋に注入しヒストンH3.3を強制発現した。2週間後,トレッドミルを用いた急性走運動を行い2時間後に運動群・非運動群から前脛骨筋を摘出し,運動によって発現増加する9種の遺伝子について発現量ならびに遺伝子領域におけるヒストン分布量を解析した。コントロール群には非コードプラスミドを注入し同様の実験を実施した。
 【結果】 実験1:加齢に伴いヒストンH3.3発現は増加傾向にあったが,H3.1/3.2は顕著に発現低下した。ヒストンH3.3とH3K27me3,H3.1/3.2とH3K4me3およびH3K9me3に有意な相関が認められた。実験2:ヒストンH3.3を強制発現した筋では,標的とした遺伝子領域において有意なH3.3の取り込み増加が起こった。これらの遺伝子領域ではH3K27me3分布も有意に増加しており,運動に対する遺伝子発現応答が有意に低下した。
 【考察】 以上の結果から,加齢に伴い骨格筋でもヒストンH3.3発現が亢進すること,骨格筋ヒストンH3.3にはH3K27me3が付加されやすいことが明らかとなった。ヒストンH3.3は,遺伝子領域を抑制的に変化させることで,遺伝子発現応答性を低下させることが示唆された。